鍵盤の皇帝 オスカー・ピーターソンが愛した鍵盤
こんにちは
ジャズ界の鍵盤の皇帝として今もなお愛され続けるオスカー・ピーターソンが生前愛用して居たピアノはオーストリアのベーゼンドルファーが見事に創り上げた逸品です
むかしむかしの事
クラシックの音楽家の方が
「バッハのオルガン曲を通常のピアノで再現するには困難、低音域を1オクターブ増やしたピアノを作っては貰えないだろうか?」
と、ベーゼンドルファーに相談されました
そこで産まれましたのが計8オクターブ、97鍵と言うとてつもないピアノ
「インペリアルモデル」です
その音色は「至福の音」
そのピアノは低音部と高音部の幅が広すぎるため故にバランスを保って弾きこなすのがかなり難しいです
もっとも低い1オクターブの鍵盤の部分は黒で塗られて居たり
その箇所のみ必要な時以外には「蓋」が出来るような仕様のものもございます
そのピアノを敢えてお選びになられるとは
流石は鍵盤の皇帝…ピーターソン恐るべし…
ピーターソンは華麗にたくみに惜しげも無く駆使し演奏を披露していました
クラシック界ではバックハウス氏も愛用して居ますね
ベーゼンドルファーが現在までに創り上げたピアノは五万台だそうです
ただ、レコードを聴くにあたりまして音に奥行きや臨場感を求める場合には精度の高いサウンドを出すアンプが必要…かも…ですね…
David Bowie
デヴィッド・ボウイが旅立たれました
僕が産まれおちた時には彼は既に一つの時代をおつくりになられておられました
彼が音楽界のみにとどまらず与えし影響は実に大きいものです
日本時間の昨日、ふと思い立ち、彼の楽曲を聴いてみたり、彼出演の隠れた名映画を拝見しておりました
その矢先
一つの歴史が「また」彼方の空へと旅立たれました
彼は地球での生活を満喫し
僕が知らない「来た場所」へ「帰った」のでしょう
もっと別な居心地の良い星へ
良い旅を
またお逢いできる日まで
ありったけのありがとうを込めて
2016.1.10(2016.1.11)
2016.1.10(2016.1.11)
あうんの呼吸
こんばんは
「あうんの呼吸」
こちらはなかなかに難しいものですね
長年「ただ」一緒に居るからと言って成立するものでは御座いませんね
一度二度ご一緒させていただいている時点で成立したり
「互いの信頼関係が成り立って居るかどうか」
でしょうか
本日とある旧い友人とのやり取りで思うところが御座いまして
「これまでの自分の行い」
「立ち居振る舞い」
「己の器」
について深く考えさせられました
と、同時に
「引き際」
を知った訳で御座いますが
実に難しくも面白いものですね
「あうんの呼吸」
こちらはなかなかに難しいものですね
長年「ただ」一緒に居るからと言って成立するものでは御座いませんね
一度二度ご一緒させていただいている時点で成立したり
「互いの信頼関係が成り立って居るかどうか」
でしょうか
本日とある旧い友人とのやり取りで思うところが御座いまして
「これまでの自分の行い」
「立ち居振る舞い」
「己の器」
について深く考えさせられました
と、同時に
「引き際」
を知った訳で御座いますが
実に難しくも面白いものですね
ノマドライフと言う言葉が存在しなかった頃からノマド
こんばんは
みなさんは「ノマド(遊牧民)」なライフスタイルについてどのようにお考えでしょうか?
僕自身は社会に出る前から何処にも属さない「フリーランス」しか身をもって経験した事がありません
「フリーランス」は会社や組織などには属せず、拠点や時間にとらわれず、目先の自己の損得などかえりみず、人と人との一つ一つの「繋がりを大切に」し、やりたい事、楽しい事、誰かの喜ぶ笑顔を見られる事をカタチにするものだと感じて実践して来ました
父の家系が祖父の代から「肩書きにとらわれない音楽家」だったのを幼い頃から「当たり前」の事だと思って育った僕からして見れば「地位」や「名誉」や「肩書き」なんてどうでも良いと思って居ます
僕にとっては「窮屈」なだけかな?
