「理想の俳優」に本当になる。

「理想の俳優」に本当になる。

演劇で自己実現。演劇集合体マキニウム代表、演技トレーナー槙文彦によるブログです。

以前書いたように、

「登場人物に見えるために」

ということを、

 

徹底的に考え、

体系的にそのやり方を書いたのは

スタニスラフスキーという人です。

 

ロシア人です。

 

理想の演技とは②~演劇の歴史③~

 

スタニスラフスキーの弟子たちは、

“メソッド演技”として

 

その後のアメリカ映画に

大きな影響を及ぼしました。

 

さて、そのメソッド演技、

現在では色々なことが言われています。

 

メソッド演技のことを、

 

「唯一の正しい演技法」と思っている人も

「メソッドを使ってる俳優は使わない」

 

という人もいるようです。

 

メソッド演技は、その成り立ちからして、

「リアルに、登場人物を生きる」

ための演技法です。

 

現代ではさまざまな演劇があって、

「ひとまず、リアルかどうかじゃなくて、

おもしろいかどうかなんだよね」

 

という演出家もいます。

 

メソッド演技を使っても、

最終的に「おもしろい」演技には

なっていくと思うのですが、

 

きっと

「ひとまずおもしろい演技を」

と考える演出家の人にとっては、

 

とてもとても遠回りに感じてしまうのだと

思います。

 

そのメソッド演技は

どういうことをやるのか、

 

僕の知っている範囲で書きます。

(メソッド演技の専門家の方で

間違っていることがあったらご指摘ください)

 

 

たとえば、

まず俳優に、

 

「あなたの恋愛経験の中で、

一番辛かった経験を話してください」

 

と言って、その人の恋愛経験を

話してもらいます。

 

その経験の中でも、

 

一番辛かった瞬間、

どこにいたか、何を考えたか

どんなことを思ったか

 

など、その俳優自身の

切実な経験を語ってもらいます。

 

 

そして、人生で一番辛い、

恋愛経験をしている「登場人物」

のセリフを、

 

 

「なるべく今の気分を大切にして、

このセリフを話してみて??」

 

 

と俳優に伝えると、

 

俳優は、

 

なんだか登場人物と自分自身が

一体になったような感覚として

セリフを話すことができます。

 

「あんたなんか嫌い!!」

 

というセリフを、

 

他人の誰から見ても

 

「お前ほんとは好きだろう」

 

と感じるような、セリフの出し方が

できるのです。

 

 

メソッド演技では、このことを

 

「再生」

 

というそうです。

 

俳優の、自分の過去の経験から、

登場人物と同じような感情を

呼び覚まし、

 

その感情を舞台で毎回

起こすようにする、というやり方です。

 

 

メソッド演技では、

毎回が「再生」なので、

 

演技が毎回

「完全に同じ」

ということはあり得ません。

 

 

人は、「完全に同じ感情」というものはなく

 

「ほぼ同じような感情」

 

になったとしても、

行動は少しずつ違ってくるものです。

 

 

この、「少しずつ違う」ということも、

もしかしたら現代の演出家が

嫌うところかもしれません。

 

次回も、もう少し

「登場人物に見えるために」

を深めてみたいと思います。

こんにちは。

 

ずいぶんブログ更新が滞ってしましました。

 

 

今日は、

 

「登場人物に見えるために」

 

というテーマで書きたいと思います。

 

 

登場人物に見えるために、

俳優は何をすればいいでしょうか?

 

 

「登場人物」に関する情報は

「脚本」に書かれています。

 

 

ですから、まず「脚本」を読んで、

「登場人物」を理解する、というのが

極めて一般的な考え方です。

 

(マキニウムではやっていませんが、

その理由は後に書きます。)

 

 

今もやっているのかはわかりませんが、

以前聞いた話では、

 

劇団四季の俳優養成所では、

大学ノートを(中学生の国語のノートみたいに)縦にして、

 

1ページの一番右に自分の役のセリフを一つ書き、

その一つのセリフに関して考えられることを、

 

ページいっぱいに書いていく、という作業をするそうです。

 

たとえば、

 

