
私はずっと「愛の人」を演じてきました。
小さなことでは怒らない。
散らかされても、言うより自分でやる方が早い。
空気を読んで、
波風を立てず、
『いい人』でいようと頑張ってきました。
でも、年齢を重ねるうちに、
やりたくないことに対して
身体が動かなくなってきたのです。
最初は疲れだと思っていました。
けれど、
やりたくないことを我慢し続けているうちに、
やりたいことに対しても
身体が動かなくなっていきました。
特にやりたいこともない。
特に行きたい場所もない。
特に欲しいものもない。
欲も減って、悟りに近づいた?
……そんなわけありません。
ただ、
感じることを止めていただけでした。
今日は、息子の自分勝手さに
耐えられなくなりました。
出しっぱなし。
片付けない。
探し物をしては人のせいにする。
毎日、泥棒に入られた後のような部屋。
その瞬間、
胸の奥で何かがガタガタと揺れ始めました。
ムカムカする。
腹が立つ。
そして
『私はこんなに我慢してきたのに!!』
その言葉が出た瞬間、
内側で暴れていたエネルギーが外へ解き放たれました。
空気を読んで、
楽しむのを諦めて、
怒りも飲み込んできたのに。
シェルターの奥に閉じ込めていた古傷が、
「もう限界だよ」と揺れていたのです。
身体は正直です。
声と一緒に嘆きを吐き出すと、
胸の奥がすっと軽くなりました。
もし3次元的に対処するなら、
片付けのルールを決める?
守らなければ罰?
ご褒美?
でも今回の出来事が教えてくれたのは、
もっと別のことでした。
「息子を正さなければ」という思いを
手放したとき、
キーッと感覚が起きなかった。
怒りが消えたのではなく、
役目を終えて静かになったような感覚。
そして気づいたのです。
正すことよりも、
私が穏やかでいることの方が
大切だったことに。









