居間の電話が鳴る。
「もしもし、小池ですが」
「よっこ、学校休んで何してるのよ」
「しんどいの」
「そんなの仮病じゃん」
「たまには女の子なの」
「それよりさあ、こんどの日曜どうすんのさ」
「どうするって」
「写真部の鑑賞会わすれてんの」
「行くわよ、行く行く」
「もう、今日締め切りだったんだから、わすれないでよ」
そう言うと、けたたましく電話が切れた。
安子は高校3年生、写真部の部長をしてくれている。私立よこがわ学院に入学したのは、中3の見学会で運動場のすみっこに土俵を見つけたから。でも、入学してからわかったのだが、5年前に廃部になっていた。相撲部のマネージャーでもして楽しく高校生活をと考えていた「まよ子」に、最初に声をかけてくれたのが写真部の安子であった。
「きみの横顔、ぜひ撮らせてほしいんだけど」
とても男性的な迫り方で、一方的にスタジオに連れて行かれ、何十枚もの横顔を撮られてしまった。そして、現像やら焼付けやらと言われるままに手伝わされて、そのまま写真部に居ついてしまったというのが、ことの顛末である。
ケイタイを確かめると、安子からのメールの山であった。そのメールでやっと、この日曜の鑑賞会のことを思い出した。
「コルベールなんて写真家知らないなあ、でも気分転換」
母が帰宅した。なんだか気まずい。めずらしく「まよ子」から切り出した。
「お母さん、何よあのサンドイッチ」
「遅くまで寝てるんだから、目覚ましがわりよ」
「それはどうも、大きなお世話です」
久しぶりに母と笑った。
テレビから「E-ライン・ビューティフル大賞」というニュースが流れてきた。
「宮沢りえ・上戸彩・釈由美子なんかが受賞してるらしいよ」
「そうよ、まよ子知らなかったの。お母さんだって、横顔には自信あるんだから」
「でも、それ昔の話なんじゃないの」
「そんなことないわよ。こんどの日曜には化粧品ばっちりそろえるんだから」
先ほどの安子からの電話のことを思い出した。
「お母さん、こんどの日曜日」
「そうそう、お父さんとヒッチコックの映画見に行くんだけど、まよ子も行くわよね」
「そんなこと聞いてないわよ、私にだって都合があるんだから」
「都合のある人が、学校ズル休みするわけ」
やばい、機嫌を損ねないうちに話題を変えなければと
「ううん、いっしょに行くんだけど映画は見ないの」
「どうして」
「写真部の鑑賞会が、同じ“杜の宮”であるのよ。だから、見つかったらこまるし」
「そりゃそうね、だったら終わってから買い物したり食事でもしよっか」
「そうそう、私もそれがいいわ」
うまく言い逃れた、しかしまったくの嘘ではなく、好都合であった。
日曜は、父の運転で“杜の宮”まで向かう。途中ガソリンの給油、とんでもなく値上がりをしていて驚いたが、もっと驚いたのは
「お父さん、あの顔のマーク変わったのね」
「どうしてそんなこと、わかるんだい」
「だって、“3”がなくなっているもの」
「あれ本当だ、気が付かなかったなあ」
「教えてくれたのお父さんじゃないの、しっかりしてよね」
父は照れた。そして、久しぶりに家族で笑った。・・・つづく