鱗話(11)
鱶(フカ)と鮫(サメ)
■語源いろいろ
「サメは人を喰い(人食いザメ)、フカは人に喰われる(フカヒレ、スープ。)」
「浅めにいるのがサメで、深いところに棲む大型のサメをフカという。」
「一般の総称としては、大型の鮫が鱶、小型の鱶が鮫で、厳密な区別はない。」
「目が小さいので狭目(サメ)という。」
■ワニとサメとフカ
因幡(いなば)のシロウサギに出てくるワニ、あれはサメ。日本にワニがいるわけが無い。山陰地方では今でもワニと呼んでいて、食用にしている。冷蔵技術の無い時代、サメはアンモニアを多く含み、腐りにくいので海から離れた山間部で特に食用として人気があったと言う。古事記ではワニだけが載っており、出雲風土記ではワニとサメの両方が出ている。関西ではフカが普通だが、関東では大型のサメだけをフカと呼んでいるようだ。
■繁殖 サメは種類によって、卵生、卵胎生、胎生と生まれ方が違っている。普通のサメは卵を生む。しかし、オオメジロザメは体内で卵を孵化して、子供を産み落としている。さらに、ヤジブカに至っては臍(へそ)の緒まであって母親からの栄養で育つと言う。サメやエイは原始的な魚ではあるが、交尾をして体内受精をする。保育はしない。
鮫(サメ)は、最大の魚類で世界中に約400種類が存在するが、遊泳性のものはえらに海水を通過させることでしか呼吸ができないため、泳ぐのをやめると死んでしまう。水底で生活する底生性のサメは噴水孔という呼吸器官を有しており、常に泳いでいる必要はない。サメやエイは軟骨魚類で原始的な魚類、魚の96.5%は硬骨魚類。軟骨は腐ってしまうので、サメの標本には顎しかない。また、サメには浮き袋がない。魚に浮き袋が出来る前に分化した、代わりに、肝臓の油で浮く。そのため肝臓が大きく体重の1/4もあるという。スクアレン(Squalene)は深海ザメの肝臓から採られたものである。
■鮫革 刀剣の装飾に利用された。現存するサメ革を使った最古のものは、正倉院の「金銀細荘唐太刀」だという。サメ革はざらざらしているので、手が滑らず握りを固定させる効果がある。室町・江戸時代、ほとんどが輸入品で、上質な柄は一匹のサメから一本しかとれないので非常に高価だった。柄鮫(つかざめ)の名称はサメの産地名でよばれ、最上級品をチャンペという。チャンペとは、現在のベトナム中部から南部にかけインドネシア系のチャム族が建国したチャンパ王国(Champa)に由来する。鶏のチャボの名前もこの国の名前、チャンパに由来している。
■鮫肌 鮫の皮のようにざらざらしたものを言う。それほどサメの肌はざらざらしている。この鮫肌、楯鱗(じゅんりん)または皮歯(ひし)と言われ歯と同じ成分である。また、鮫の歯は鱗が進化したと考えられている。ワサビを下ろすときはサメの皮が一番、中でもコロザメの背側の黒い部分が最上らしい。ところで、このワサビおろし意外と歴史が浅い。半世紀ほど前に、伊豆の浅田屋わさび店が考案したという。ヒントは宮大工が丸い柱を磨き上げるのに使っていたサメ皮だとか。昔はさめ皮をサンドペーパー代わりに使っており、大正時代まで市販されていた。
■鱶鰭(フカヒレ) 中華料理の三大珍重食材とされる高級食材。中国語では魚翅(ユイチー)という。普通の魚は、ヒレにも硬い骨があるが、サメは軟骨魚類のため尾ビレには背骨からつながる軟骨が一本通っているだけで、強度は繊維状のもので保っている。だから、鱶鰭料理が存在するのである。コンドロイチンやコラーゲンを含み体にとてもいい。非常に値段が高いので、庶民の口にはなかなか入らない。
