こんにちは![]()
占いやスピリチュアルに依存せずに
自分の人生を自分で決めていく
お手伝いをさせていただきます
malikalight(まりか)です![]()
前回からの続き![]()
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※前回の記事を読んでくださった方へ
大変お見苦しい写真を掲載してしまった事
心よりお詫び申し上げます笑。
写真は差し替えさせていただきました![]()
3〜4年経つとこれだけ成長するのだな、と
温かい目でみていただけると
幸いです![]()
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採卵の予定をキャンセルし、
不妊治療の仕切り直しをした私。
その頃、姉の乳がんが発覚します。
姉夫婦は自営業ということもあり、
医療保険をかけていました。![]()
定期的に
保険の請求漏れがないか
確認に訪れてくれる
担当の保険レディ(保険外交員さん)
がいました。
その保険レディが
「40歳前後から乳がんの罹患率が
増えてくるから。セルフチェックしてみて」![]()
と乳がんチェックのチラシを
置いて行きました。
普段から明るくてパワフルな姉。![]()
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3人の子育てをしながら
旦那さんの仕事も手伝い、
家事育児に忙しいワーママでした。![]()
家族が風邪をひいても
イソジンうがい、ガラガラ〜ペッ![]()
で風邪もすぐ治るという。![]()
屈強で強靭な不死身の体を持った女![]()
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だと、誰しもが思っていました。![]()
そんな姉が、
乳癌セルフチェックのチラシを見て
お風呂上がりにセルフチェックをしたところ
今まで感じなかった違和感を感じたそうです。![]()
近くの乳腺外科があるクリニックを受診し
検査したところ
乳がんの可能性が高いとの結果。![]()
当時39歳になったばかりでした。![]()
すぐに大きな病院の乳腺外科へ
紹介状を書いてもらうことになりました。
そしてその直後、姉から私に電話が入りました。
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診断は乳がんで間違いない事。
その紹介先の病院で、乳がんの名医はいるのか。
と、元看護師だった私に聞くためでした。
その電話を受けた時、
私はかなり動揺しました。
「え?うそ!いやだ!間違いであって欲しい。
いやだいやだ![]()
」
そんなふうに言ったように思います。
私は思わず泣いてしまいました。![]()
姉は、旦那さんと共に
たくさんの涙を流し、
気持ちがひと段落着いたところだったそうで
電話口では落ち着いているように聞こえました。
私はすぐにその病院で働く友人に連絡して
乳腺外科の先生の
それぞれの性格や手腕などを聞き、
姉に伝えました。
そして無事受診して詳しい検査や
手術の手続きに進むのですが
当時コロナ禍ということもあり
手術の待ち期間が長く
手術を受けられるのは半年後、
という事でした…![]()
なんで
その間に進行してしまったら
どうするの…
と思いましたが、それは手術を待つ全員の方が
その思いだったでしょう。![]()
そしてまた、姉からお願い事の電話が
かかってきました。
「親に乳がんになった事、
これから治療をする事を報告するから
実家に一緒に来て欲しい」
とのことでした。
すでに肺がんを経験していた父は
落ち着いて受け止めてくれる
と思ったそうですが
母はショックで取り乱す事が
あるかもしれないから、
そのフォローもして欲しい。と![]()
しかし、母は私達の予想に反して冷静でした。
「そう…。今、目の前にある
できる事をやるしかない。」
「手伝える事があれば言って。手伝うから。」
と言いました。
私と姉は拍子抜けしましたが、
母のダメージが少なかったわけではありません。
もちろん大きくショックを受け、
私たちが帰った後、泣いたそうです。
やはり母親は自分の子どもの事を
心配して気にかけています。
完治した今でも…![]()
一方私は、同じ県内でしたが、
距離的には母と姉の住んでいるところから
離れた場所に住んでいたため、
身の回りのサポートは出来ずにいました。
しかもコロナ禍でデルタ株が出始め、
なかなか人との接触が出来ない頃でした。
私なりに、できる事を考えた結果
私が大好きで通っていた
お地蔵さんに通って
姉の病気が完全に治ることを
待つこと。![]()
そして私が猛勉強して実践していた
体質改善方法を姉に伝える事。![]()
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もし、姉が助けを求めてくれた時は
すぐに家事や育児のお手伝いに向かおう、
と決めました
。
長くなったので、
次回に続きます![]()
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最後までお読みくださり
ありがとうございました![]()
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malikalight(まりか)![]()