「おはよう」

 

というセリフがあれば、「おはよう」を

ページの一番右に書き、

 

その「おはよう」を言うときの自分の気持ち、

相手に対する気持ち、

台本上でのこのセリフの意味などを、

1ページに渡って書いていくのです。

 

脚本に書かれていることも、

脚本から予想できることも

脚本から自分で想像してしまうことも、

 

全部書くということらしいです。

 

・実は、今日学校でテストの返却があって、

昨日からそのテストのことで頭がいっぱいだ。

 

・今回はずいぶん頑張った。それに比して

父親の疲れた顔を見てがっかりしている。

 

・兄は、ライバル。たぶん自分の「おはよう」なんて

聞いてない。

 

・母はいつも優しい。もしかしたら、

「おはよう」は母に対してだけ言っている。

 

・睡眠は七時間だったが、

ここ最近の疲れでしっかり寝たとは言えない。

 

・実は、作者はこの「おはよう」のシーンを入れることで

さわやかに見えるが何かを予感させようとしている。

 

云々。

 

 

確かに、これくらい書いていくと、

役のことがいろいろわかってきて、

登場人物をリアルに演じられそうな気がしてきます。

 

 

登場人物に見えるというのは、

 

「脚本上の人物を、

ビジュアル的に完全に再現する」

 

ということではありません。

 

最近お客さんが入っている(らしい)

「2.5次元」の演劇などでは、

 

漫画の登場人物にできるだけ近づける

ということが必要になるのかもしれませんが、

 

そういう「ビジュアルを再現する」のは一部の

演劇だと思います。

 

 

多くの場合、脚本には「ビジュアルな部分」

はそれほど書かれてはいません。

 

 

それよりも、「行動」や「気持ち」が書かれています。

 

脚本から、「行動」やその行動を起こす「気持ち」を

読み取り、演技に生かしていきます。

 

 

(繰り返しますが、マキニウムではやっていません。

理由は後に書きます。)

こんにちは。

 

今日は、「理想の演技」を

さらに深く考えてみたいと思います。

 

 

僕は理想の演技を、

 

 

「アングラ演劇」や「つかこうえい演劇」

のように刺激的・魅力的でありながら、

 

なおかつ、

 

「新劇」のようなリアルさ・臨場感で

登場人物が生きているように見える。

 

 

つまり

 

 

・俳優が魅力的で

・登場人物に見える

 

 

という二つの言葉に

まとめました。

 

 

歴史的にはこう考えられると思いますが、

 

 

みなさんはどう思いますか??

 

 

「理想の俳優」とはどんな俳優でしょう?

みなさんは、なぜ

 

「俳優になりたい」

「演技をやってみたい」

 

と思ったのでしょうか??

 

 

どんな演技をやってみたいですか??

 

 

僕は演技ワークショップや、

専門学校・養成所の授業で

 

かならずこの質問をするようにしてきました。

 

 

これまでおそらく、300人から400人の人たちと

この問いについて話してきました。

 

 

「いい演技とはどんな演技でしょうか?」

 

 

・登場人物の感情を表現できる。

・抑揚がある。

・存在感がある。

・「間」を作れる。

・演出家の指示に対応できる。

・観客の心に届く。

・観客が物語にひきこまれる。

 

etc・・・・

 

 

沢山の意見を聞いてきました。

 

 

まず、

 

「演出家の指示に対応できる」

 

というものですが、

 

 

確かに演技の現場では、

演出家の指示に対応する力は必要かもしれませんが、

 

そもそも演出家は、

「理想の演技」をしてくれたら

それが求める所なのですから、

 

ここでは

「演出家の指示への対応」

に関しては論じないことにします。

(後のブログで書いていきたいと思います)

 

 

さて、それ以外の意見ですが、

これは大きく分けて以下の3つのテーマに分類することが出来ます。

 

 

1つめは、

 

「登場人物に(リアルに)見える。」

 

というテーマ。

 

 

・登場人物の感情を表現できる。

・嘘くさくない。

・抑揚がある。

・(登場人物の)”間”を表現できる。

・リアル。

・登場人物の人間関係がわかる。

・登場人物の感情の裏側を表現できる。

 

