家族との団欒時間は楽しいですか?
心穏やかに過ごせていますか?
ちょっとしたことでイライラして
毎日のように
家族の団欒時間を台無しにしたような
どんな気分になっていませんか?
「エデンの森」認定講師
心理カウンセラーの北村 真代(まよ)です。
先日の応援カウンセリングで
家族の団欒が苦手
っていう話が出てね。
いや、まさに
私がそうだったから
すごくシンクロした。
私ね。
家族との団欒を大切にしたい
と思いながら
家族との団欒の場面が苦手で
気付けば子どもの粗探しをして
イライラして怒りぶちまけて
その場から去って
一人になったりしてた。
頭では
家族との団欒を大切にしたい
と願っているけど
潜在意識での
団欒したくない、が叶ってる状態。
(現実は全ての望みが叶った状態だからね)
なんでかなぁって
自分に聴いてみるとね。
そこには
小さい頃のコミュニケーションの癖が
大きく関わっていることに気付いた。
4歳で弟が出来た私は
お姉ちゃんになって
「できることは自分でするように」
「お姉ちゃんなんだから」
と言われることが増えた。
これは長女
私は
そこそこ出来るタイプで
お姉ちゃんとして
しっかりしていたと思う。
でも
私は寂しかったんだよ。
弟ばっかり構ってもらってるように見えて
弟ばっかり愛されているように見えて
もう自分には誰も興味がないのかな
とさえ感じていた。
アトピーが酷くなったのもこの頃。
私のことも見てよ!
私も頑張ってるよ!と
アピールできなかった私は
友達に悪さしたり
悪事をはたらいたり
素行を悪くしたり
弟にきつく当たったり
そうやって
健気に
親の目を引くことに力を注いでたなぁ。
(今思えば)
そうすれば
お母さんがこっちを見てくれる
そんな気がしたんだよね。
もちろん
怒られる、とか
ガッカリされる、とか
気持ちのいいことではないんだけど
それでも
そのときの私にとっては
「見てもらえた」と感じられたのかもしれない。
不機嫌でいないと見てもらえない。
困らせたら構ってもらえる。
私は寂しさから
不機嫌になることで
親の愛を確認していたんだと思う。
(無意識だけど)
で、話を戻すとね。
家族で団欒をしてしまうことは
私がご機嫌でいてしまうということ。
私がご機嫌でいてしまうと
誰も私を見てくれないんじゃないか
私なんて大事にされないんじゃないか
放っておかれるんじゃないか
そんな小さな頃の心の寂しさや怖さを
心の奥の奥で思い出してしまうんだよね。
今でも
食事中にイラっとすることは多くて
とは言え
私が機嫌よくいる方が
私にとっても家族にとっても
やっぱりいいに決まってるのに
それでもイラっとすることを選んでる。
私、よっぽど団欒が怖いんだろうね。
今は
自分で自分に
大丈夫大丈夫
ご機嫌にしてていいよ
と声を掛けながら(笑
子ども達と食卓を囲むようにしています。
必要な人に届きますように。
自分を責めて苦しいmamaに届け
ナースのみんな集まって~♪