「理想の俳優」に本当になる。 -17ページ目

「理想の俳優」に本当になる。

演劇で自己実現。演劇集合体マキニウム代表、演技トレーナー槙文彦によるブログです。

お知らせもしないで失礼しました。
本日(もう昨日だ)、「音座なまらいぶ小樽9」というイベントに参加してきました。

「音座なまらいぶ」は、小樽の多会場で、同時多発的にライブを行うイベントで、9回目の今年は16会場、97バンド、323人(飛び入りも含めるともっと)が出演しました。

僕が出演した会場は、去年と同じチャランケ。
3時から金子綾香のサポートでギターとコーラスをした後、5時からの出演。

金子綾香の出演した「菜はな」という場所は、「和」の雰囲気たっぷりの場所で、とても気持ちよく演奏させていただきました。

そして槙文彦。

チャランケは去年の「音座」、そして12月のライブ、春のライブと3回ライブを行っているだけあって、堅くならずに演奏出来ました。

演奏した曲は、

「僕の人生の今は何章目くらいだろう」吉田拓郎
「歌うたいのバラッド」斉藤和義
「言葉」吉田拓郎
「Cloudy Heart」吉川晃司
「メランコリー」寺岡呼人
「陽のあたる場所」寺岡呼人
「jam」The Yellow Monkey
「どうしてこんなに悲しいんだろう」吉田拓郎(アンコール)

うれしいことに、弾き語り人生初のアンコールをいただきました。

僕としても、今までの自分の演奏の中ではかなりいい出来だったと思います。
もちろん課題もたくさんありましたが。

ピアノ曲では、マイクの位置を高くしすぎて鍵盤が全然見えず、ミスタッチばかりしていました。
それからやっぱり歌詞を見て歌うのはリスクが高いと思いました。

リスクというのは、表現の幅を狭める可能性が高いということです。

歌詞を見ると、どうしても「自分の演奏が今どうなっているのか」というマキ理論にとっては最重要課題であるはずのことにアンテナが低くなってしまうのです。あ、もちろん「音の理論」で歌も唄うんですよ。

ただ歌詞もコード進行も完全に覚えて、血にしていくためには相当の練習量が必要になります。

いや、練習しろよってことですけどね(笑)。


まあ、とても楽しいライブでした。
おかげで「小樽ビール」もタダでもらえたし。3会場以上見て回ると、タダで小樽ビールがもらえるんですよ。

あ、もちろん今飲んでますよ。


それでは酔いがまわってきたので今日はこれにて。
ワークショップ、2週目が終了しました。

いやー、やっぱり2日で6時間はこたえますね~。
自分で企画したにもかかわらず、なかなかヘビーな2日間でした。

それにしても、楽しかったですね。

先週の「音の演技法」ワークショップからはじまり、22日の「初めての演劇」、夜の「ケンカ・対立」、23日の「セリフ覚え」、夜の「クライマックス・感動的なセリフ」。

「初めての~」では、ほんとみなさん楽しそうで、そのリアクションに僕も助けられたところもありました。

やっぱり、「演じる」ということは基本的に楽しいんですね。

「セリフ」では、ほんとみなさんもりもり覚えていました。
覚えた後の「立ち稽古」が楽しかったですね。
あれくらい完璧に覚えたら、稽古ってほんと楽しくなりますね。

「ケンカ・対立」「クライマックス・感動的なセリフ」では、みなさんほんと「音の演技法」を理解して、とても演技のクオリティが上がりました。びっくりするほどです。

僕らも、学ばせてもらったこともありました。いつも思いますがワークショップでのみなさんの演技はみな新鮮で驚かされます。

今回参加されたみなさん全員が、これからも演劇界で活躍することを願ってますよ~!!

来週もがんばるっぞい。
遅ればせながら。


突然でしたね。

びっくりしましたね、安倍さん。



それにしても思うのは、ほんと安倍晋三という人が力のない人で良かった。

偶然にもこの時期に問題発言とか「政治と金」の問題とか起きて良かった。


安倍さんがやめたのは、「美しい国」論が国民から嫌われたからではない。

むしろ「美しい国」論は国民の相当数の人には受け入れられていた。

イラクの特措法だって、問題発言や「政治と金」の問題や年金問題やそれにともなう安倍さんの不手際がなければすんなり延長されていただろう。

そして「憲法改正への道」は着々と準備が進められることになっただろう。


世論というのは、流動的なものだ。


安倍晋三という人ががもし、あのルックスに加えて国民の年金に対する不満や議員の不祥事を解決していく力があったら、うまく人材を使って内閣を組織する力があったら、日本という国は全然違った道に進んでいただろう。


その時に「憲法改正反対」と声高に叫ぶ人は、どれだけいるだろうか?