などがそれです。

 

 

 

2つめは、

 

「俳優が魅力的である。」

 

というテーマ。

 

 

・存在感がある。

・(独特の)“間”がある。

・かわいらしい。

・空気感がある。

・出てきただけで目がいってしまう。

・かっこいい。

・声がいい。

 

などです。

 

 

 

3つめは、

 

「結果、観客にどう伝わるのか」

 

というテーマ。

 

・観客の心に届く。

・観客が物語にひきこまれる。

・登場人物の感情に共感できる。

・おもしろいと思える。

 

などです。

 

 

僕がこれまで

300人から400人の人たちと話してきた結果、

 

「いい俳優」

 

と俳優志望の人たちが思っているのは、

 

・登場人物に(リアルに)見える。

・俳優が魅力的である。

・結果、観客が演劇を楽しめる。

 

 

という3つのテーマに分類できるのです。

 

 

 

ところで、

 

・結果、観客が演劇を楽しめる

 

というのは、上の2つのテーマ、

すなわち

 

・登場人物に(リアルに)見える。

・俳優が魅力的である。

 

を獲得したときに、実現するものではないでしょうか?

僕はそう考えています。

 

 

 

 

おわかりでしょうか??

 

現在、300人以上の方々と話してきた

俳優が求めるべき「理想の演技」は、

 

歴史的に考えてきた「理想の演技」

と完全に同じ結果となるのです。

 

 

 

すなわち僕たちは、

 

・登場人物に見える。

・俳優が魅力的である。

 

この二つのテーマを

追いかけていけばいいのです。

 

 

今日はここまでです。

次回は、

 

「登場人物に見えるために」

 

を考えていきたいと思います。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

こんにちは。

 

いよいよ、「理想の演技」に関しての結論に

移っていきたいと思います。

 

前回まで、長々と

演劇の歴史、演技の歴史について書いてきました。

 

 

日本の現代劇は西洋の演劇から影響を受け、

「リアルに、そこに生きている臨場感」

を重視した演技から始まりました。

 

そして戦後にもっと直感的な刺激の強い

「アンダーグラウンド」「アングラ演劇」

が時代を作り、

 

さらにつかこうへいさんの

「俳優の感情がドスンと観客に飛び込んでくるような」

演技へと発展しました。

 

 

では、今求められている演技はどんなでしょう?

 

 

僕は、演技はもう

「アングラ演劇」や

「つかこうへいさんの影響を受けた演劇」

からは戻れないと思っています。

 

 

なぜかと言うと、

 

 

あの直感的な、刺激的な演劇を見てしまったら

「リアルに、そこに生きている」

というだけでは物足りなくなってしまうからだと思います。

 

 

じゃあ刺激的であれば

それでいいかと言うとそうではなく、

 

やはり俳優は、

 

「登場人物として、リアルに、そこに生きている」

 

ことは現代演劇でもドラマでも当然のごとく

重要になってきています。

 

 

つまり現代の俳優は、

 

「アングラ演劇」や「つかこうえい演劇」のように刺激的・魅力的でありながら、

 

なおかつ、

 

「新劇」のようなリアルさ・臨場感で

登場人物が生きているように見える。

 

 

この二つの要素が求められているのだと思います。

 

 

前回まで書いたように、日本の演劇は

 

「新劇」という、

ロシアのスタニスラフスキーという人の

影響を受けたところから始まりましたが、

 

この「新劇」というのは演技の方法論があります。

 

 

つまり、「リアルさ・臨場感」を出すための方法論は存在しているのです。

 

 

それはスタニスラフスキーの弟子たちが

アメリカで発展させ、

 

「メソッド演技」と呼ばれるものになりました。これはもう100年もの歴史があります。

 

 

しかし、

「アングラ演劇」や「つかこうえい演劇」

のように刺激的・魅力的

 

であるための方法論は、僕の知っている限り

(マキニウムの他には)見たことがありません。

 

 

ここに、現代の演技理論が

行き詰まっている原因があるのだと僕は思います。

 

