まよ子(25) | すくらんぶるアートヴィレッジ

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母・千恵子は、幼少期の生活を振り返りながら、安斎達人の経歴をまとめ始めた。そして、重要なことに気が付いた。珍しく家族全員そろっての夕食時、

「お父さんは“安斎”の婿養子に入り、“染たつ”として名を上げたわ」

「そうだね、それまではうだつのあがらない染色職人として転々としてた」

「本名は、天谷達人。身寄りもなく、そのルーツがまったくわからないのよ」

「その頃の染物屋は、もうほとんどなくなっているし調べようがないね」

「ただ一人、天谷のことを知っておられる方が染色試験場におられるのよ」

千恵子は、その人をたずねてみることにした。

「たっちゃんは“安斎”に拾われて、本当によかったよ」

「やっぱりご存知でしたか」

「わしの染場にも少しおったんじゃが、他の職人たちとうまくいかなくてね」

「それは、父に問題があったということですか」

「いやね、たっちゃんの素性について気に入らない者がいてね」

「その素性とやらを教えていただきたくて・・・」

「もう誰も知る者もいないし、娘さんのたっての願いとあらば・・・」

天谷達人の父・暮人は、私生児であった。しかも、母親は外国人ダンサーであるという。父親は日本人で、妻も子もいる大きな呉服問屋であったらしい。生まれてすぐ、出入りの染物屋に預けられた、いや捨てられたのである。母親は、世界を巡業しており、暮人が生まれるとすぐ旅立ち、二度と日本にはもどらなかったらしい。親代わりの染物屋は、母の名前「AMAYA」をとって「天谷」を名乗らせたのである。細々と染物の仕事を続け、職人としての腕を磨き、同じく身寄りのない多恵子と所帯を持って達人が生まれた。

この事実は、呉服問屋への遠慮から決して表沙汰になることはなかったが、「天谷」の天才的な技をねたむ職人たちの間で噂となり、父・暮人も息子・達人も染場を転々とするしかなかったのである。

千恵子は、そんな父・達人の苦悩を何一つ知らずに育った。今から思えば、時折見せる寂しそうな横顔を思い出し、大粒の涙が頬を濡らした。

「あら珍しい、お母さんからだわ」

「よっこ、今忙しい? 菊乃のそばまで来てるんだけど」

「どうしたのよ急に、まあ仕事も一段落というとこだけど」

「そう、これから行っていい?」

母・千恵子から聞かされた話に、「まよ子」も頬を濡らした。母娘は強く互いの手を握り、


「こうなったら、たっちゃんの弔い合戦ね」

「このプロジェクト、意地でも成功させる」

千恵子は、母・孝子ゆずりの器用さをかわれてオートクチュールで働いている。「染たつ資料館」設立の話はマダムも大賛成で、公私ともに協力的であった。

「ちえちゃん、忙しいとは思うんだけど、大きな仕事の依頼があってね」

「すみません、お休みをいただいてばかりで、その大きな仕事というのは?」

「ええ、外国から来られる舞踏団の衣装の大急ぎで用意しなければならないの」

「わかりました、できる限りがんばってみます」

千恵子は「まよ子」と決意したばかりであったが、これ以上マダムに迷惑をかけることもできず、衣装制作に専念することにした。舞踏団が来日し、衣装の打ち合わせにやってきた。通訳を通して、細部の仕上げに厳しい注文が出された。

「さすがにプロは違いますね、ずいぶん勉強になりました」

「そうね、フラメンコは激しい踊りだから、しっかりした縫製が求められるし、それでいてしなやかで美しい衣装が求められるの」

「舞踏団の名前は“カルメン・アマヤ”っておっしゃってましたよね」

「ええ、ずいぶん前にも日本に来られたことがあるとか」

「“アマヤ”って、日本の名前みたいですよね」

「本当、おもしろいわね」


◆すくらんぶるアートヴィレッジ◆(略称:SAV)    若い芸術家たちの作業場・みんなの芸術村-あまや1

千恵子は、それ以上マダムとの会話を続けることができなかった。胸の鼓動が激しくなり、全身の汗が噴き出した。

「もう私、倒れそうになったわ」

「いや、僕も驚いたよ」

「もしよ、これが祖父・暮人と本当につながったら、なんだか怖い」

「そうだね、知らない方がいいこともたくさんある」

「とにかく、舞踏団の公演があるから、行ってみない」

「まよ子」は大乗り気であった。修と千恵子は、相手のあることだから軽はずみな言動は慎むよう釘をさして、家族で公演に出かけた。


◆すくらんぶるアートヴィレッジ◆(略称:SAV)    若い芸術家たちの作業場・みんなの芸術村-あまや2

「圧倒されて、頭真っ白」

「まよ子」は、父・修の言葉を心の中で繰り返した。

「知らない方がいいことも、たくさんある」


・・・つづく


◆すくらんぶるアートヴィレッジ◆(略称:SAV)    若い芸術家たちの作業場・みんなの芸術村-さいじ1

SAV歳時記・・・「つゆくさ」くらいはわかりますが・・・


◆すくらんぶるアートヴィレッジ◆(略称:SAV)    若い芸術家たちの作業場・みんなの芸術村-さいじ2

名も知らない草花が秋を彩ります。


◆すくらんぶるアートヴィレッジ◆(略称:SAV)    若い芸術家たちの作業場・みんなの芸術村-さいじ3

小さくて・・・可憐な花。


◆すくらんぶるアートヴィレッジ◆(略称:SAV)    若い芸術家たちの作業場・みんなの芸術村-さいじ4

SAVがなければ見過ごしてしまいそうな・・・自然の不思議。


◆すくらんぶるアートヴィレッジ◆(略称:SAV)    若い芸術家たちの作業場・みんなの芸術村-さいじ5

オープン以来、山野に咲く彼岸花を見つけては移植してきました。今年も無事に咲き始めました。