「音楽家(自由業)」=「浮き沈みの激しい生活」と言う世界をしなやかに、家族を「不安にさせる事無く」、「自分を危険にさらしても」守るべき者を絶対的に守り、生き抜いて来て居るの父の姿には深く影響を受けています
クライアント様に「一個人」として「絶対的」な信頼をいただける「関係を築き上げる」のはもちろんの事、信頼していただけるだけの「個の魅力」があれば生き残る事は「少しだけ可能」です
僕は「個」=「コンテンツ」だと認識しています
その「コンテンツ」にこれっぽっちの「魅力」が無ければどなたも見向きもなさらないでしょう
「ノマド(遊牧民)」
このライフスタイルは本当に必要最小限の物しか持たず、時間やお金に縛られず、興味を持つ世界には躊躇いなく飛び込む、国境を軽々と越えたフィールドを自由に飛び回る
産まれながらにして「ノマド」な生活を「当たり前」の事だととらえ生きて来ました
「就職」=「人生を捧げて会社にお仕えする」
この図式が頭の中にありませんでしたし、考えた事もありませんでした
日本において「家」を建てる「購入」する事に対しての「代償」はあまりにも大き過ぎやしませんか?
「住宅」に縛られているから新しく好きな場所で生活をしたくても「住宅に縛られて出来ない」ですし、ましてや「ローン返済」のためだけに人生を費やす…このような生活は「息苦しいだけ」では無いか?と、疑問を否めません
僕の父は「ローンを組む(自分が持っていないからわざわざ誰かに金銭を借りる)」と言う事は「身の丈に合わない買い物をする恥ずべき行為」と「振る舞い」で教えてくれました
何でも「キャッシュ」で支払う
「キャッシュで支払い不可能」=「購入出来る品では無い」
更には「無理矢理購入する行為」は「誰かに迷惑をかける行為」とも学びました
幼い頃から何かを「いいな、欲しいな」と思うと母に相談をしていたものですが、その際に母は「あなたにとって本当に必要な品ですか?同じような品を既に持っては居ませんか?」と、問いかけました
そこで自分の持ち物を隅々まで見渡し「あ!確かに同じような品を持っている!わざわざ新しく購入する必要性は無い」と、判断する事が瞬時に可能です
いたんだり壊れたりすると「リペア」をして丁寧に扱う
長い年月を共に歩む「パートナー」だからこそ配慮が必要
「ただのケチ」と「やり繰り上手」は雲泥の差です
自由でシンプルな生活を送る上で「上手にやり繰り」をして「自由を得る」のは必須スキルかな?
生活はシンプルでも「使うべき大切な場面では使う」
これは「散財」とはまったく違います
自分を勘定に入れずに「ハッピーになるためには?」を、知っているか知らないかの違いかも知れません
小難しい言葉で言うと
「どうしたら社会(市井)の経済が円滑に循環するのか?」
までを考えます
「社会(市井)の経済など自分には関係無い…」
で、済まされる問題ではありません
今はiPhoneだけでも原稿を書く事は可能です
気が付いたらノートパソコンやタブレットを使わずにiPhoneのみで原稿を仕上げて納品していました
画面サイズも充分だし、手早く書きたい時に書けるのでパフォーマンスも上がります
通信出来る環境であればどこの国に居たってコンテンツを「発信」する事が可能です
いつの間にからかモバイル端末で大半の作業をするのが身に付いて居ました
なので周辺機器がごちゃごちゃある重たいノートパソコンとさようなら出来た時はかなり身軽になりましたね
フットワークが更に軽くなりました
持ち運ぶべきアイテムは小さなショルダーバッグに常に入っていて
「いざと言う時」
には小さなバッグ一つで生活が可能です
何かがあった時に「両手」が塞がって居ては自分の身すら守れませんし
サッと誰かに手を差し伸べる事は出来ません
「いざと言う時」に「あれもこれも持っていかねば…」と、もたついてみすみす命を落とす事もあるのですよ
もっとミニマムに出来ないか?
