ぎょ(316) | すくらんぶるアートヴィレッジ

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魚と漆(3)


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■栗本夏樹

1961大阪に生まれる

1985京都市立芸術大学工芸科漆工専攻卒業

1987京都市立芸術大学大学院美術研究科修了

2000~01文化庁派遣芸術家在外研修員としてイギリスに一年間滞在

現在 京都市立芸術大学美術学部漆工研究室


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日本、アジア、いや今や世界が注視する「漆造形」の気鋭・栗本夏樹氏は、その鮮烈なデビューから20 年余、この伝統の素材のフロンティアを、果敢な冒険者が新しい大陸をめざすようにつぎつぎと打ち拓いてきた。栗本夏樹は大阪の堺に生まれ、子供の頃から古墳群をかっこうの遊び場として育った。栗本の作品には発表当初から心に残るものがあるが、作品のスタイルがどんどんと変化していっても、子供時代に巡らせた興味や空想のイメージはどこかで繋がっているように思える。特に最近の「平面タブロー」は、色漆の塗料としての側面に着目した仕事だが、ストライプあるいは渦巻きから広がる世界は、遊びを止めることのできない子供の生理に近いものを感じてしまう。無造作なようでありながら、一方では緻密な主張が込められた作品、渦巻きの画家フンデルトヴァッサーの思索を連想させる作品である。


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「栗本夏樹展.漆・生命の再生」で異彩を放った「魚影」や「炎の剣」のシリーズでは、漆という表現に潜む本源的な「古代性」というべき力と品格を突きつけた。水中を泳ぎゆく魚のしなやかな黒漆の身体は、風に乗るブーメランとなり、めらめらと天を突いて燃える黒と赤の漆は、剣に変容する。そこには古代人たちの雄雄しさと、彼らが向き合った大いなる宗教的宇宙が立ち上がってくる。雷に撃たれたような衝撃を受けたことを忘れられない。「栗本夏樹」とは、自然の大霊と人間が最初に向き合ったとき古代人によって最初に発見された、厳かな「命」への感動と畏敬を、今の世に蘇らせるために、漆の精霊によって選ばれた使徒であるといってもよい。そのいっぽう、世界の「民族衣装」に着目し「パレスチナ、コリア、ジャパン、スルタン」などのシリーズに取り組み、世界を民族美術から見直すという、幅の広い軸線をしめしてきた。試みられた民族性豊かな「縞」模様の構成は、今回の作品群へのしなやかな展開につながった。すなわちそれは、「名物裂」の色彩と形態、文様とマチエールを、「漆造形」に蘇らせ、今度は漆の理論と想像力によって、「裂」に埋もれていたそれら表現の歴史を前進させる創造行為である。


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「名物裂」とは茶人がコレクションした、中国をはじめとするアジアやヨーロッパの貴重な染織のあつまりのことで、これを「裂手鑑」という定本としたものが今日に伝わっている。栗本氏は、活動拠点である京都の国立博物館でそれらに改めて出会う。縦縞や横縞、市松文様状の構成は元より、「裂手鑑」には、まるで色や形や文様の無数の組み合わせを愉しむかのような、パッチワーク構成の華が咲き乱れている。それを氏の漆造形は、螺鈿の仕切りを輝かせながら、より奥行きと力のある造形へと生まれ変わらせているのだ。「名物裂」は、中世から近世まで、中国やインドや中東や遥かヨーロッパからもたされたものであり、そこには栗本氏が旅していきた、彼にとっての「造形の故郷、源」が鏡のように映し出されている。「名物裂」と栗本氏の出会いは、もしかすると、氏を育んだ大阪・堺の天才、千利休の導きだったかもしれない。利休が現代に蘇り、この個展に現れたとしたら、どんなにか悦んだことだろう。栗本夏樹氏の、漆造形は、漆こその繊細さ、やわらかさ、かろやかさ、なまめかしさ、鋭敏さ、輝きと陰影、そして強さまでを見せる。そしてつねにそこには呼吸する「漆の魂」と、それを深めていく「装飾する魂」が掛け合わされ輝いているからである。


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堺が生んだ若き漆造形作家の今後の活躍に期待したい。

ちなみに、私たち「すくらんぶる」は、毎年、堺市・宿院のギャラリー「いろはに」で展覧会を開催しています。