国の将来を決めていくのは、国民の意志よりも、もしかしたら様々な偶然によることの方が多いのかもしれない。



安倍晋三が力のない人で良かった。心からそう思う。

ななころのわたなべさんのお陰で、最近、後志や胆振の人と知り合う機会が増えている。

前回は蘭越でのななころさんのイベント、明日(もう今日だけど)は壮瞥でピースイベントだ。

地方に行くと、とてもいろんな人がいることに驚かされる。

黒松内にプロ級のオペラ歌手がいたり、蘭越にプロのミュージシャンも買いに来るという楽器の作り手がいたり、喜茂別に太鼓たたきがいたり・・・。

そして、地方のイベントに参加するとそうした人たちと知り合う機会がとても多い。

地方は、色々なジャンルで活躍する人々が、ジャンルを超えて知り合いになっていることが多いからだ。

札幌という都市はそういう意味では大きすぎて、例えば僕らが札幌で活躍するジャズミュージシャンやロックシンガーや絵描きさんと知り合う機会は少なくとも僕にはあまりない。

だから「あけぼの開明舎」のような施設は貴重だった。

芸術や文化に携わる人が、ジャンルを超えて知り合うきっかけをつくれる場所だった。

クロスオーバーのイベント(たとえば踊りと演劇と音楽の融合イベントのような)では、他のジャンルの人と知り合うことはあるが、この場合他のジャンルと自分のジャンルの文化の違いが表面化して、「また次に何かやろうね」となることが少ない。他のジャンルの人たちのことを「あの人達は僕達と違うねぇー」と感じてそれで終わってしまうことが多いのである。

なんだかただ「顔見知り」になって、酒を飲みに行って(別に酒じゃなくてもいいけど)、作品を鑑賞しあって、その上で「一緒に何かやろうか!」となることがクロスオーバーのあるべき姿じゃないか、と思う。「あるべき姿」というのは言い過ぎかもしれない。しかしそういうイベントの方が、長続きしやすいのではないかと思う。

だから何度も書くが、あけぼの開明舎のような、「ただいろんなジャンルの人たちが出会う場所」が重要なのだ。


でも、いなかはよい。「あけぼの開明舎」がなくても、自然とみんな知り合っているのだ。

マキニウムのワークショップです。興味のある方はぜひ参加して下さい!


マキニウム秋のワークショップざんまい
2007年9月/全7コース 

詳しくは、演劇集合体マキニウムホームページをどうぞ。
 
場所: エルプラザ音楽スタジオ1、2
札幌市北区北8条西3丁目(JR札幌駅北口、徒歩1分)


参加費: 1,400円 [ お申し込みフォーム ]
(2コース以上申し込みの場合、2コース目からは1,200円)


定員: 各10名(最低実施人数3名)
※定員になり次第締め切らせていただきます。
※見学はお断りさせていただきます。


問合せ: 090-9437-6624(金子)/ makinium2000@yahoo.co.jp

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ワークショップ日程
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■ 17日(月・祝)18:30~21:30 音楽スタジオ1
マキニウム「音の演技法」ワークショップ
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■ 22日(土)13:30~16:30 音楽スタジオ1
はじめての演劇~役を演じるってこんなにおもしろい
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■ 22日(土)18:30~21:30 音楽スタジオ2
「ケンカ・対立のセリフ」のワークショップ
※「音の演技法」受講必須
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■ 23日(日)13:30~16:30 音楽スタジオ1
「セリフ覚え」のワークショップ
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■ 23日(日)18:30~21:30 音楽スタジオ1
「クライマックス・感動的なセリフ」のワークショップ
※「音の演技法」受講必須 
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■ 29日(土)13:30~16:30 音楽スタジオ1
「舞台に立つ事は興味ないけれど」ワークショップ 
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■ 29日(土)18:30~21:30 音楽スタジオ2
「笑いのセリフ」のワークショップ
※「音の演技法」受講必須  

それにしてもこのブログ、誰が読んでるんですかねー。
アクセス解析すると、なんと結構の人数の方が読んでるじゃあないですか。

レスは相変わらず超少ないのに。

おーい。

読んでるだけのひとー。

ロムだけのひとー。

なんか言ってくれー。

ほんとに読んでるのかー。

ページ開いてるだけかー。


またアクセス解析によると、ほとんどがリンク先なしの“ブックマーク組”らしい。

ほんとー?

だれがブックマークしてるんだい。


だだだれだい。

声が聞きたい。無理か。


友達になろうよー。



最近アクセスが上がって俄然やる気が出てきたでし。
それにしても世界陸上。なぜ日本選手はあんなに力を出せなかったのか?

走り幅跳びの池田選手。棒高跳びの澤野。言わずもがなの末續、為末、室伏・・・期待された選手達はことごとく実力を発揮できずに大会を終えた。

気になったのが、これまた選手のほとんどが口にする「応援してくれたみんなに申し訳ない」

え?

