人は誰しも、様々な「はじめて」を体験して成長していくものである!

 

それを改めて思い知ったのが、2歳児と行ったカルタでした。

幼稚園で3歳児以上を見ていた私が、こども園に勤めて初めて2歳児を持った時のこと。

子ども達とカルタをしようと思い、カルタが初めての子ども達でも楽しめるであろうと用意したのが、”ななちゃんと はじめてのカルタ” でした。

 

 

とてもかわいい絵柄で、子ども達の発達段階を踏まえても、それは適当な教材と思われました。

 

子ども達に、これは ”カルタ” という名前であること、そして簡単に遊びのルール説明をして、とにかくやってみることになりました。

 

子ども達は、目の前に広げられた絵カードに釘付けです。それでも、先生が言ったら取るんだよ!というルールは理解しており、目の前のカードに書かれた動物の名前を言いながらワクワクしている様子でした。

ひとまず滑り出しは順調です。

 

子ども達は、私が言葉を発するのを待っています。

いよいよ、初めてのカルタの始まりです!

わかりやすい「あり」から始めようと思い、私が、

 

「あ・・」

 

と発するやいなや、「あり」と言い切る前になんとカードの争奪戦が始まったのです!

みんなが、思い思いに好きなカードを奪取しています。

もう私の声は、子ども達に届きません。

 

とにかく取る!

好きなカードを沢山取る!

 

そして、目の前のカードは10秒たらずで全てが子ども達の手元に行き渡りました。

 

子ども達は、実に満足げです!

戦いを終えた勇者の表情です!

 

その子ども達を目の前に、私は何も言えませんでした(笑)。なんとも言えない疲労感の私を尻目に、子ども達は言うのです。

 

「もう一回!もう一回!」

 

私自身は、もう一回やる自信を持てませんでしたが、子ども達の楽しげな表情に突き動かされてやることにしました。

 

第1回戦のカルタ取りを踏まえて、もう一度ルールを伝えます。

そして、恐る恐るの第2回戦スタートです!

もう一度・・・

 

「あ・り!」

 

今度は、みんなが「あり」の奪い合いです。1回戦よりルールは理解しています。でも目の前では、1回戦とはまた違った壮絶な戦いが繰り広げられていたのです。

 

この日のカルタ遊びはこれにて終了。

折れ曲がった絵カードを箱に入れながら、箱に書いてあるタイトルが、しみじみと沁みました。

 

はじめてのカルタ

 

この時に私は疲労感の中で思ったのです。

これが、まさにはじめてというものなのだと・・

 

はじめて・・

それは、子どもにとってのカルタだけのことではありませんでした。

私自身が、2歳児とはじめて行うカルタということでもあったのです。

 

はじめての子ども

はじめての先生(大人)

 

が織りなす「はじめてのカルタ」

一生に1回のこの”はじめて”を私は忘れたことはありません。

壮絶な戦いは、今となってはほのぼのとした思い出です。




”ななちゃんと はじめてのカルタ”は、とっても使いやすいかわいいカルタです!

 

 

 

 

 ぞうきん しぼり

 

私の数ある苦手なことの中でも、ぞうきんしぼりはかなり苦手な部類に入ります。

”絞る”という行為が、なんとも苦手のようです。

 

しかし子ども達と活動をしていて、ぞうきんしぼりから逃れることはできません。1日にいったい何回ぞうきんを使うシーンがあるかしれません。

 

当然どんなに苦手でも、私は先生ですし、大人です。

ぞうきんを絞ります!

それがどんなに、絞り切れていないくても・・・(笑)

 

でもある日、私は見てしまったのです。

私のそばで手伝ってくれている子ども達が、何も言わずに私の絞ったぞうきんをもう一度、絞っているのを・・・

そして、何事もなかったように使っているのを・・・。

 

それから私はぞうきんを絞る時、私のそばにいる子ども達の行動をこっそり観察するようになりました。

私のぞうきんを何も言わずに絞り直しているのは、1人や2人ではなかったのです。(笑)

 

私は感動して、クラスの子ども達にその話をしたのです。

 

「実は、先生は大人なのにぞうきんを絞るのが、上手にできなくて・・・、先生のぞうきんは、いつもビチョビチョだったりするみたいなの。

でもね、先生のビチョビチョ雑巾をもう一度、みんなが絞り直してくれているのを見ちゃったんだ!