が当面の課題ですね
みなさんは「ノマド(遊牧民)」なライフスタイルについてどのようにお考えでしょうか?
僕自身は社会に出る前から何処にも属さない「フリーランス」しか身をもって経験した事がありません
「フリーランス」は会社や組織などには属せず、拠点や時間にとらわれず、目先の自己の損得などかえりみず、人と人との一つ一つの「繋がりを大切に」し、やりたい事、楽しい事、誰かの喜ぶ笑顔を見られる事をカタチにするものだと感じて実践して来ました
父の家系が祖父の代から「肩書きにとらわれない音楽家」だったのを幼い頃から「当たり前」の事だと思って育った僕からして見れば「地位」や「名誉」や「肩書き」なんてどうでも良いと思って居ます
僕にとっては「窮屈」なだけかな?
「音楽家(自由業)」=「浮き沈みの激しい生活」と言う世界をしなやかに、家族を「不安にさせる事無く」、「自分を危険にさらしても」守るべき者を絶対的に守り、生き抜いて来て居るの父の姿には深く影響を受けています
クライアント様に「一個人」として「絶対的」な信頼をいただける「関係を築き上げる」のはもちろんの事、信頼していただけるだけの「個の魅力」があれば生き残る事は「少しだけ可能」です
僕は「個」=「コンテンツ」だと認識しています
その「コンテンツ」にこれっぽっちの「魅力」が無ければどなたも見向きもなさらないでしょう
「ノマド(遊牧民)」
このライフスタイルは本当に必要最小限の物しか持たず、時間やお金に縛られず、興味を持つ世界には躊躇いなく飛び込む、国境を軽々と越えたフィールドを自由に飛び回る
産まれながらにして「ノマド」な生活を「当たり前」の事だととらえ生きて来ました
「就職」=「人生を捧げて会社にお仕えする」
この図式が頭の中にありませんでしたし、考えた事もありませんでした
日本において「家」を建てる「購入」する事に対しての「代償」はあまりにも大き過ぎやしませんか?
「住宅」に縛られているから新しく好きな場所で生活をしたくても「住宅に縛られて出来ない」ですし、ましてや「ローン返済」のためだけに人生を費やす…このような生活は「息苦しいだけ」では無いか?と、疑問を否めません
僕の父は「ローンを組む(自分が持っていないからわざわざ誰かに金銭を借りる)」と言う事は「身の丈に合わない買い物をする恥ずべき行為」と「振る舞い」で教えてくれました
何でも「キャッシュ」で支払う
「キャッシュで支払い不可能」=「購入出来る品では無い」
更には「無理矢理購入する行為」は「誰かに迷惑をかける行為」とも学びました
幼い頃から何かを「いいな、欲しいな」と思うと母に相談をしていたものですが、その際に母は「あなたにとって本当に必要な品ですか?同じような品を既に持っては居ませんか?」と、問いかけました
そこで自分の持ち物を隅々まで見渡し「あ!確かに同じような品を持っている!わざわざ新しく購入する必要性は無い」と、判断する事が瞬時に可能です
いたんだり壊れたりすると「リペア」をして丁寧に扱う
長い年月を共に歩む「パートナー」だからこそ配慮が必要
「ただのケチ」と「やり繰り上手」は雲泥の差です
自由でシンプルな生活を送る上で「上手にやり繰り」をして「自由を得る」のは必須スキルかな?