 

 

 

「アングラ演劇」や「つかこうえい演劇」

のように刺激的・魅力的でありながら、

 

なおかつ、

 

「新劇」のようなリアルさ・臨場感で

登場人物が生きているように見える。

 

 

 

 

僕はこのことを、

 

・俳優が魅力的で

・登場人物に見える

 

という短い言葉に置き換えました。

 

俳優はこの二つのテーマを、限りなく

突き詰めていけばいいのだと思います。

 

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

こんにちは。

 

今日は、日本の現代劇について

書いていきたいと思います。

 

 

現在「必要とされる演技」について考えるために。

 

 

日本の現代劇、つまり、

能や狂言、歌舞伎ではない

「登場人物が普通にしゃべってる」感じ

の演劇は、

 

今からだいたい100年前に始まります。

新たな演劇の流れなので、

「新劇」といいます。

 

「今から100年前」

 

それは、前回書いた

スタニスラフスキーが活躍した

若干後の時代です。

 

 

西洋の演劇の影響を受けて、

日本でも

「リアルに、そこに生きている臨場感」

を求めた演劇が生まれました。

 

日本では近代に、

たくさんの優れた戯曲が生まれました。

 

森鴎外、島崎藤村、武者小路実篤、

岸田國士、木下順二、有島武郎・・・

 

教科書に載っていて、

名前を聞いたことある作家さんがたくさんいますよね。

 

どの作品も、

「リアルに、そこに生きている臨場感」

を必要としていたのだと思います。

 

 

「新劇」は、1900年代の前半、

一時代を築きました。

 

 

 

日本で新たな演劇運動が生まれたのは、

 

第二次世界大戦後、

「戦後」という言葉が使われなくなって

 

学生運動が盛んになってきた

1960年代後半頃のことです。

 

 

例えば全身を白く塗って全裸になったり

例えばセリフもなくずっと動きだけで見せたり

例えば廃屋やテントや使われなくなったバーで

演劇をやったり

 

それまで「演劇」と思っていたものとは全く違う、

感覚に訴えるような演劇が生まれました。

 

三輪明宏さんはこの時代、

寺山修司作「毛皮のマリー」の主演を演じました。

 

このムーブメントを、

「アングラ演劇」

(「アングラ」は、「アンダーグラウンド」の略)

と呼びます。

 

 

1970年代、

日本が高度経済成長を駆け上がる頃に、

 

一世を風靡した劇作家が現れました。

つかこうへいという人です。

 

セリフ回しが物凄く早く、

ギャグが満載で、

舞台に突然ダンスが入ってきたり、

ライブのような照明だったり

 

そして俳優の感情がドスンと

観客に飛び込んでくるような演劇です。

 

 

「つかブーム」と言われるほどの現象が起こり、

僕より少し上の世代の演劇人は

全員つかさんの影響を受けているのでは

と思わせるほどの影響を与えました。

 

 

1990年代、バブルが崩壊して

日本経済が「失われた10年(10年延長?)」

と言われた頃には、

「静かな演劇」というムーブメントが起きました。

 

 

舞台で

「普通の人が、普通にしゃべってる」

 

そんな演劇です。

 

たとえば

感情が極まって涙する、

そんなシーンは一切なく、

ただずうっと話をしていて芝居が終わる。

 

 

平田オリザさんがその代表的な人なのだと思います。

 

 

 

さて、2000年代に入ってからの

日本の演劇のムーブメントは、

僕にはよくわかりません。

 

明確なムーブメントといったものは

ないような気がします。

 

 

 

ですがここまで読んでいただいて、

日本の演劇は、めまぐるしく変化してきた

ということは

わかっていただけたのではないかと思います。

 

 

これが、現代日本で

しっかりとした「演技理論」が

浸透しなかった理由だと思います。

 

つまり、どんどん変化する日本演劇の中で、

共通して使える演技理論というものは

生まれるはずもなかったのです。

 

 

 

そして、「理想の演技」を考える上で、

きわめて重要な「矛盾」が

生まれてきます。

 

 

