手塚治虫さんの「三つ目がとおる」、本人がどこかで語っていましたが《この作品の主人公・写楽保介の「しゃらく」は「東洲斎写楽」ではなく、「シャーロック(・ホームズ)」です。》天才的な頭脳で謎に挑む写楽少年、というのが本来の設定だったらしい。確かにストーリーはそのようになっているのだが、彼がかつて滅びた人類の血を引いていることから、写楽は探偵というよりも事件に積極的に関与する主人公になっていく。そして、滅びてしまった「三つ目文明」の遺跡から見つかった「未来への遺言」は、環境を激変させ、人の心までを歪めていく「文明」を批判し、敵視するものだった。作者も最初に書きだしたときは(最初は連載ではなく、何本かの読み切りのシリーズだった)、それほど力の入ったものではなかったようである。それは、子供に楽しんでもらうための娯楽作品として、気楽に読めるものを書こうとしていた、ということであろう。さて、「写楽」研究では、「東洲斎写楽」という名自体にも解析が加えられている。曰く「『東洲斎』とは歌川豊国の『西洲斎』を意識した名である」曰く「『東洲』とは江戸から見て東、つまり東北を指す」(秋田蘭画説より)曰く「後に作風がかわったときにただ『写楽』とだけ名乗っていることから制作者が二人から一人に遷った」(中村此蔵説より)曰く「『写楽』はオランダ人『シャーロツク』の音訳である」等々とある。したがって、手塚さんの「写楽=シャーロック」は「写楽」研究を暗示してのことだったのかもしれない。