レストランの看板が見えてきて、安子が叫んだ。
「ネフェ・・・って、これじゃないの」
「思い出したわ、これよこれ」
「写真展にあったでしょ、エジプトの壁画」
「そうか、でもどうして名前知ってたの」
すっかり夢中になっている二人に、両親はあきれてしまった。
「さあ、降りて降りて」
「このレストラン、見覚えあるなあ」
「あたりまえでしょ、おじいちゃんのお友達の店よ」
「それじゃ、まよ子は何度も来たってわけ」
「そう、忘れたなんて言ったらマスターにしかられるわよ」
レストランの入口で、「まよ子」は大声をあげた。
「マスター」
早い時間帯のおかげで、他にお客さんもおらず幸いであった。
「ははは、よっこ久しぶりだねえ」
マスターは待ってくれていたのだ。
「まよ子」は思わず駆け寄りとびついた。
その勢いにマスターは吹き飛ばされそうになり
「おいおい、年寄りはいたわるもんだよ」
「ご、ごめんなさい」
頬を赤らめて笑った、みんな笑った。
「さてさて、お席はどうしましょうか」
「テーブル席で結構よ」
「しかし、よっこはあちらの方がいいのでは?」
そこは懐かしい、絨毯が敷き詰められゆったりとした空間。
「よっこは、よくあそこで昼寝をしていたよね、覚えてる?」
「そりゃ、昨日のことのように・・・」
と言って、母の方を見てペロリと舌を出した。
「あらごめんなさい、安子さん」
楽しそうな家族の様子、安子は少しうらやましかった。
「私、こういうところ初めてなもので・・・」
「そうよね、エジプト料理なんて」
「でもね、ここは亡くなった祖父のお友達の店なの」
「そうよ安子、ぜんぜん遠慮なんかいらないんだから」
笑いながらマスターは「まよ子」の横顔をしげしげと見た。
「よっこ、大きくなったなあ」
「へへへ、もう高校2年生」
「お友達は・・・」
「先輩、写真部の部長さん」
「安達安子と言います。」
「ほう、写真をやっているんだ」
「さっきね、コルベールって人の写真展見てきたのよ」
「くわしく聴きたいもんだね。でも、先にお料理を聞いておかなきゃね」
「私、まだお腹すいてないしまず珈琲、安子もそうしようよ」
「じゃ、みんなまず飲み物をもらおう」
「マスター、今日のおすすめ料理は何なの」
「魚でよかったら、新鮮なナイル・パーチが入ってるよ」
「よし、それにしよう」
珈琲が運ばれてきた。
「見て見て、カップもスプーンもエジプト」
安子はなんだか落ち着かない。すべてが珍しく、キョロキョロしている。
さわやかなジャスミンの香りが漂い、心地よいジャズが流れる。
「ああ、最高の気分」
「まよ子」は、大きく深呼吸をした。
・・・つづく