越えられないと思っているから越えられないんだよ
越えられると思えば越えられるんだ
大切なことは
昨日より今日が
一ミリでも進化していること
限界を決めず
あきらめず
月並みだけど
自分を信じて
越えられないと思っているから越えられないんだよ
越えられると思えば越えられるんだ
大切なことは
自分と
自分とかかわるすべてのものを
いいところしか見ず
ダメなとこを無視
世界中が信じていないからこそ
俺だけは
俺だけを信じていくのさ
世界中がダメだと思っているから
自分だけは違うのさ
違うんだ・・・
越えられないと思っているから越えられないんだよ
越えられると思えば越えられるんだ
大切なことは
昨日より今日が
一ミリでも進化していること
限界を決めず
あきらめず
月並みだけど
自分を信じて
越えられないと思っているから越えられないんだよ
越えられると思えば越えられるんだ
大切なことは
自分と
自分とかかわるすべてのものを
いいところしか見ず
ダメなとこを無視
世界中が信じていないからこそ
俺だけは
俺だけを信じていくのさ
世界中がダメだと思っているから
自分だけは違うのさ
違うんだ・・・
バレーボール女子がセルビア・モンテネグロに惜しくも負けてしまった。
なんだかその負けた後の表情が気になるんだよなぁ。
セルビア・モンテネグロは世界3位の強国。
その強国に負けたのだから世界のレベルから言うとまあ“順当”なわけです。
しかし負けた後の日本の選手達の表情といったら、ほんと暗いのですわ。
もちろん「勝ちたい」という気持ちでやっていたのだから悔しいのだろう。
だけどその落ち込み方が、どちらかというと「く、悔しい!!」というより「これはダメだ・・・」という雰囲気に感じるんだよなぁ。
あれでは明後日からの試合が不安になってしまう。
そこには考え方の違いがあるんだと思う。
日本の女子バレーは昔から、「勝つんだ、勝たなきゃいけないんだ」という雰囲気の中で試合をやっている感じがする。
もちろん勝つことは大事だ。勝つためにやっているんだから。
しかしそんなふうに結果にこだわりすぎることは、モチベーションの低下を招き結果として自分たちの力を発揮しきれないことにつながってしまうことがある。
かつてはそういう「追いつき、追い越せ、勝て、勝て!」のド根性精神が色々な方面で日本人の成功に影響力を及ぼしてきた。
しかし時代は確実に動いている。
「勝つことが大事じゃない」と言っているわけではない。
サッカーのワールドカップアジア予選のトーナメントなど、「絶対に負けられない」戦いの時には一つ一つの結果にとことんこだわらなければいけない。というより結果が全てだ。
しかしそんな限られた「絶対に負けられない」戦い以外の時には、とにもかくにも「自分たちの力を発揮しきること」の方が大切になる。先がある戦いの中で「勝ち」にこだわりすぎることは、その後のモチベーションに大きな負の影響を及ぼしかねないのだ。
くしくも今日、テレビのインタビューで落合監督が、「日本シリーズ第1戦は試合には負けたけど勝ちに等しかった」と言っていた。
日本バレーが、そんなしたたかさを持つ日はいつ来るのだろう。
そんなことより、明後日からの日本チームが心配だ。
最近、なんだか見入ってしまう俳優がいる。
柴山良宏という人だ。
「劇団にれ」の俳優さんで、僕も以前からお世話になっている。
本人にもその自覚はおそらくないと思うが、ここ最近の柴山さんの仕事には敬意を表したい。
今日の劇団新劇場「高き彼物」もそうだ。
柴山さんは、「劇団にれ」の「代表」になってからずいぶんになる。僕が「劇団にれ」を知った頃には既にもう「代表」だったからもう15年にはなるだろうか。
しかし柴山さんは“代表然”としていない。代表っぽくないのだ。
劇団にれの演出はほとんどの作品は関口さんという人で、その他も宮野さんという方だ。
かといって俳優を引っ張っていくでもない。劇団にれのリーダー的存在、ではないと言っていい。
そして今までの俳優としての柴山さんは、僕にはどうしても秋元さんという存在の“陰”があったと思えてならない。
秋元さんという人は、かつて劇団にれに在籍し、その後独立して「劇団ペルソナ」を立ち上げた人だ。
どうも劇団にれの中では、「秋元さんは俳優として抜き出ていた」という臭いがあるように思えてならない。
そして今までの柴山さんの演技には、どうもその秋元さんの陰があるように思えてならなかったのだ。
しかしここ数回(特に銀の会「男にして下さい」~新劇場「高き彼物」)の柴山さんの舞台では、一枚も二枚も、皮がむけたような気がするのだ。
こんなことを面と向かっては言えない。
柴山さんがこのブログを読んでいるとしても書けない。
たぶん読んでいないと思うから思い切って書いちゃうよ。
“解放値”が、全然違う。
“解放値”とは、簡単に言うと“自分が自分のままでいる度数”のことだ。
“解放値”が高い俳優には、観客は釘付けになる。
柴山さんはさほど声が大きいわけではないが、柴山さんのセリフはその一つ一つがくっきりと聞こえる。声の大きさが全てではない、と教えてくれるようだ。
演技の良さを口で説明するのは難しい。まずは見てくれ。柴山良宏という俳優を。
劇団新劇場第53回公演「高き彼物」
あとは明日の2時からを残すのみですわ。
シアターZOOですわ。