先日、2歳児の保育をしている時、

「ピクニック(ごっこ)しよう!」

と女の子に言われたので、ピクニック(ごっこ)をしました。

 

メンバーは、女の子ジョンという名の犬(ぬいぐるみ)

 

バッグに沢山の食べ物とジュースを入れて、保育室をお散歩して、待ちに待ったランチタイム!

女の子から指定された椅子にすわり、女の子が手際よく食べ物(おてだま)とジュースを用意してくれます。

私の向かいの席は、ジョンです。

 

 

そして、テーブルも整い2人と1匹で食べ始めようとすると、女の子が言うのです、

 

「ちょっと忘れ物があるから取りに行ってくる!ジョンと食べてて!」と・・・。

 

私は言われた通り、物言わぬジョンと向き合いながら食べるふりを続けます。その間女の子は、あれやこれや忙しそうです。

女の子は、なかなか戻ってきません。食べ物も食べ終えた私は、ひたすらジョンと見つめ合いながら、女の子の帰りを待ちます。帰ってくるのを信じて・・・。

 

 

でも、なかなか女の子は帰ってきません。

私は、ジョンと向き合っていることにちょっと辛さを覚え

 

「もしかしたら、このピクニックはすでに終わっているのかもしれない・・」

 

と、あわい期待を抱きながら席を立ちました。

すると、すぐに女の子が走ってきていうのです。

 

「ダメだよ!ジョンと待っててって言ったでしょ!今、デザートもってくるから!」

 

やはり終わっていませんでした。

また席に戻り、ジョンとの時間です。

 

この日、保育を終えた私は、ジョンとのピクニックを振り返りました。ごっこ遊びとはいえ、私の心の中にはなんとも言えない辛い気持ちが残っていたからです。(笑)

 

そしてふと気付いたのです。

「ジョンと待ってて!」

この感じ、大人と子どもの会話によく出てくるなと。

 

「ちょっとお買い物行ってくるから、◯◯と待ってて!◯◯がいるから寂しくないでしょ!」

 

大人の都合で置いていかれる子どもが、よく言われているアレです。(笑)

そんな時大人は、良かれと思ってか、便宜上か・・・何かと子どもをくっつけたりしますよね。

でも、あまり親しくないジョンと待たされた私の心は・・・

 

ジョンといたいわけじゃない!

女の子とランチがしたかった!

 

でいっぱいでした。これが私の心に残った辛さの正体だったようです。(笑)

 

子どもの目線になる!

子どもの立場になって考える!

 

自分が思うほどには、子どもの目線になっていないな!子どもの心がわかっていないな!

と気付かされ、まだまだだな・・・と思ったのでした。