光る魚(6)
■スズキ目ヒイラギ科「ヒイラギ」
千葉県以南の波の静かな港内や入り江の砂地に棲息する。この魚、棘が網に引っ掛かり定置網、底引網などでは嫌われ者のひとつ。ほとんど利用されない。近縁のオキヒイラギが干物材料として使われ各地で名物となっているのとは対照的である。この魚は主として防波堤(波止)などの手軽な釣りの対象魚である。浅い海に棲息する魚には珍しく体内に発光バクテリアを共生させていて、防波堤などから静かに見ているときらっきらっとひらめいて美しい。高知県では「にろぎ」、島根県では「えのは」、福岡県では「とんぼ」と呼ばれる。とても味のいい魚のであるが食の知名度は低い。これはあまり専門に漁獲されることがないことや、小魚であるためかもしれない。静岡県では干物、島根県などではぬめりを落としてお吸い物に仕立てる。樹木のヒイラギの葉のように平たくてトゲがあることから、この名がつけられたという。
ヒイラギ科の魚は、発光体が体表に現れていない間接照明型の発光魚であるから、普通の沿岸魚であり熱帯アジアの各地の魚市場には年を通じて常に数種類が水揚げされ、干物としてどこでも見られるにもかかわらず、発光魚としては一般に良く知られていないばかりか、科学的にも本科の発光についての報告は近年に至るまで、ほとんど無い状態であった。ヒイラギ科の魚は基本的には同一の構造の発光器を持っているが、オキヒイラギとヒメヒイラギは雌雄によって、発光体の形態、大きさに大差がある。即ち、sexual dimorphism が認められる発光器である。
ヒメヒイラギの雄の発光体は、特に生殖時期になると非常に大きくなる。ヒメヒイラギの同一体長の雌雄の発光体の重さの比は雄と雌では25:1であった。ヒイラギ科40種の発光器の構造は基本的には同一で、食道をとりまく環状の発光体(phot)と反射器(鰓の内壁と体腔の内壁がグアニンによりなる銀白色となっている)。それと脊椎を境とする魚体下半部、即ち胸部竜骨筋と腹部、臀部の筋肉が乳白色半透明となり光を透過、拡散するレンズ様構造の筋肉とからなっている。発光体内には発光細菌Photobacterium Leiognathi が共生している。発光細菌による発光であるから光は連続的であり、消光装置として、多くの種類は発光腺に黒色色素斑(Chromatophore)を持っており、これらの伸縮によって光の明減をコントロールしている。
ヒメヒイラギは、発光体のカプセルの上に可動な黒色の膜があり光を遮蔽している。光を発するときは、この黒色幕が素早く移動するシャッターとなり、光の明滅をコントロールしている。なお、発光細菌は、体内にフラビンモノヌクレオチド(FMN)というルシフェリンとデシルアルデヒドが共存し、ルシフェラーゼを触媒とし酸素によって酸化される際に発光する。
・・・だれもが知っているように、雪は白という概念の究極の基準だが、実は灰色の空を背景にすると、自由に舞い落ちる汚れなき雪は、灰色よりも濃く見えるのだ。これは、暗い空が光源であり、雪片の、光のあたっていない方の面だけが見えているからだ。・・・この雪片と同じことが、魚にも当てはまる。・・・
・・・ヒイラギは決して明るいところには身を置かない。いつも敵に見つかりそうにない暗い水の中にいるので、もし見つかったとしたら、それは下からである。上方から少しでも光が射していれば、下にいる捕食者には、頭上の光を横切るヒイラギの影が見える。ただし、餌となる魚が上方から射してくる光にあわせて腹部から光を発し、それによって影を消すことができれば話は別だ。(ウィリアムズ『生物はなぜ進化するのか』長谷川眞理子訳、草思社)
■ナイトダイビングでの観察によると、正確な計測ではありませんが、1秒から1.5秒くらいの周期でお腹の点滅を繰り返していました。