自分が悔しいんじゃないの?自分が一番なんじゃないの?「くやしいーーーー!」そんな心の叫びは僕の知っている限り聞こえてこない。

「そんなのテレビだからだよ」「選手達は陰で泣いてるんだよ」

そう人は言うかもしれない。実際そうかもしれない。

しかしほんとに悔しい時というものは、表情に、言葉にこぼれだしてしまうものだ。

日本選手は、自分のためより、応援してくれる人のため、日本の陸上界のためにがんばったんじゃないか―。

言いすぎだと思うけど、そんな要素はあった気がする。


そういえば世界陸上の1~2ヶ月前、東京のド真ん中でハードルや棒高跳びを見せるイベントがあったそうな。


為末、澤野、室伏らは、陸上をもっとメジャーにするべく、活動をしているらしい。

日本の陸上のためにである。

もちろんそれはなんら責められるべき事じゃない。どう見たって素晴らしい事だ。


しかし、この「日本の陸上のため」という意識が、この世界陸上で日本選手が力を発揮出来なかった遠因にはなってるんじゃないかと思う。


陸上がメジャーになるための一番の近道は、この国内で行われる世界陸上という願ってもない舞台で、実力を発揮し、日本中が注目する事だ。

それは選手も当然わかっている。


しかし皮肉にも、選手達の中に「日本の陸上のために」という意識が高かったがゆえに、力を発揮出来なかったんじゃないかと思わずにはいられない。


目的と結果が結びつかないことはいくらだってある。


僕達のやってる演劇もそうだ。


「札幌の演劇界のために」


そういう意識が高くなっていく事は、危険な事だと思う。

もちろんそういう意識を全て否定する訳じゃない。

しかし僕達は、人の事を考えている暇なんてないはずだ。

世の中はそんなに甘くないはずだ。


そして自分の事だけを考えて演劇に取り組んだことが結果として、札幌の演劇界のレベルの向上に結びつくのである。


演劇界のために何かをやること、考える事を全て否定しているんじゃない。

自分の活動の最も中心的な部分のモチベーション(この世界陸上においては、選手の競技に対するモチベーション)の要因に、「みんなのため」という意識を働かせるのは危険な事だ、という事だ。


僕はすぐみんなの事を考えてしまうきらいがある。

それは確かにイイコトなのかもしれない。


しかし、自分のことだけを考えてる奴がうまくいくのだ。

それが現実だ。
ギターを弾きます。

「オロフレ山麓ピースアクション5th」

9月8日(土)午後5時~8時
場所;そうべつ町オロフレスキー場ホッポピアザ
入場料;大人500円(中学生以下無料)

内容
① 苫小牧駒沢大学准教授 石純姫さんのお話「アジアにおける朝鮮人の過去から未来へ」
② 声楽家(室蘭在住)中森芳恵さんの歌
③ 朗読劇「恋文」(渡辺豪 上野白湖 槙文彦)
週3宣言をしてから・・・ちゃんと週3回書き込んだのは1回。

現在借金「4」でごんす。


最近、とても札幌の演劇の未来が明るく思える。

演劇大学でたくさんの仲間と知り合ったからか?

そうではない。


僕が札幌の演劇の未来を楽観している一番の要因は、現在札幌で活躍している、そして今後も札幌で活動するであろう劇作家の質と量だ。

他の地域の事はよく知らない。

少なくとも札幌の演劇史の中では、現在ほど劇作家が多く存在した時代はなかった。

ここで言う「劇作家」というのは、少なくとも過去に一度以上、観客の多くが「もう一度この人の作品を見たい」という作品を作った人か、もしくは強力なファンがその人の次作品を切望している、というレベルの人だ。

とても抽象的な表現になるが、全く演劇を知らない人を劇場に連れて行って、「へぇ~、演劇っておもしろいねぇ」と言わせる作品を書く力のある人、と言ってもいいかもしれない。

ここでの定義は抽象的だし、評価は個人によってまちまちで、正に客観的な判断は難しいかもしれない。

しかし僕が思い浮かぶだけでもここで言う「劇作家」と呼べる人は何人もいるし、彼らは演出家としても力のある人たちだ。

そして彼らの多くが、どうやら札幌を基盤に活動を続けていく予定らしい。


「東京と比べてレベルが低い」


そう言う人はいるかもしれない。事実かもしれない。

僕もかつて「東京を常に意識する事が必要だ」という旨の文章を書いた。


しかしここであえて言うならば、

札幌の演劇にとって、「東京と比べてレベルが低い」なんてどうでもいい。


札幌の演劇は、札幌市民の中でどう認められ、繁栄し、お客さんを獲得していく、あるいは芸術として認められていくかということが第一であり、それが「演劇」という芸術の本質なのではないかと僕は思っている。


「東京に負けたままでいい」と言ってるんじゃない。


もちろん東京でも認められるクオリティの高い作品を作っていく事は重要だ。

しかしそれが目的じゃない。


東京に出ても恥ずかしくない、むしろこっちの方がレベルが高い、しかし決して東京では上演しない、そんな劇団があったら素敵だと思う。




・・・また「札幌の演劇は・・・」なんて書いてしまった。

俺には「札幌の演劇は」なんて言ってる暇はない。そんなことを考えてる暇があったら「俺の演劇は」を考えなければいけない。


だって未来が楽しみなんだもん。