学校で勉強をする意味について。

学校では必ず勉強をする。

試験がある。

どうして勉強をするのか。

教師はこどもに正確に答えられるのか。

これがいいのか悪いのかはわからないが自分がそう聞かれた時の答えを紹介する。

ずばり「社会がそれを望んでいるから」だ。
もし社会が運動能力を望んでいたら
学校の主な授業は体育になるし
音楽的な能力を望んでいたら
音楽の授業がメインになるだろう。

ではなぜ勉強なのか。

理由は「どんなやつでも努力すればできるようになるから」だ。

体育や音楽は努力しても
伸びないやつは伸びないことがある。

しかし勉強に上限はない。

それに伴う努力できるかという面も
社会は望んでいるのだろう。

社会では必ず「期限」までに「仕事」をする必要があるから
学校でも「期限」までに「勉強」をさせる。

もし勉強をするのが嫌だと
駄々をこねるこどもがいたら
社会のトップに立って
いまの制度を変えてくれ
と言うだろう。

まぁそこまで行くには相当の勉強が必要だから
勉強が嫌だという考えは
トップにたつころには
消えているだろう。

今日の話はこんな感じでした。


自分が教師になったら
「絶対~」と言う言葉を使いたくないと思います。

理由は、こどもの可能性を潰したくはないから。です。

世の中には「絶対無理」とか「絶対できる」とか
そんな言葉があふれています。
例えば将来の夢を友達に話した時に「絶対無理」とか言われたら
話したほうはよほど芯が強くないと折れてしまいます。
確実な根拠がなくとも、です。
「絶対~」というフレーズはそれほどの力があります。

しかし世の中「絶対」はないのだとこどもたちに伝えたいと思います。

もし将来の夢を語るこどもがいたなら
どんなにぶっ飛んだ話だとしても
それを現実にするための方法を一緒に考えてあげたい。

A4の用紙がびっしり埋まるくらいアイディアを出し合って
夢を叶えるための戦略を
一緒に考えてあげたい。

それで初めの一歩が決まったら後押しをしてあげる。

例えその子がたいした信念もなく語った夢だったとしても
そこまでしてあげたい。

こどもがその夢を簡単に諦めてしまったとしても
また新しい夢が見つかったら
また一緒に初めの一歩を
探す力になりたい。

自分のクラスを持つことになったら
否定的な「絶対~」を封印して肯定的な「絶対~」を
蔓延させたいなと思います。

クラスの雰囲気で
必ずこどもは変わると
思うのです。

今日話したかったことは
こんな感じでした。



頭のいいやつについての話。

頭の良し悪しは勉強ができるできないでは決まらないと思う。

人を見ていて、頭がいいやつは大抵勉強ができるのだが
勉強ができなくても
絶対その気になればできるようになると思う。

できるやつとできないやつの差は何か。

きっと柔軟性だとおもう。

勉強ができても頭が固いやつはきっと新しいことを始めても吸収が遅い。

頭がいいやつは頭が柔らかいからいろいろな方法を試す。もしくは人の良いところを真似る。
勉強を教えるとき
頭が柔らかいやつに教えるのはやりやすい。
やり方が固まってるやつに教えるのは
なかなか骨が折れる。

きっと固いやつをいかにしてほぐしていくかも
先生の腕の見せ所なのだろう。