




②でご紹介した「国宝 羽黒山五重塔」は、5月8日から改修工事に入るそうです。8日からは改修のため足場が組まれるので、makochanご一行は、良いタイミングでお参りできたのですね‼︎
出羽三山神社のホームページより
さて、楽をして、車で羽黒山の頂上まで行ったmakochanご一行
【羽黒山案内図】




蜂子皇子さんは皇族なので、蜂子皇子さんのお墓は、宮内庁管轄なのです。勝手に敷地内に入っちゃだめよ。
奥に見えてきました‼︎
蜂子皇子さん、こんにちは。
お墓参りにきました‼︎
椿の下にお眠りなのでしょうか。。。
天皇家の菊の紋があります。
暖かい光が射してきました。。。
やっと来られました。静かに感動。蜂子皇子さん、あなたのことをもっと知りたいです。教えてください。お願いします。。。
次に、向かったのは、地図にもガイドブックにも載っていないところです。場所は、赤い丸で囲ったところ。↓
蜂子皇子開山廟
(写真を撮り忘れたので、2020年夏の写真)
謎の文字で書かれています。
次は、蜂子神社。
蜂子神社⛩(開山堂)
以下、ネットから拾った解説↓
その後、3本足の烏に導かれてたどり着いたのが羽黒山。そこで聖観音を感得して開山に至る。この聖観音の垂迹神として祀られるのが羽黒大神となる。
この蜂子皇子を祀るのが、出羽三山神社の境内にある蜂子神社である。創建は元和5年(1619年)。仏式の開山堂として建てられ、開山である蜂子皇子の尊像を祀った。その後、明治の神仏分離令によって羽黒山が神社となったことから、蜂子皇子の菩薩号を返上して、蜂子神社と名を改めた。そのような経緯があるため、一見神社のとは見えない建物となっている。
この他にも出羽三山神社内には蜂子皇子にまつわる場所がある。能除太子御座石もその一つで、羽黒山へ登る途中で休憩のために皇子が腰掛けた石であるとか、ここで沓を脱いで昇天した場所であるとか言われている。なお“能除”の名は、人の面倒をよく見てその悩みを取り除いたという意味でつけられたとされ、人の悩みを聞き続けた結果、肖像画にあるような奇怪な顔になってしまったとも伝わる。
また蜂子皇子墓は、東北地方で唯一宮内庁が管轄する陵墓で、上記の蜂子神社改名の際に比定されたという。
人々の悩みを聞いて黒い顔になってしまった蜂子皇子さん
やっと、出羽三山の開祖である蜂子皇子さんのお墓参りができました
嬉しかったです
もっとたくさんの人に知ってもらって、お参りしてほしいです
もし良かったら、蜂子皇子さんが流れ着いたという由良海岸の記事(2021年)もどうぞ
長くなりました。
このシリーズは、これで終わります
読んでくださりありがとうございました