13年前はよぼよぼよちよちでした。
なにがって人生初のフルマラソンたる東京マラソン翌日のこと。
あんときは一週間つかいもんにならず
椅子から立ち上がるのも四苦八苦
階段の下りなんざなんの拷問か
エスカレーターのありがたさに涙したものです。
それがまあ、13年後のいまたるや。
翌日からぽくぽく走ることも易く
今日ものんびり60分走。
ま、タマリクに行けばなんてことない
コーチやみゆきさんやHokaoさんや
東京組が当たり前のようにはしっているんですけどね。
今日も多摩川組は平和です。
そんな二度目の東京マラソン。
とりあえずコースPBは出せました(あたりまえ)
最初に今回のタイムの話をすれば、
3.5は切りたかったよぉぉぉぉ
いや、ナメていたわけではないんですけども、「楽しみながら3.5」などと図々しい野望があったことは認めます。
別大が良く走れたものですから(自分比)うっかりまた3.5職人に戻れたと勘違いしてしまっていたんですよね。
「この数年がたまたま(3.5できないだけ)で」「今は仮の姿」と思いあがっている自分にようやく気が付いたシーズンだったはずなのに、たった一度タイミングよく3.5とれただけで、なんという慢心。傲慢すぎる。どーしたもんか責任者でてこい(だれ)
そう、振り返れば、本当はそんなシーズンインだったので、「3.5」のための練習しかしてなかったんですよね。そしてそれこそ特段余裕はなくわりと必死でがんばって。
そんな練習だけをしていたなら、3.5がギリギリになるのは必至。「楽しんで3.5」などと考えていた、あの日のじぶんを殴りたいw
そんなに3.5したかったのなら、ちゃんと実力を見極めるべきでした。「楽しんで」などという野望は捨てて、もっと最初から必死のパッチでとりにいく気持ちが必要でした。
結局、3.5ペースセッターに飲み込まれてからは、楽しむどこじゃぜんぜんなく、本当は花道となろう最後の石畳みは地獄、結局3.5を取りこぼすなど。二兎を追うもの一兎をも得ず。
無念の東京。遥かなる3.5。
これがわたしの実力でした。
そんなシーズンラストレースを終え、じゃあ来シーズンはどんな目標でどんな練習が必要なのか、いろいろおもうところはありますが、
ま、レースも終わったばかりですし、
まだレポもぜんぜん進んでないことですし←
そのへんはまたおいおいと綴っていきます。
そしてよーやく、レースレポにつづく(前置きながいよw)
※昨日ポンチョで川崎駅まで戻ったじぶんを晒しましたが、むしろこんな顔格好で東京駅を闊歩してたじぶんのがイタかったのではということに気づいた件(ポンチョも着られずにたどり着いたw)