生活はシンプルでも「使うべき大切な場面では使う」
これは「散財」とはまったく違います
自分を勘定に入れずに「ハッピーになるためには?」を、知っているか知らないかの違いかも知れません
小難しい言葉で言うと
「どうしたら社会(市井)の経済が円滑に循環するのか?」
までを考えます
「社会(市井)の経済など自分には関係無い…」
で、済まされる問題ではありません
今はiPhoneだけでも原稿を書く事は可能です
気が付いたらノートパソコンやタブレットを使わずにiPhoneのみで原稿を仕上げて納品していました
画面サイズも充分だし、手早く書きたい時に書けるのでパフォーマンスも上がります
通信出来る環境であればどこの国に居たってコンテンツを「発信」する事が可能です
いつの間にからかモバイル端末で大半の作業をするのが身に付いて居ました
なので周辺機器がごちゃごちゃある重たいノートパソコンとさようなら出来た時はかなり身軽になりましたね
フットワークが更に軽くなりました
持ち運ぶべきアイテムは小さなショルダーバッグに常に入っていて
「いざと言う時」
には小さなバッグ一つで生活が可能です
何かがあった時に「両手」が塞がって居ては自分の身すら守れませんし
サッと誰かに手を差し伸べる事は出来ません
「いざと言う時」に「あれもこれも持っていかねば…」と、もたついてみすみす命を落とす事もあるのですよ
もっとミニマムに出来ないか?
が当面の課題ですね
ゆくとしふりかえらずくるとしへ
こんばんは
今年も早いものであと僅かとなりました
本年もありがとうございました
色々な出来事が地球規模でおこった年でしたね
佳きこと哀しきこと
来る年が穏やかな陽射しに溢れて居ます様に…
わたくしごとではございますが
昨日より作り続けた御節も無事に作り終えました
「御節を買う」
と、言う思考が生憎無いものでつい…
今回は素材の良いものに恵まれており
明日の仕上がりが楽しみです
かまぼこ以外は全て手作りです
毎年30日の夕方からはキッチンに立ちっぱなしです
御節は日持ちのするものから順番に作って行きます
田作り
栗きんとん
こちらは30日夜には仕込んでおきます
その日は次の日の支度です
黒豆を水に浸したり…
本日朝4時からキッチンはフル回転です
いたみやすいものは最後の方に
黒豆
煮しめ
伊達巻
鮭の昆布巻き
鰊の昆布巻き
海老のうま煮
ローストビーフ
他にも色々とございますが
これらも一晩ねかせておきます
すべてに言えることは
「食材の持ち味を活かす」
ことですね
なので
お砂糖控え目な
自然の恵のみの持ち味が活きて居ますよ
元旦はカットしてお重に詰めるだけ…
相変わらず和洋折衷…
仕上げに迎春のお花とお鏡を飾れば
お蕎麦を食べて休むだけです
ゆくとしふりかえらず
くるとしへ…
来年も宜しくお願い申し上げます
2015.12.31
malicchi拝
今年の終わりの空は爽快です
今年のたべおさめ
年越し蕎麦には
「穢れを落とす」
と言う意味合いもございます
素敵な作家さんとの出逢い
bonne nuit!
