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自転車で大陸を越えるブログ

学生のとき自転車で日本縦断、オーストラリア横断。一旦は就職したものの、会社を辞めて北米縦断。次に目指すは中南米縦断。このブログを通じて自転車で海外を旅する楽しさが、なるべく多くの人々に伝わればイイなぁ…と思っています。



電線に芽吹く草もある。


中米は、植物と、それを育くむ自然の力がすさまじい。


(2007.08.24 update)


僕の自転車と併走する姉弟。弟君、かなりしんどそう。黒人系の子供たちは、しぐさとか表情とかがとにかく可愛い。



ベリーズシティまで併走してくれたウェネ アーノルドおじさん(Wayne Arnold)。地元の広島で出入りしていた自転車屋"サイクルフォーラム "のマネージャーにそっくりで、かなりびっくりした。


「裏」でリズムを打つ黒人音楽のようなアクセントの英語で、ベリーズでは自転車競技がサッカーの次ぐらいに人気があること、ベリーズが経済的には発展しつつあるけど貧富の差が激しくなっていること、アメリカに甥っ子が住んでいることを、みごとなバリトンで教えてくれた。


"We´re designed to die,so we should do that we want."らしい。ナイスっ。




道でBz$5(US$2.5)のお弁当を売っていた母と娘。お弁当の中身は、赤飯そっくりな豆ご飯と、コールスローみたいなサラダと、鶏のもも肉のから揚げ。ハバネロとたまねぎ、にんじんが入った辛いマリネを好みでふりかけて食べる。キューバの料理によく似ている。かなりおいしい。


それにしても、、、黒人の女の子は、ギュっと締まったスポーツ選手のようなスタイルの良い娘が多い。フクヨかなインディヘナ系の女の子が多いメキシコから来ると、その落差がスゴイ。。。。


(2007.08.24 update)


あいにくの雨の中、ただの売店にしか見えないメキシコ出国のイミグレーションオフィスを見過ごし、スタンプを貰うのに手間取ったけれど、なんとか無事出国手続きを終え、ベリーズの国境へ。





国境は今まで繋げてきた轍の言わば"区切り"な訳で、いつもの事なんだけど、自転車で国境を越える時の身震いするような、浮足立つような高揚感は何度味わってもタマラナイ。だから自転車の旅はやめれられない。


ベリーズのイミグレーションでビザを発行してもらう。中南米でベリーズとブラジルだけはビザが必要なのだ。イミグレーションの担当官は、かなりやる気のないオッサンで、"ビザを発行して下さい"と言っても理解できず、"自分は日本人だから欧米人と違ってビザが必要で、、、、云々"と説明するとようやく理解し、US$50(!)を払ってビザを受け取る。なんなら、ビザなしでも入国できそうな勢いだった。。。

それにしても、メキシコは思った以上に大きな国だった。そして、ようやく、5カ国目のベリーズ。さてさて、どうなることやら。

(2007.08.24 update)





長々と沈没してたカンクンを出発して、メキシコとベリーズとの国境の町、カンペチェに、おとといたどり着きました。350km程度の距離にえらく時間をかけてしまいましたが、長い沈没でゆるんでいた体も心も、ようやく旅する状態になってきたと思います。


しかし、、、最近はとにかく暑いっ。。。。気温自体は35度ぐらいなのですが、湿気が悩ましい。。。フライなし(雨よけのシートなし)のテントでも"サウナ状態"で、夜の寝苦しいことこのうえなかったりします(汗)。。。


のんびりとしたカンペチェの町で2日間ゆっくりと休養をとったので、あしたベリーズに入国する予定です。アメリカ、カナダ、メキシコ、キューバに次いで5カ国目の国、ベリーズ。すごくたのしみだっ。


今後の予定ですが、たぶん8月下旬頃にガテマラのアンティグアかサンペドロにたどりついて、一か月スペイン語を勉強して、10月アタマから中米を南下するつもりです。たぶん南米のコロンビアでお正月をむかえそうです。 が、、、すぐに旅の予定を変えちゃうので、よくわかりません(笑)。あしからず。


そんなカンジで、元気にしとります。ではではっ!!

カンクンを出発して2日でトゥルム(Tulm)の街に到着する。物価が高い割にバックパッカーがやたらと多いだった。たいがいの旅行者の目的はカリブ海に面したトゥルム遺跡。


マヤの人々が危険を犯してまで海岸線ギリギリに神殿を建てた理由が、考古学者でなくとも分かるくらい、カリブ海はおそろしく美しかった。


カンクンに来ることがあれば、ぜひ水着をもってトゥルム遺跡へ行ってみてください。オススメです。


(2007.08.24 update)






おろおろすることはない


世界はもぬけのからだ


ふり返らなくともいい


心はつぎつぎに水に溶けていってしまう


出かけよう


そして 旅が終わったら


美しい川のほとりで会おう


                      長沢哲夫


* * *



引用元の文章を読んだことはない。『長沢哲夫』って人がどんな人かも知らない。ただ、知り合いのmixiから引っ張ってきた引用。だけど、コトバに出来ない無意識の領域をコトバでわしづかみにされれた。だから、引用の引用。


最近、もっと日本のコトバを知りたい、と思うようになった。




キューバからカンクンに帰ってきて、すっかり沈没してしまった。今は、メールの行き違いと勘違いで両親が送ってしまった郵便を待っているんだけど、いつまで経っても届く気配がない…。

だから、月曜日まで待って荷物が来なかったら、火曜日に出発しようと思う。荷物は日本に送り返してもらうつもり。

振り返ってみると、沈没している間に沢山の旅人と会い、色々な国の色々な話を聞いた。みんなで色々な所に行って、学生のように一日一日を楽しんだ。一生の友達になるんだろうな、ってヤツとも出会えた。沢山の旅人を見送って、中には思わずもらい泣きしそうになった別れもあった。すごく濃い時間を過ごすことができた。

ホントのことを言うと、北米を旅してた頃の僕は、ある地点からある地点まで自転車で移動することに最大の魅力を感じていた。日本人同士がたむろする日本人宿で沈没する、なんてこと、そして、実際にそうしている人々のことを心のどこかで軽蔑していた。

『自転車で外国を旅するからには、遠い距離を誰よりも早く走りぬいて、沢山の(外国)人と文化に接して少しでも多くのものを吸収しよう』と肩に力が入っていたんだと思う。成長しよう、成長しよう、と背伸びばかりしていた気がする。

だけど、旅の最大の魅力は『出会い』なんだと、と今は思う。『出会い』は日本人であろうが、外国人であろうが関係ない。どれだけの『出会い』があったかでその旅の価値が決まる、と思う。

日本人宿を軽蔑していた頃の僕は、外国の言葉や文化の無知に対して偏ったコンプレックスを持っていたんだと思う。外国にいるからには外国のモノを、と固執することで、多くのモノを失っていた。長い旅をしていれば、日本人宿での沈没はある特定の期間にすぎない。

ようやく、肩の力が抜けて、より多くのモノを吸収できるようになったようなったと思う。変な言い方だけど、『有意義な沈没』だったと思う。

さて、次はベリーズ、ガテマラだ。ようやく中米らしくなってきた。どんな素晴らしい『出会い』があるのか楽しみだっ。