少し長くなりました。

この「矛盾」に関しては、次回書いていきたいと思います。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

こんにちは。

 

今日は、演技の歴史について

もう少し書いていきます。

 

前回は言ってみれば、

「演技の歴史」が始まる前の話、

と言ってもいいかもしれません。

 

もちろん2500年前から

演技は存在していましたが、

 

演技について

具体的な方法論が残っているわけではありません。

 

今日は、世界で初めて

体系的に

演技法をまとめた人について

書きたいと思います。

 

 

その人は、スタニスラフスキーという人でした。

ロシア人です。

1800年代末頃から、1900年代頭に活躍しました。

 

 

「昔の話」と思われるかもしれませんが、

このスタニスラフスキーという人は、

 

現代の演劇や、

現在のアメリカ映画にも

 

ものすごく影響をおよぼしている人で、

演技を考える上でとても重要な人です。

 

 

当時世界最高と言われていた

ロシア演劇を代表する演出家で、

 

演劇の世界で

シェイクスピアの次に有名な

劇作家チェーホフの作品を演出していました。

 

 

これは僕の予想なんですが、

シェイクスピアのセリフは、

 

流れるような音の流れと、

きらびやかな言葉のチョイスが特徴なので、

 

 

ものすごくざっくり言うと、俳優は

流れよくかっこ良くセリフを言えれば

ある程度“サマになった”のですが、

 

 

チェーホフの作品は、

セリフがとても現実的で、無駄なものがないため、

 

演技がとてもリアルで

「本当にそこに生きている」ように見えないと、

おもしろくならなかったのだと思います。

 

 

「本物がそこに生きている臨場感」が、

舞台を引っ張ったのだと思います。

 

そしてそこには、

「本物がそこに生きている臨場感」

を導き出す“演技法”が必要だったのです。

 

 

スタニスラフスキーは、

「登場人物を、リアルに臨場感をもって演じる」

演技法、トレーニング法を

世界で初めて確立しました。

 

 

さて、

スタニスラフスキーの活躍したロシアは、

最初にお伝えしたように

1800年代末から1900年代初頭です。

 

 

ここで歴史に詳しい方は

お気づきになったかもしれません。

 

この時代、ロシアは

政治的に大変大きな出来事が起こります。

 

それは僕達日本人にも

無関係ではありません。

 

1904年に日露戦争、

1905年からロシア革命。

 

 

このロシア革命によって、

スタニスラフスキーの弟子達は、

 

その後約100年間の

ショービジネスの中心の国に亡命することになります。

 

そう、それがアメリカです。

 

 

スタニスラフスキーの弟子たちは、

その後、この方法を用いて

「メソッド演技」として

アメリカで広げていきました。

 

 

そして、このスタニスラフスキーの影響は、

遠く日本にも伝わってきます。

 

 

そして現代に渡って、

演技教育、俳優育成に影響を与え続けています。

 

 

今日はここまでにしたいと思います。

次回は、その後の日本演劇の歴史について書いていきます。

 

 

僕たちが目指すべき「理想の演技」は、

この歴史に触れた上で書いていきたいと思います。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます!

こんばんは。

 

今日から、演技の歴史について書いていきます。

 

僕らが現代に目指すべき演技を考える時、

歴史を参考にすることがとても有効だからです。

 

 

演技の歴史と言っても、

映像に残っているのは

せいぜいこの100年のものですし、

 

後で書きますが演技理論が始まったのは

今から約100年くらい前ですので、

 

演技の歴史は

だいたいこの100年の歴史、ということになります。

 

 

しかしその100年のことを考える前に、

その前の2500年くらいの演劇を書いていきたいと思います。

 

 

*****

 

 

「世界最古の演劇」がいつ始まったか、

みなさんはご存じでしょうか?