いつもありがとう!!」

 

すると1人の子が、

 

「だって先生の雑巾、ビチョビチョなんだもん!」

 

と言ったので、クラスのみんながどっと笑いました。

 

私はまた聞きました。

 

「なんで、やってあげたよ!とか言わないの? なんで先生なのに出来ないの!って、怒らないの?」

 

子ども達は私の質問に、あまりピンときていないようでした。

 

「え? 別に・・。」

「だって、俺の方がうまいもん!」

「私も、できるもん!」

 

と口々に言うのです。

 

私はいつものように、1日の保育を振り返って思いました。

子ども達は、まるで当然のように、私の苦手を受け入れ、そしてフォローしてくれていたのに、気がついていなかったのは私だけだったのです。

 

子どもって、なんて優しい生き物なんだろう!

 

身長1メートル足らずの子ども達が、実は私の足元を

”優しさ” ”大きな懐(ふところ)”支えてくれていたのです。

 

私は反省しました。

挨拶を教える目的はあるにせよ、子ども達に対して、余分に「ありがとう」を求めているんじゃないかと・・。

 

「ありがとうは?」

「やってもらったら、ありがとう でしょ!」

 

・・・。

もしそうなら、私はもっともっと子ども達に「ありがとう」を言わなければ・・・。

 

「いつもこっそり手伝ってくれて、ありがとう!」

 

「苦手なことがある先生を受け入れてくれて、ありがとう!」

 

そう思った出来事でした。

 

 先日、2歳児の保育をしている時、

「ピクニック(ごっこ)しよう!」

と女の子に言われたので、ピクニック(ごっこ)をしました。

 

メンバーは、女の子ジョンという名の犬(ぬいぐるみ)

 

バッグに沢山の食べ物とジュースを入れて、保育室をお散歩して、待ちに待ったランチタイム!

女の子から指定された椅子にすわり、女の子が手際よく食べ物(おてだま)とジュースを用意してくれます。

私の向かいの席は、ジョンです。

 

 

そして、テーブルも整い2人と1匹で食べ始めようとすると、女の子が言うのです、

 

「ちょっと忘れ物があるから取りに行ってくる!ジョンと食べてて!」と・・・。

 

私は言われた通り、物言わぬジョンと向き合いながら食べるふりを続けます。その間女の子は、あれやこれや忙しそうです。

女の子は、なかなか戻ってきません。食べ物も食べ終えた私は、ひたすらジョンと見つめ合いながら、女の子の帰りを待ちます。帰ってくるのを信じて・・・。

 

 

でも、なかなか女の子は帰ってきません。

私は、ジョンと向き合っていることにちょっと辛さを覚え

 

「もしかしたら、このピクニックはすでに終わっているのかもしれない・・」

 

と、あわい期待を抱きながら席を立ちました。

すると、すぐに女の子が走ってきていうのです。

 

「ダメだよ!ジョンと待っててって言ったでしょ!今、デザートもってくるから!」

 

やはり終わっていませんでした。

また席に戻り、ジョンとの時間です。

 

この日、保育を終えた私は、ジョンとのピクニックを振り返りました。ごっこ遊びとはいえ、私の心の中にはなんとも言えない辛い気持ちが残っていたからです。(笑)

 

そしてふと気付いたのです。

「ジョンと待ってて!」

この感じ、大人と子どもの会話によく出てくるなと。

 

「ちょっとお買い物行ってくるから、◯◯と待ってて!◯◯がいるから寂しくないでしょ!」

 

大人の都合で置いていかれる子どもが、よく言われているアレです。(笑)

そんな時大人は、良かれと思ってか、便宜上か・・・何かと子どもをくっつけたりしますよね。

でも、あまり親しくないジョンと待たされた私の心は・・・

 

ジョンといたいわけじゃない!

女の子とランチがしたかった!

 

でいっぱいでした。これが私の心に残った辛さの正体だったようです。(笑)

 

子どもの目線になる!

子どもの立場になって考える!

 

自分が思うほどには、子どもの目線になっていないな!子どもの心がわかっていないな!

と気付かされ、まだまだだな・・・と思ったのでした。