『ナルキッソスの怒り』 | 気のむくままに

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『ナルキッソスの怒り』@シアターウエスト


作:セルヒオ・ブランコ
翻訳:仮屋浩子(『ナルキッソスの怒り』北隆館刊)
上演台本:仮屋浩子 / 成河 / 藤田俊太郎
演出:藤田俊太郎



公演が終了したので、感想を書きます。
⚠️ネタバレしかありません。

見たことのない、刺激的な演劇でした。

上演前、もぎりの所、ロビーで客を迎える成河さん。1人1人に声をかけられる。
目をみて声をかけられ、どきどきしてしまう。
これから1人で2時間演じるのにすごいなあ、なんて思っていたのですが、後から考えると、この時から始まっていたのですね。
時間になり、そのまま客電も落ちずに客席から入ってきた成河さん。上演の際の注意事項(携帯電話の事とか)を話し、いつの間にか舞台に上がり、作家セルヒオさんとの事を語り始める。
なんとなく違和感ある話し方、トークの時よりちょっと興奮ぎみというか、まあセルヒオさんとこんな事があったら嬉しいよな。という興奮かな‥と思ったりもするくらいの。
そして、僕は成河で、セルヒオではありません。でも頑張ってセルヒオになります。みたいな事を言って、ジャケットを脱いで、表情が変わりセルヒオになって演じ始める。
セルヒオが学会に出席するためにスロベニアに行った時の事。
内容はかなり刺激的で、セックス描写もあるし、殺人もあるし、ミステリーでもある。

セットで印象的だったのは、大きなパネルが後方にあり、あがったり下がったりするのだが、そこに映像が映って場所をあらわしたり、部屋の部分を写したり、向こう側が見えたり見えなかったり、セルヒオを映す鏡のようになったり‥。
舞台上にある物、ベットや椅子やテーブルを成河さんが動かしながら進んでいくのだが、とても自然。
照明も、音響もよく考えられていて、最後は照明がついたまま終わる。
衝撃的な、殺人の場面‥。生きたまま体を切り離していくというものなのだが、赤いジャケットのマジックテープを少しずつ剥がし、腕‥次は‥と現する。マジックテープが剥がれる音が切り離される音となる。‥ひえ〰️

1人芝居なのだが、友人のマーロウ、ホテルの支配人、イゴールという青年もセルヒオの語りに次々と現れる。


彼が現地で出会い、関係を持ちストーカーの様に現れさえするイゴールという青年は、そこに存在しているかのような感じさえする。それなのに、他の人には彼が見えないという事が分かり、どういう事?セルヒオの妄想?となる。
そうなると、セルヒオを殺したのは誰?自分自身?



アフタートークで、オリジナルは、本当にセルヒオさんの親友という人が演じたものだそうで、その彼のリアルな話題も戯曲に盛り込まれているくらい、作品自体が現実を巻き込んでいるそうです。
それで、成河さんが演じることになった場合、最初と最後は成河さんが自分で脚本を書いて、自分の言葉で話すことにしたそうです。
ぎりぎりの嘘と表現していたのが印象的でした。最初は騙されました。
で、私はどこから、これが物語って気がついたのか?と考えると、そんなこと考えている間もなく、物語に惹きこまれ、気がついたらという感じでした。さすがに、殺人の所は‥。

本当の自分を書いているようで、実は物語としての自分を作っているのを、オートフィクションと言うそうで、初めて知りました。
成河さんだからこそ、成河さん、藤田俊太郎のダッグならではだから成立する演劇かも。
そしてあんなに演者が、客席を見ている、観客に語り続ける演劇も初めてでした。

演劇の手法を楽しみ、成河さんの演技を楽しみ、観劇後の余韻もなかなかで、受け取ったものを思い出して、どういうこと?と考える楽しみも大きい演劇でした。