魚の文学散歩(うぉーきんぐ)[3]
■長野まゆみ
1959年東京生まれ。女子美術大学卒業。1988年『少年アリス』で第25回文藝賞受賞。代表作『天体議会』『テレヴィジョン・シティ』『新世界』。初期の少年たちの友情をテーマにしたメルヘン調の作品から、中期の肉体と精神のアイデンティティーを追究したSF風の作品、近年の同性の恋愛を軸とした現代小説までその作風は幅広い。10代の少年たちを主な登場人物とし、小道具や設定に趣向を凝らす耽美的な作風が、10代の少女たちを中心に支持されている。
■「魚たちの離宮」 友人の夏宿(かおる)は夏のはじめから床についている。何かと謎掛けのような言葉を置くピアノ教師諒(まこと)、兄を愛する夏宿の弟、弥彦のいる家に今日見舞いに行く。狐火の碧い焔。盂蘭盆の四日間、幽霊が出ると噂される古い屋敷に彷徨う魂。本書は著者が美大卒ということがあってか、出てくる一つ一つの音に、冷たい水の底から湧き出てくるような清涼感、眼に涼しい「色」が浮き出ています。夏のさなか、暑さに木陰と冷たい川の水、よく冷えた水菓子を求め蝉の声に風情を感じる、そんな今となっては出会うことのなくなってしまったように思われる、心が求める懐かしい匂いがあります。ちょっと涼しくさせてくれる作品です。
■「グールド魚類画帖 十二の魚をめぐる小説」R.フラナガン
古い家具を加工し、アンティーク家具として観光客に売ることを生業としていた私は、「魚の本」に出会った。それは、ウィリアム・ビューロウ・グールドという男が書いた魚の絵と文章が綴られた本だった。1827年、グールドは衣服を盗んだ罪でイギリス本土からタスマニアの孤島に流刑され、そこで肖像画や花の絵、そして魚の絵を描いた。その生涯は驚くべきものだった。・・・
時代は19世紀、本書の主人公「ウィリアム・ビューロウ・グールド」はイギリスの救貧院で育ち、アメリカに渡って画家オーデュボンから絵を学ぶ。しかし偽造などの罪で、英植民地タスマニアのサラ島に流刑となる。科学者として認められたい島の外科医ランプリエールは、グールドの画才に目をつけ、生物調査として、彼に魚類画を描かせる。ある日、外科医は無惨な死を遂げる。グールドは殺害の罪に問われ、海水が満ちてくる残虐な獄に繋がれる。絞首刑の日を待つグールド……その衝撃的な最期とは?
「英連邦作家賞」受賞作品。奇怪な夢想と、驚きに満ちた世界。魚のカラー画収録。挿入されている12の魚の絵は豪州の美術館に現存する。男はインクの代わりに、かさぶたを剥がした血やイカ墨で日記を書く。「解放」のシンボルである魚への憧憬、魚の絵がいかにして描かれたかが綴られる。閉ざされた島に漂う、死と腐敗臭、精神の歪み、観念的な述懐・・・人物描写には奥行きがある。「曲がった夕食用のフォークの上に乗っかった、ジャムを塗った焦げたロールケーキそっくり」だと、小さな腰掛に座る巨体の医者を。「クリスマスツリーのてっぺんで輝くベツレヘムの星みたいに、けっこううれしそう」と、黒焦げの死者を表現してみせるユーモアやセンチメンタル。はたまた、車が怖くて立ち往生しているおじさんの手を引いて道を渡る、ある出会いのシーン。モノトーンな話に、色をさす描写が魅力。帯に書かれた「衝撃の最期」を読んで、純白のカバーに納得させられる。