「書斎」の柱時計が午後3時を告げた。
祖父が亡くなってからは、誰も調整しないので時計の針は狂ったまま。でも、時報だけはほぼ正確に告げてくれる。
「もう、こんな時間」
空腹感に襲われて、画集を閉じる。
本棚にもどそうと立ち上がった時、本棚の奥に見慣れない文箱を発見した。
数冊の画集を引っ張り出し、ようやく箱を取り出すことができた。
美しい「蝶」の蒔絵が施された文箱、しばらく眺め箱をあけようとして思いとどまった。
「楽しみは、後にとっておくものだよ」
祖父が、だだをこねる「まよ子」に言い聞かせた言葉である。
「まずは、腹ごしらえ」
と、書斎を出て台所に向かった。
テーブルの上に、母からの伝言。
「よく寝て、よく食べ、よく考えろ」
用意されていたサンドイッチをほおばりながら、涙がこぼれてきた。
「だって思春期なんだから」
とつぶやく。
「うわあ、やられた」
最後の一つには、たっぷりとカラシが仕込まれていたのである。
母の笑い声が聞こえるようで、また涙がこぼれた。
口直しのミルクをたっぷりとグラスに注ぎ、半分を飲み干してから
「いざ出陣」
これも、よく祖父が口にした言葉である。
「書斎」にもどって、もう一度文箱をながめる。見る角度によって色が変化し、中に入れられている物への関心が高まる。ゆっくりと蓋を持ち上げると、これまで閉じ込められていた空気と時間が一瞬にして融け、外気を吸い込む。
「やっぱり」
箱を覗き込んで「まよ子」は大きく頷いた。予想どおりであった。あれだけ相撲好きだった祖父にもかかわらず、この「書斎」には相撲に関する書物や資料が見当たらないのである。小さい時は気にもならなかったのだが、「まよ子」が中学生になった頃から祖父の体調が思わしくなく、大好きだった相撲見物もままならない状態であった。
「たっちゃん残念だね。せめて相撲の本や写真でもあったらいいのに」
と「まよ子」が慰めると
「よっこ、相撲は真剣勝負だよ」
と祖父は笑った。その気持ちが痛いほどわかる「まよ子」に成長していた。
「これって浮世絵。すごいなあ、はじめての本物」
緊張と興奮で、箱からうまく取り出せない。
一枚一枚を丁寧に床に並べていく。並べられなくなったところで、じっくりとまた一枚一枚を鑑賞する。
「ずごい、すごい」
を連発する。そんな様子を他人が見たら、きっと奇妙な光景であったろう。
ようやくすべての浮世絵を見終わり、丁寧にまとめて箱にもどそうとして、何か不思議な感覚に襲われた。
箱の大きさと深さが微妙にずれているような
「あれ、なんかおかしいなあ」
と箱を持ち上げて確かめてみた。
「やっぱり」
「まよ子」の好奇心旺盛は、まさしく祖父ゆずりであった。・・・つづく
最近、カエルのことを書いていませんでした。会員さんが東南アジアに旅行されて・・・おみやげ。キャラメル味のポップコーン?とカエル絵本です。
横顔をキュビズム風に作った発泡スチロール作品に新聞紙コラージュしました。
陶芸窯小屋で本焼き準備が始まりました。
今回はお皿もいっぱいあります。