 

日本の「能」が始まった時、

と考える方もいるかもしれません。

 

ギリシャ劇が始まった時、

と考える方もいるかもしれません。

 

実は広い意味での

「世界最古の演劇」は、

いつ始まったかは定かではありません。

 

 

というのも、「演劇」という言葉は

広い意味では

 

実は「ダンス」や「楽器演奏」

それからお祭りでの「獅子舞」

なども含まれます。

 

日本で言うと弥生時代や縄文時代、

世界で言うと石器時代、

 

「呪術の儀式」として行われた

踊りなども、

 

広い意味での「演劇」に含まれるのです。

 

ですから「世界最古の演劇」は、

いつの時代のどこで起こったか、

それはまったく知るすべがありません。

 

 

では、僕らが普段「演劇」として使っている、

“狭い意味”での演劇、

 

つまり

「舞台で言葉を交わし、物語を演じる」

という演劇は、

 

どこで始まったかご存じでしょうか?

 

 

「ギリシャ劇」という言葉は、

多くの方が耳にしたことがあると思います。

 

古代ギリシャ劇は、

はっきりと文献などに残っている

 

“狭い意味”での

世界最古の演劇と言われています。

 

 

紀元前、500年くらいのことです。

 

 

ですから今から2500年くらい前、

といったところです。

 

聖徳太子が生まれるはるか昔、

卑弥呼よりももっとずっと昔に、

 

ヨーロッパでは

「物語を舞台で俳優が言葉を交わして演じる」

演劇が行われていたのでした。

 

そして

ギリシャ劇の脚本は今でも残っていて、

日本語にも翻訳されて

現代日本でもちょくちょく上演されているのです。

 

 

時代は下り。

 

 

この後、演劇は

暗黒の時代を迎えます。

 

世界はこの後、

キリスト教全盛の時代を迎えます。

 

演劇は弾圧の対象だったり、

キリスト教を広めるためのものになりました。

 

 

演劇が再び力を取り戻すのは、

宗教改革によって価値観が変わっていった後

ルネサンスの頃、

1500年代後半以降でした。

 

 

キリスト教を悪く言うつもりはありませんが、

1500年もの間、

演劇は力を失っていた。

 

思想が一つになること、

それは演劇という表現分野には

強いマイナスの影響があるようです。

 

 

 

そしてこのルネサンス期に、

おそらく誰もが名前は知っている

シェイクスピアが登場したのでした。

 

今日はここまでにしたいと思います。

「演技の歴史」にまでたどり着けませんでした、、、

 

 

次回は、

世界で初めて演技理論を体系的にまとめた

スタニスラフスキー、そしてそのメソッド、

 

そしてその影響を受けた

日本の演劇について書きたいと思います。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

こんにちは。

 

今日から、「理想の演技」について

書いていきたいと思います。

 

 

さて。実はこの

 

「理想の演技」とは何か??

 

という問いの答えが、演劇の世界では

とても難しいし、はっきりしていません。

 

 

例えば陸上の「100m」の競技なら、

 

「100mを最も早い時間で駆け抜けた選手」が

 

「優れた選手」「理想の選手」ということになります。

 

 

フィギュアスケートなら、

「最も美しく滑った選手」

 

ということなのでしょうか。

 

 

フィギュアスケートは、

基準が曖昧だなどと批判されることもあるようですが、

 

やはり「美しい」という、

「ざっくりした目標」では

疑う余地がないのではないでしょうか。

 

 

 

これが演劇では、

とてもあいまいです。

 

 

演劇の世界では、

「ざっくりした目標」すら、

この世界の共通した認識というものが

ないのが現状です。

 

 

だから「俳優志望」の人たちは、

 

「目標のはっきりしない世界」で

指導者の言うことに耳を傾けている、

というのが

 

この演技の世界の実情なんだと思います。

 

 

俳優養成所などの多くは、

ウン十万円という入所金で、

1回数千円~数万円というレッスン料を

支払わせていますが、

 

 

実はこの

 

「理想の俳優」とはどんな俳優か??

