世紀の大発見、そう思うと居ても立ってもいられない。あわてて写真や資料を紙袋に詰め込んで、「まよ子」は山野のレストラン「ネフェルティティ」へと自転車を走らせる。途中、父・修とすれ違ったことにも気が付かない。
家に着いた修は、急いで書斎に飛び込んだ。資料類は散らかったままであった。
「何か見つけたな」
行き先は予想がついていた。電話で山野を呼び出す。
「ああ修だけど、今そっちへよっこが行く。何か見つけたようだ」
「わかった、修ちゃんもこっちへ来るかい」
「もちろん」
「さあ忙しくなりそうだぞ」
隆は、レストランに閉店の看板をかけた。そして、入口で「まよ子」の到着を待つ。
「あらマスター、どうしたの今日はもう閉店?」
「そうだよ、ファラオからのお告げがあったんだ、今日はもう閉店だって」
そして、修から連絡があったことを告げた。
「なんだ、気がつかなかったわ」
「その封筒だね」
店内に「まよ子」を招き入れ、さっそく資料や写真に眼を通した。
「ルビンの壷だ」
「聞いたことあるわ」
「ちょっとこっちに来てごらん」
誘われるままに、店内の奥へと進む。
「そう、そのあたりでいい」
隆は、照明のスイッチを切り替えた。
「す、すごい・・・」
飾り棚にならんだ壷の影が、壁に見事に投影された。
「よ・こ・が・お」
「この壷は、たっちゃんから預かったものでね、他のエジプトの壷に比べるとあまりたいした価値があるようには思えなかったから、適当にならべといてくれって、しばらく気にもとめてなかったんだ」
やっと修が到着した。二人の横に並んで
「これだな、新しい発見は」
「ルビンの壷」
「まよ子」は誇らしく繰り返した。
「ルビンの壷」
隆の入れてくれた珈琲を飲みながら、三人はこの資料について語り合った。
「父は当初、エジプトの藍染について研究していたことは確かだ」
「そのうち、これに行き着いた」
「だろうな」
「エジプトの壁画って、横顔の繰り返しでしょ」
「そのとおり、でも単なる繰り返しじゃないってことだろうね」
「このルビンの壷が示しているのは、“図”と“地”の関係だよね」
「でも、エジプトの壁画にこういうのってあったかなあ」
「わからないわ、でも、きっと何か大切なことを私たち見落としているのよ」
隆は現在保管している資料類を再調査することにし、修と「まよ子」は引き返してさらに未開封の段ボール箱を調べることになった。夕食時間はとっくに過ぎている。
「お父さん、お腹空かない」
「そうだな、お母さんはまだか」
「今日は少し遅くなるって・・・」
母・千恵子は料亭・菊乃を訪れていた。
「あら、千恵ちゃん久しぶりねえ」
「すいません、父が亡くなってからばたばたで」
「いいのよ、でももうあれから3年、早いものねえ」
若女将との昔話もそこそこに、本題に入った。
「実は、父が研究していたことを拡大して、うちの人が事業をすすめているんです」
「すごいじゃない」
「ええ、だから私も少しお手伝いしなきゃと思って」
「それで、この菊乃に力を貸してほしい」
「はい、お願いします」
千恵子は、修のためにというより、父のためにこの事業を成功させたいと考えていた。それは、お世話になった菊乃の先代女将への感謝でもあった。跡継ぎのいない先代に拾われて、二代目菊乃となった若女将とて同じ思いであった。当初、離れをお借りしての「染たつ」展を考えていたが、若女将は古い蔵を改造して「染たつ資料館」を開設しようと意気込んだ。
蔵の中には、先代が愛した「染たつ」が多く保管されており、最近では、世代交代によって「染たつ」が埋もれることを惜しんで、菊乃に持ち込む依頼者が増えているという。ただ蔵の中に眠らせたのでは、あまりにも「染たつ」が可愛そうである。
「そうしようよ千恵ちゃん」
「そうね、とにかく相談してみる」
千恵子が帰宅したのは、午後9時前であった。
「ごめんね遅くなって、夕食は食べた?」
修と「まよ子」は顔を見合わせ、声をそろえて
「忘れてた」
「いったい二人で何してたのよ」
菊乃が持たせてくれた折詰をつつきながら、互いの経緯について話し合った。
「その資料館の話、ぜひ実現させたいよなあ」
「賛成、できたらその仕事、私にやらせてもらえないかなあ」
そろそろ資料整理に飽きてきた頃でもあった。
「もちろん、新しい発見については引き続き調べてみるけど」
修と千恵子は、「まよ子」にうってつけの仕事だと思った。ただ、菊乃にすべてを負担させるわけにはいかない。修は、読々新聞社を動かす算段をめぐらせた。
・・・つづく
陶芸作業場に・・・はじめての絵付「蝶」の小皿が登場しました。
手前の蓋物・・・さて、後ろのバネのような針金は何なのでしょうか?