先日の拙日録にコメントを下さいましてありがとうございます
お返事は後ほど…
本日は素敵なハンドメイド作家さんのyulisaさんとsamさんにお逢いして参りました
わたくしはyulisaさんの作品に心酔しております
憧れのyulisaさんと素敵な作品と対面させていただきました
yulisaさんの「ものつくり」への世界観がとても好きなのです
心のアンテナの向きが伝わる素晴らしい作品を産み出されるお方
一昨日の事
yulisaさんとsamさん(御二方共素敵ですよ)が丸の内にて展示をなさって居られたので
「この機会は逃してはいけないんじゃない?」
と丸の内へ
oazoのhands beにて光栄にも念願のご本人と素敵な作品にお逢いする事が出来ました
何方も素敵すぎる作品で…
中でも一番閃きを感じたのが繊細な創りのring…
風に揺れる樹木の小枝のよう…
一昨日はわたくしに邪念があったため一旦帰路へ
そして一昨日から頭から離れない心を鷲掴みにして下さった作品とは
「何かえにしがあるような…」
と急遽丸の内再び
何とか本日まで作品は待って居て下さいました
お邪魔させていただき作品を再度拝見出来た時の喜びと来たら…
yulisaさんはランチに行かれて居られましたが、samさんがお話して下さってとても素晴らしい時間でした
御二方から伝わる「創り手の鼓動が聴こえる作品」は例えようもない程見惚れてしまいます
例えるとすれば自然界のエネルギーや未知なる世界へ通じるような不思議な感覚です
yulisaさんにはお逢いせずに…このまま…
と、思い作品を頂戴し一路後にしました
けれどもどうしても「創り手」であるyulisaさんに御礼を述べさせていただきたいものぉ…
と、戻りましたら丁度お戻りになられたところで…
光栄にもyulisaさんとお話までさせていただいて…
もう、ね
とても素直に共感出来るのですよ
わたくしは生憎「大量消費」には興味が皆無なのです
life as long slow distance
だからこそ「身に付けるもの」や「生活を彩るもの」すべてとゆったりと歩んでゆきたいのです
人が手にするものは
人の手によって産み出される
その大切さと感謝
今宵は月が満ちています
小惑星が地球へ吸い寄せられて見事な月夜になりますよ…
夜空を見上げてごらんませね…
have a verry merry Xmas(^_-)-☆
先日の拙日録にコメントを下さいましてありがとうございます
お返事は後ほど…
本日は素敵なハンドメイド作家さんのyulisaさんとsamさんにお逢いして参りました
わたくしはyulisaさんの作品に心酔しております
憧れのyulisaさんと素敵な作品と対面させていただきました
yulisaさんの「ものつくり」への世界観がとても好きなのです
心のアンテナの向きが伝わる素晴らしい作品を産み出されるお方
一昨日の事
yulisaさんとsamさん(御二方共素敵ですよ)が丸の内にて展示をなさって居られたので
「この機会は逃してはいけないんじゃない?」
と丸の内へ
oazoのhands beにて光栄にも念願のご本人と素敵な作品にお逢いする事が出来ました
何方も素敵すぎる作品で…
中でも一番閃きを感じたのが繊細な創りのring…
風に揺れる樹木の小枝のよう…
一昨日はわたくしに邪念があったため一旦帰路へ
そして一昨日から頭から離れない心を鷲掴みにして下さった作品とは
「何かえにしがあるような…」
と急遽丸の内再び
何とか本日まで作品は待って居て下さいました
お邪魔させていただき作品を再度拝見出来た時の喜びと来たら…
yulisaさんはランチに行かれて居られましたが、samさんがお話して下さってとても素晴らしい時間でした
御二方から伝わる「創り手の鼓動が聴こえる作品」は例えようもない程見惚れてしまいます
例えるとすれば自然界のエネルギーや未知なる世界へ通じるような不思議な感覚です
yulisaさんにはお逢いせずに…このまま…
と、思い作品を頂戴し一路後にしました
けれどもどうしても「創り手」であるyulisaさんに御礼を述べさせていただきたいものぉ…
と、戻りましたら丁度お戻りになられたところで…
光栄にもyulisaさんとお話までさせていただいて…
もう、ね
とても素直に共感出来るのですよ
わたくしは生憎「大量消費」には興味が皆無なのです
life as long slow distance
だからこそ「身に付けるもの」や「生活を彩るもの」すべてとゆったりと歩んでゆきたいのです
人が手にするものは
人の手によって産み出される
その大切さと感謝
今宵は月が満ちています
小惑星が地球へ吸い寄せられて見事な月夜になりますよ…
夜空を見上げてごらんませね…
have a verry merry Xmas(^_-)-☆
師、走っています〜命を繋いで
こんにちは
早いもので師も走る年の瀬ですね
今年は出だしより突然の出来事だらけ
「運も尽きたか…」
と、思っておりました
思えば昨年夏場より
身体の不調が著しく低下の傾向にありました
しかし
余命宣告より干支が一周した
誕生日を迎る事が出来ただけでも幸いです
家族がわたくしの病状を受け入れてくれず
独りで病と向き合う事は
たまに重くのしかかって来るものですね
ここ20年
フルスロットルにもほどがありました
まだゲームオーバーは迎えたくはありませんね
急に意識を失う事も多々ありますので
外出の際には
「もしも」に
備えて万全の準備をしております
「今日を現在進行形で全うする」
「微笑みを絶やさない」
「中庸の思考」
この二つの言葉を日々守り抜いて居ます
「一日を大切にする」
と、決意した時から
見上げる空が美しく
季節の移ろいが愛おしいです
流れ行く雲を眺めると
「この雲は無限に繋がっているのね」
などと愉しいものです
「終活」
なんて
計画しても
空いだけですので
朝を迎えられた事に素直に感謝を捧げ
その日のスタートラインのはじまりです
「明日どうなるか」
なんて
八百万の神々様でも
おわかりにはなられないのでは?