 

という問いに対する答えを

はっきりと持っている指導者は

 

ほとんどいないのではないかと思います。

 

 

実際僕は、養成所等で

演技の勉強をしてきた俳優さんに

 

「理想の俳優」をどう学んだか訪ねたところ、

それを学んできたという俳優さんは

 

ほとんど見たことがありません。

 

 

 

つまり、今の演技教育は、

 

「目指す場所」をはっきりせずに、

「演技の方法」を教えている。

 

多くの場所でこれが現状なんだと思います。

 

 

それは、たとえば

 

陸上部に入部して

どの種目に出場するか決めていない人に

マラソンの走り方の基礎を教えているような。

 

もしくは、

 

スケート靴を履いて、

スピードスケートなのかアイスホッケーなのか

フィギュアスケートなのか

決めていない人に、

フィギュアスケートの滑り方を教えているような。

 

 

どんな俳優を目指すべきか。

「理想の俳優」とはどんな俳優か。

 

その答えを出さずに演技の練習をするというのは、

そんな風に

意味のわからないことになってしまいます。

 

 

繰り返しますが、

それが「演劇界」「演技界」の実情です。

 

 

これには、「演劇の歴史」が強く関わっていると

僕は思っています。

 

 

めまぐるしく変わる演劇の歴史の中で、

 

「理想の俳優」「理想の演技」

というものが、

 

時代によって大きく変わってきたのです。

 

 

次回、その「演劇の歴史」について

書いていきたいと思います。

 

 

今日はなんだか、批判っぽい文章になってしまいました。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

こんにちは。

 

今日は、「演出家の期待に応えるために。」

 

というテーマで書こうと思います。

 

 

俳優を目指そうと思ったときに、

 

「どんな俳優が求められているんだろう??」

 

と思うのは当然のことです。

 

 

僕自身も演劇を始めた高校生の時、

 

先輩はどんなものを求めているんだろう?

演出の顧問の先生はどんなものを求めているんだろう?

 

とぼんやり思っていたのを覚えています。

 

 

しかし、実はこの

 

「どんなものを求めているんだろう」

 

という問いが、実は危険でくせ者です。

 

 

 

ここで一旦立ち止まって、

 

みなさんがもし演出家になったら

どう思うだろう??

どんな俳優とやりたいだろう??

 

と考えてみましょう。

 

 

 

「自分(演出)の思った通りに演じてくれる」

 

「自分の指示通りに、動いてくれる」

 

 

そういう俳優を使いたい、

と思う方もいるかもしれません。

 

 

だから自分で俳優を目指すときに、

 

「演出の求めていることをやろう」

「演出の指示を守ろう」

 

そう思ってしまう人が多いは仕方のないことです。

 

 

 

 

しかし想像してみていただきたいのですが、

 

自分が演出をやるとして、

 

「自分(演出)の求めていることを一生懸命やろうとする俳優」

「自分の指示を一生懸命守ろうとする俳優」

 

ばかりで、ほんとにやりやすいでしょうか?

いいモノがつくれるでしょうか??

 

 

 

そうではなく、

 

「自分の予想を超えて演じてくれる」

 

「自分が指示しなくても、

自分(演出)が納得するような演技をしてくれる」

 

 

そんな俳優がいたら、

とても楽しいし、いいモノが作れると思いませんか??

 

 

 

実は、「力のある多くの演出家」は、

そんな俳優、つまり

 

「自分(演出)の予想を超えて、

自分(演出)が指示しなくても自分が納得する演技をしてくれる」

 

そんな俳優を求めています。

 

 

 

だから俳優は、

 

「演出家の予想を超える、

演出家の納得するような演技」

 

を目指すべきだと僕は考えます。

 

 

 

 

今日は「演出家の期待に応えるために。」

というタイトルで書き始めましたが、実は、

 

 

「演出家の期待に応えようとすることは、危険」

 

 

なのです。

 

 

「演出家の期待に応えようとする」と、

演出家の予想を超えることはできないからです。

 

 

 

 

それではどうすれば、

 

「演出の予想を超える演技」

「演出の指示がなくても、演出が納得する演技」

 

ができるのでしょう??

