ぎょ(79) | すくらんぶるアートヴィレッジ

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シュール話(3)

誤解があってはならないので・・・「手術台の上でミシンと蝙蝠傘が出会う」

この表現はアンドレ・ブルトン「溶ける魚」の中のものではない。


マルドロールの歌


ロートレアモン(本名イジトール・デュカス)の詩集「マルドロールの歌」。この詩集が世に出たのは彼の死後20年もたってからであった。シュールの作家・画家たちに見出され、その後狂気の詩人として絶賛されることになる。

「神よ、願わくば読者がはげまされ、しばしこの読みものとおなじように獰猛果敢になって、毒にみちみちた陰惨な頁の荒涼たる沼地をのりきり、路に迷わず、険しい未開の路を見いださんことを。読むにさいして、厳密な論理と、少なくとも疑心に応じる精神の緊張とを持たなければ、水が佐藤を浸すように、この書物の致命的放射能が魂に滲みこんでしまうからだ。」


ダリ挿絵


この詩集は多くのシュールの作家・画家たちに影響を与え、ダリも「マルドロールの歌」のために版画の挿絵を制作している。

日本でも多くの翻訳本が出版されているが、その中でも粟津潔さんが装丁したものが秀逸である。黒い唇のフロッタージュ?の上に金銀もどきの滴りがドリッピングされている。


「ミシンと雨傘の手術台上での偶然の出会いのように美しい。」

「ミシンと洋傘の手術台のうえの、不意の出逢いのように美しい。」


少しずつその翻訳表現の違いはあるが・・・この三者の出逢いは美しい。


さて、そのようなシュールな表現において「魚」をとりあげた詩(一文)を少し紹介しておこう。


解龍馬「眼の無い魚、無いことによる深海に赴く、魚の逆立ち。」

小野十三郎「大陸棚は永遠の夜である。深海魚の眼でないと何も見えん。」

エリック・マコーマック「切り取られた部分はきれいな断面で、海の続きが突然消えてしまったことに気がつかず落ちていく魚。」