良い午後をお過ごし下さいませね
早いもので師も走る年の瀬ですね
今年は出だしより突然の出来事だらけ
「運も尽きたか…」
と、思っておりました
思えば昨年夏場より
身体の不調が著しく低下の傾向にありました
しかし
余命宣告より干支が一周した
誕生日を迎る事が出来ただけでも幸いです
家族がわたくしの病状を受け入れてくれず
独りで病と向き合う事は
たまに重くのしかかって来るものですね
ここ20年
フルスロットルにもほどがありました
まだゲームオーバーは迎えたくはありませんね
急に意識を失う事も多々ありますので
外出の際には
「もしも」に
備えて万全の準備をしております
「今日を現在進行形で全うする」
「微笑みを絶やさない」
「中庸の思考」
この二つの言葉を日々守り抜いて居ます
「一日を大切にする」
と、決意した時から
見上げる空が美しく
季節の移ろいが愛おしいです
流れ行く雲を眺めると
「この雲は無限に繋がっているのね」
などと愉しいものです
「終活」
なんて
計画しても
空いだけですので
朝を迎えられた事に素直に感謝を捧げ
その日のスタートラインのはじまりです
「明日どうなるか」
なんて
八百万の神々様でも
おわかりにはなられないのでは?
良い午後をお過ごし下さいませね
西瓜と家具職人さんとの出会い〜人の手により生み出されし…
おはようございます

ふと、秋の初めに出会った家具職人さんの事を思い出しました
とあるオフの日にいつものように歩を緩めて通りを散策してました
ふと通りかかると…
ずっとシャッターが閉まっていたはずの空き店舗のシャッターが開いて居ました
でもちゃんとドアはあいていてガラス張りのお店らしき作りに
看板は…ありません…
そこは怖いもの知らずのわたくし

「一声お掛けしてみましょう」
と、ドアから半歩入り
「こんにちは~こちらはお店なのですか~?」
もし違ったら「ごめんなさい」すれば良いのだもの
すると店内は落ち着いた照明で、座り心地の良さそうなソファーとテーブルが一組置かれた空間でした
まるでプライベートな空間にお招きされかのよう
奥のカウンターから一人の方が出てこられました
とっても不思議な空気をお持ちで
そしてご自身がオーダーメイド専門の「家具職人」であられるという事と
「ご挨拶とお近付きのしるしに…時季外れなのですが…」
と、差し出されたのはこちらです
そして一つ一つ手作りの「西瓜」
何だか通りかけただけでいただくのがもったいなくて
正直「どうしましょ?」
と、一瞬思いましたが「ご厚意」ですからね
素直に「ありがとうごさいます^ ^」
と申してお受けしました
其れに…
ペイントも一つ一つ…
「職人気質」を感じますね~
次の「目標」へ到達出来たら是非「ナニカ」をオーダーしたいものです
いや、しなくちゃね(^_-)
「人」が
使うものは
やはり
「人」の
手により
「生命」が
吹き込まれたものであるのだから