 

 

 

それは、俳優が

 

 

「理想の演技」

 

 

ができるようになることです。

 

 

 

この「理想の演技」については、また次回以降、書いていきたいと思います。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

こんにちは。

 

いきなりなんですが、

 

マキニウムは長い間、結果を出せずにいました。

 

もちろん旗揚げから19年間、

いろいろなことを改善し、

演技法も確立してきました。

 

観客の評価もいただいてきました。

 

 

しかし、「大きな成果」

が出せずにきたのです。

 

 

その度毎に、僕は

その原因を考え、

いろいろなことを変えてきました。

 

 

そして去年の1月、

いよいよ大きな

「それまでのマキニウムに

決定的に足りなかったこと」

 

がわかりました。

 

 

その決定的に足りなかったものは、

 

俳優のモチベーションづくり

 

でした。

 

 

どんなに方法論が立派でも、

そこに取り組む「モチベーション」が弱いと、

結果は出せない。

 

 

 

このことを学んだのは、

「目標達成」のためのプログラムを

教えている「原田メソッド」の

原田先生からでした。

 

http://www.nextleader.jp/harada_method/sp/index_nor.php

 

原田先生がおっしゃることには、

 

多くの人は、目標を立てる時、

「今までこう生きてきたから、

今年はもう少しよくなりたい」

 

などと考えます。僕もずっと40年以上、

この考えでした。

 

この考えは、

 

「過去を基準に未来を考える」

 

ってことで、「過去思考」

というそうです。

 

それに対し、原田先生が教えてくださった考え方は、

 

「自分が未来にどうなりたいか。

を先に考えて、

そこに向かって進む」

 

という考え方です。過去は見ない。未来だけを見る。

 

これを「未来思考」と言うそうです。

 

 

「未来思考」で考えたとき、

人は目標に向かって進んでいける、

そう原田先生は教えてくださいました。

 

 

 

僕らに決定的に欠けていたのは、

これだと思いました。

 

 

僕自身も、「未来思考」で考えてはいなかった。

俳優にも、当然それを求めていなかった。

 

 

マキニウムは考え方を改めました。

 

 

「まず、一番初めに大切なことは、

どうなりたいのか、ということ」

 

 

なのだと思います。

 

 

 

さて。

 

僕達のやっている「演技」の世界を

この「未来思考」で考えてみることができるでしょうか?

 

ものすごく簡単に、

 

自分が輝いている世界

自分がスポットライトを浴びている世界

賞賛されている世界

 

が浮かんでくる方もいるかもしれません。

 

 

しかし、

 

僕がずっと演技に携わってきて思うのは、

 

本当の意味で俳優を「未来思考」で考えることは

ほんとうに難しいということです。

 

 

 

多くの人は、自分のことを

 

そんなにかっこよくない

そんなにかわいくない

怒ったら嫌われる

ハズしたら、笑われる

 

どうせ、そんなに大きくはなれない

目立ったら、どっかでバカにされる

成功したら、どっかで落とし穴にはまる

 

などと実は心の奥底で考えていて、

 

 

実は俳優を

「未来思考」で考えることは

実はとても難しいことのようなのです。

 

 

 

僕自身も、どこかで自分をあきらめていて、

 

「きっとそんなにデカくはなれない」

 

と数年前まで思っていたかもしれません。

 

 

 

僕は、考え方を改めることにしました。

 

 

僕は僕の理想とする俳優に向かって、

ずっと進んでいこうと。

 

 

そして、この「未来思考」の考え方で

「マキニウム式」を行えば、

きっと「大きな成果」が

出せるだろうと。

 

 

 

今、マキニウムでは

この「未来思考」の考え方を

いつも、演技に対する考え方の中心に

置いています。

 

 

そして明らかに、成果が上がってきています。

 

 

稽古場は明るくなり、

意欲が増して、

みんな優しくなりました。

 

 

 

演技を始める出発点で、明確に

 

キラキラしたい

輝きたい

かっこよく演じたい

かわいらしく演じたい

おもしろいことをやりたい

存在感を放ちたい

観客が感動する、その真ん中にいたい

 

 

という自分の“思い”をしっかりと認識して、

その“思い”を

ずっと継続して持ち続けていく、

 

 

忘れてしまったなら、もう一度思い出して、

繰り返し認識していく。

 

 

それが

 

 

俳優が成長し続けていくために

とてもとても重要なことだと思います。

 

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。