《ドラゴン》
(1)ヨーロッパにおいては、伝説上の怪獣・ドラゴンは中国の龍に近い形態を持つ動物であるにもかかわらず龍とは異なる立場に位置し、強い力・暗黒・暴力を象徴するものとされている。ヨーロッパで描かれる典型的なドラゴンは、頭に角を持ち、胴は緑や黒っぽい色の鱗におおわれた蛇、あるいはトカゲのような爬虫類のもので、西洋における龍の名「ドラゴン」はギリシア語の「ドラコーン」を由来とし、「ドラコーン」とはすなわち蛇を意味している。獅子の前脚と鷲の後ろ足、サソリの尾などを持つものとして描かれており、また特徴として、コウモリのような翼を有している。この翼を用いて天空を飛翔し、口から火と煙を吐くとされている。また太古の昔、人類登場以前に存在していた恐竜に似た姿をしてもいる。このようにドラゴンはいくつかの動物が組み合わされた形態を持っていた。
(2)強い力・悪を象徴する西洋の龍=ドラゴンは、神話や物語、伝説の中では神々と対立する存在として登場する。その多くが神々の敵として悪魔視されており、その姿を変えることなく人間を襲うドラゴンは、聖人・英雄に悉く退治されてしまうのである。ギリシア神話の中ではヘラクレス、ゼウス、アポロンをはじめとする多くの神々・英雄たちによるドラゴン退治の話が語られている。特にキリスト教では、ドラゴンは秩序を乱す悪(=異教徒)として邪悪、醜悪なものと見なされていた。『新約聖書』ヨハネの黙示録には、巨大な龍または年を経た蛇が天上で天使ミカエル等と戦った末に敗れ、全人類を惑わす者、悪魔・サタンと呼ばれ、地上に投げ落とされ、地下深くに閉じこめられたと記されている。この中に登場する龍は、火のように赤い大きな龍で、七つの頭、七つの冠に十本の角を持ち、一度に天の星の三分の一をなぎ払ってしまうような尾を有する強大な怪物であった。聖書においてのドラゴンは、何か実在の生き物を表わす言葉として使用されているのではなく、むしろ邪悪・悪魔といったイメージの象徴的な意味を表わすものとして描かれている。その他、イタリア、スペイン、ドイツ、北欧などヨーロッパ各地の至るところに神々・英雄によるドラゴン退治の物語が残っているのみならず、数多くの絵画や彫刻などにもモチーフとして用いられてきた。
(3)ヨーロッパより以前、古代オリエント文明においても龍退治の話が存在している。龍退治は主に天地創造において語られているが、バビロニア8の叙事詩『エヌマ・エリシュ』の中においては、英雄マルドゥークが龍とされるティアマトを殺し、天と地を創造したと記している。さらにティアマトが大蛇、巨大な龍などの様々な怪物を産み出したとも書いている。後のキリスト教に影響を与えたペルシャのゾロアスター教9の経典『アヴェスタ』には、三頭に六つの眼と三つの口を有し、千の超能力を持つ、邪悪な龍、アジ・ダハーカが登場する。ゾロアスター教は善神と悪神との対立を説いており、善神の勝利を信ずる。アジ・ダハーカは終末における善と悪の戦いで、神の敵対者であるアンラ・マンユの配下として、ともに最後まで善に抵抗する悪として登場している。さらに『アヴェスタ』においても龍を退治する英雄が、ペルシャの英雄叙事詩『シャー・ナーメ』でも勇者ロスタムが荒野に棲む龍と戦う話が書かれている。神々は強い力の象徴とされるドラゴンを退治することによって、自らの権力、力の強さを誇示することに利用したのである。また龍であるとは断言できないが、エジプト神話においては、天の支配者・太陽神ラーとその協力者である天候神セトによって、淵ヌンに住む冥界の大蛇で暗黒の象徴とされるアポピスが征服される話が語られている。