求めていない。
「人はみな、自分のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことは求めていない。」 ピリピ 2章 21節 強烈なパンチです。「主よ、主よ」と言いながら、イエスを求めているようで、実は自分のことばかりを求めている。そうであるかぎり、神に喜ばれることが出来ないばかりか、救いの恵みを受けることもできません。主が願っているのは、自分を捨てて、イエスのみこころに従うこと、主ご自身に自分を重ね合わせることです。主は寛容な方ですから、自分のことを求める私たちを見捨てず、忍耐しておられます。キリストか、それとも自分自身が主人になるか。主は二つのものを忌み嫌われます。自分が生きれば、神は死にます。当然自分が死ねば、神が生きて、人は力強い導きの中に歩めるのです。詩 119:113「私は二心の者どもを憎みます。しかし、あなたのみおしえを愛します。」ヤコブ 4:8「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心の人たち。心を清くしなさい。」