ぎょ(506) | すくらんぶるアートヴィレッジ

すくらんぶるアートヴィレッジ

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

知魚楽(3)


湯川秀樹さんのことを書いていて、司馬遼太郎さんが登場したので・・・


■司馬遼太郎さんは、食に関するエッセーをいっさい書かなかった。食に触れるとしても、それは文化人類学的な興味からで、グルメとか食通といった雰囲気をかもしだす文章を意識的に避けていたことははっきりしている。本人も子供のころから「食痴」だったと書いているが、食に興味がなかったという以上に、作家としての構えにかかわることとして食のエッセーを書かなかったようである。司馬遼太郎の小説やエッセーからは常に「志」の香りが立ちのぼることと、それは無関係ではないだろうと思われる。司馬遼太郎のエッセー1100本余りを集大成した「司馬遼太郎が考えたこと」の第1巻には、例外的に食に触れたエッセーが2本、収められている。といっても、タイトルからして「魚ぎらい」「山賊料理」と、いわゆる食のエッセーの常道からは遠い。いずれも直木賞受賞前後のもので、なんらかのしがらみで断りきれず書かれたようである。


「私は生まれついての魚嫌いで、料理屋で出される純日本式の料理などはまったく手がつかないし、タイの焼死体などをみると、もうそれだけで胸がわるくなるのである」(「魚ぎらい」)

「皿の上の魚の死ガイは、生前そのもののカタチをとどめている。その死ガイをハシで毀損し、皮をはぎ、骨を露出させてゆく作業を、もし私の隣席の女性がやっているとしたら、彼女が美人であればあるほど、ぶきみな夜叉にみえてくる」(「山賊料理」)

魚ぎらいの日本人はいくらもいるだろうけれど、焼き魚を「焼死体」とか「死ガイをハシで毀損し、皮をはぎ」という目で見ている人間はそうたくさんいるとは思えない。日本と日本人の文化にくるまれて育てば、いくら魚ぎらいといっても、そのような感性が育つことは稀であろう。その稀な感性が、ここでは表れている。私たちが常識にとらわれて見ているものごとを、異文化の目で、あるいは異なる時代の目で相対化し、人間という生きもののふるまいの面白み、おかしみを伝えるのが、司馬遼太郎のエッセーに共通する視線ではないかと思う。「魚ぎらい」は本名(福田定一)で発表されたものだが、この視線は既に司馬遼太郎さんの・・・それだ。