魚の絵(3)
「海の幸」画像が小さくてわかりにくいので、拡大版を掲載します。とても大きな絵に感じていましたが、その実物は思ったよりも小さかったので驚きました。
黄金に輝く海を背景に力強く進む漁師の列を自信と誇りに満ち溢れ、なおかつ神々しくも感じるような静けさを合わせて描きあげ、明治浪漫主義の最高傑作といわれました。現在は剥落して見えませんが背景には金色が使われていました。当然、当時の布良では満足のいく絵の具がなく汽車にのり保田まで背景の金色の絵の具を探しにいったそうです。題材となったサメを担ぐ褐色の漁師の列は実はこの布良ではなく平砂浦の洲崎よりの「伊戸」周辺で、当時盛んに行われていたサメ漁を彼の仲間であった坂本繁二郎が目撃したものを、青木が絵にしたのだと言われています。
ちなみに、画中人物のうちただ一人鑑賞者と視線を合わせている人物のモデルは福田たねで、その前を歩く男の顔は当時、青木の理解者であった坂本繁二郎であると言われます。また、この二人の顔は「海の幸」が白馬会に発表された後に青木自身が加筆したのだそうです。海の幸があまりに強烈な印象を与え過ぎたのか、その後発表し続ける作品を評価されなくなった青木、絵も売れず、生活は苦しく、夜中に暗い自室で日本刀を振り回し壁や柱を斬りつけ、奇声を上げるなどの奇行を繰り返します。「青木は発狂した・・・」とささやかれ、絵も描かなくなり、旅先の福岡で喀血、病の床についたのでした。