■「エイひれ」も珍味として売られている。矢野憲一著「鮫の世界」(新潮社刊)によると、このエイという名の丸っこくてひらひら泳ぐ魚は、鮫と同類で、鮫の進化したものらしい。図をみると、鮫とエイの間のような鮫もいる。鮫は、他の数知れない魚とは決定的に異質な、軟骨だけでできた魚。シラウオやアンコウも骨は軟らかいが、カルシウム分の多い硬骨魚だ。矢野氏の著書によれば、食品としての鮫の最古の文献は奈良時代の木簡に見え、鮫のスワヤリ(タレ)として、愛知県三河の篠島から天皇の食料に献上されていたという。さらには古代から中世に伊勢神宮に奉仕した未婚の皇女の斎王の毎月の食料にもなり、現在も篠島から伊勢神宮の神饌として献上されつづけているという。
■伊勢志摩ではサメのみりん漬け干物を「たれ」、福岡では鮫の肉を湯引きしたものを「だま」と呼ぶらしい。すり身として練り製品などに加えられるが、同じ練り製品でも「鮫入り」は食感がよく、いい出汁がでるため貴重とされ、鮫が入っているかいないかで練り物の価値が変わる地方もあるらしい。日本で一般的に「ふかひれ」として食用されている代表的な種類は、吉切鮫(ヨシキリサメ)毛鹿鮫(モウカサメ)青鮫(アオサメ)。フカヒレ自体は、あまり際立った味はない。それゆえにふかひれの真価は「無味のなかの味」といえる。スープや調理方法、また調理人のテクニックや個性により、様々に表情を変えるミラクルな食材。「ふかひれ」という食材は・・・「食感」、これつきる。繊維の太さやゼラチン質の多さによって変わる微妙な食感が楽しい、と食通は言う。繊維が太くしっかりしているのは青鮫、繊維のゼラチンが多いのは毛鹿鮫。
○ヨシキリザメ 全長約4m。サメ類のなかで最も個体数が多いとされている。
○ネズミザメ 全長約3m。日本では九州以北の海で見られる。
○ホシザメ 全長約1.5m。体側の上半部に白色点が並ぶ。
○シロシュモクザメ 全長約4m。頭部の突出部が特徴的なサメ。
■宮城県気仙沼港の水揚げ量が全国の約8割を占める。ネズミザメ、ホシザメ、ツマリツノザメ、コロザメ、アオザメなどが食用にされている。とくにネズミザメは肉質がよく、刺身やステーキなどに、ひれは「フカヒレ」として利用。「フカヒレ」は、ひれからゼラチン質だけをとり出したもので、皮膚の弾力を保つコラーゲンやエラスチンなどの硬たんぱく質が豊富。また、サメ類の肝臓に含まれる不飽和炭化水素のスクワレンは化粧品や健康食品に。軟骨に含まれるコンドロイチン硫酸は、痛風の治療薬に利用される。
○コラーゲン(皮膚機能維持改善) 体の組織を形成するたんぱく質の一つ。細胞を結合させ、皮膚の新陳代謝を活性化。カルシウムの骨組織への吸収を促進。血管を強化し、免疫力を高め、老化を予防。眼精疲労、骨粗鬆症を予防。
○コンドロイチン(皮膚機能維持) 複合多糖類の一種。皮膚細胞間の結合組織に分布、皮膚機能を維持。
○エラスチン(血管強化) 血管壁、腱、靱帯の結合組織を構成するたんぱく質。血管機能の維持。
○スクワレン(ホルモン原料) サメ類の肝油に多い。性ホルモンなどステロイド系機能成分の原料。
■サメは排尿器管が未発達のため肉中には尿素が含まれていて、鮮度が低下するとアンモニア臭が強くなる。臭いのない新鮮なものを選ぶことが大切。しかし、体の中ヘアンモニア分が多くたまっていてくさりにくい。一説によれば筋肉に尿素をためこむことで体を軽くして沈まないようにしているとも言う。そして大きな魚のため肉の損傷も少なく、日もちがよいので刺身として便利がよい。普通の魚なら3日間ぐらいだが、サメは半月ぐらいもつ。独特のにおいがあるので、においを消すために生姜が一番よく合う。年中食べられるが、一番おいしいのは秋から冬にかけて身のしまる季節だとされる。肉の色は白っぽいものから紅色のものまであり、紅色の濃いものはカジキによく似ている。脂肪分は少なく、肉質はやわらかく淡白な味、その上、イワシ、サバ、サンマとほとんど変わらない栄養価があり、あっさりしているので腹にもたれにくく、腹が冷たくなるほどでも食べられる。高たんぱくで、低脂肪。成人病予防の面からも、すぐれた食材である。

