「ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔い改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。」
Ⅱペテロ 3章 9節
神様の切なる願いは、「ひとりも滅びることがなく」、救われることです。「親の心子知らず」と言いますが、まさに神様に対する人の姿です。創り主なる神様を忘れ、おのれを神として、次々と極悪非道な悪を行って、尽きることがありません。自分を含めて、今の世を見ると、永遠の滅びへ落ちていることが明らかです。神様の忍耐とご愛を無駄しないように。
また、主がこられるのが遅れているように見えるのは、それを遅らせているのではなく、人々が悔い改めに導かれるように、主が忍耐深く待っておられるからです。これはクリスチャンだけでなく、未信者の方の救いもあります。主は今にでも来ようとされています。けれども、主はひとりも滅んでほしくないと願って、忍耐深くあられるのです。
エゼキエル 33:11
彼らに言いなさい。わたしは生きている、と主なる神は言われる。わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。
ハバクク 2:3
「もしおそくなっても、それを待て。それは必ず来る。遅れることはない。」
ルカ 5:32
「わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」