「理想の俳優」に本当になる。 -18ページ目

「理想の俳優」に本当になる。

演劇で自己実現。演劇集合体マキニウム代表、演技トレーナー槙文彦によるブログです。

いやねぇ、週3回書くって宣言したけどねぇ、週3回って大変な事ですよ?一週間には7日しかないんだから。2日に一回は書いてるって事ですよ?でも忙しくて欠けない日もあるんだから。ってこたぁほとんど毎日書いてるって事ですよ?しかももう借金あるんだから。もう毎日書かないばなんないでないの!!

言い訳はさておき。

Real I's Production「You Can't Hurry Love!」を見てきました。

もう見てから大分経つけどね。

8月15日のことさ。

Real I's Productionは2002年から活動している団体。演劇だけにとらわれず映像も積極的に製作している。んだとさ。<団体HP>

団体内に脚本家や演出家をおかず、その都度脚本や演出を外部に依頼して作品を製作している。今までは。

この「You Can't Hurry Love!」は、見事にこの製作スタイルが成功した作品だと言っていい。

大体今の若い劇団は、というか昔から劇団というものは、たまに外部に演出を依頼する事はあっても、基本的に劇団の中に演出家がいて、その演出家が劇団の色を形取っている場合が多い。

そしてそれが劇団のカラーになる。

その意味で Real I's Production は札幌においては異彩を放っている。


僕はその作品の全てを観ているわけではないが、この団体は、作・演出が変わると見事にその作・演出色に染まってしまう。

「作・演出は変わっても、僕達の独自色はこれなんだからそこは頑固に押し通そう」というエゴが僕の見る限り見られない。

今回の「You Can't Hurry Love!」も、まさしく作・演出の弦巻啓太氏色に染まっていた。


その上で、俳優達はそれぞれ個性を発揮し、物語を構成していった。

そして脚本の展開、まとまり、細部に至るセリフへの気配り、わかりやすさ、どれもクオリティが高かった。


上演後、観客の拍手は鳴りやまなかった。

カーテンコールがもう少し長く続いて欲しい、もう一度俳優達に出てきて欲しい、そういう空気が充満していた。

僕の観劇経験の中では、憎きエンプロの(笑)「雨夜の喜劇」以来のことだ。


きっと弦巻君の演出は、僕の演出方法とは真逆なんだろう。

俳優は、演出に意図を与えられ、その意図通りにしっかりと演じようとする。

僕の演出は、俳優への制約をできる限り排除し、“音の演技法”のスタンスの上で、できる限り自由に演技することを要求する。

僕は俳優の演技に「演出」を感じるのが嫌で、だから弦巻演出の下での俳優の演技は基本的に好きではなかった。


しかしこの日の作品は違った。それが個々の俳優の“演技力”によるものなのか、弦巻演出とReal I's Productionのコラボレートの組み合わせが良かったのか、弦巻演出が変わったのか、プロデューサーがいい仕事をしたのか、原因はよくわからないが、とにかくこの作品はおもしろかった。


演技の方法論が違っても、クオリティの高いものを見せられると、拍手を送らざるを得ない。

そして僕はまた、とてもいい気分で家路につくのであった。
ご来場頂いたみなさま、ありがとうございました。

僕にとっては、大変実りの多い公演となりました。

役者として出演する事は、最近はめっきり少なくなってしまいました。

あってもちょい役。


そんな中、まあ今回もちょい役と言えなくもないけど一応ある程度の「見せ場」のある役でありました。


演出の要求とは別のところで、僕は自分自身に「自然に見えて、かつ魅力的に見える」という課題を課していました。

もちろん演出の要求を踏まえた上でですよ。

もちろんマキニウムの「音の理論」で。


「音の理論」の弱点と言えなくもない事の一つが、稽古場と本番とでかなり演技が変わってしまう事。

いや、変えなくてはいけない事。


なぜなら「音の理論」は、「役者が今存在しているその空間での感覚」を大切にするから。

狭い稽古場なら狭い稽古場の、木造なら木造の、鉄筋なら鉄筋の、地下なら地下の、空気というものがあるものです。


「音の理論・音の演技法」は、その場の空気を感じて、その空間の中で自分が感じる事を大切にする。

だから他の演技ではできない臨場感・リアルさが出てくるわけです。


その反面、稽古場から本番の会場へと「場」が変わると、当然演技も変えざるを得ない。稽古場と会場では広さも、空気感も違うわけです。


今回もそこに少し苦戦しました。


稽古場でやってる分には問題なくセリフが聞こえていたのに、本番になると早口で何を言ってるかわからない。

実際1回目の公演ではそこを修正しきれなかった面があったと思います。


2回目の公演の前のウォーミングアップで気づいた事なのですが、メガネがその原因だと言う事がわかりました。

メガネをかけていないと、客席が見えないため、なんだか随分客席が広く感じる。だから余計遠くに飛ばそうと声を張る。

これがいけないのでした。


遠くに飛ばそうと力んだ結果、声は大きくはなったのですが逆にきこえづらくなっていたのです。


2回目、3回目はそこを修正しました。そして3回目は、より力まずに、楽しくやれた感覚がありました。


お客様、どうだったでしょうかねぇ?
明日!!っていうか今日!!
「銀の会」という劇団の公演に出演します!!

「銀の会」第2回公演
「男にしてください」

作・小幡欣治
演出・秋元博行
開演・8月22日(水)19:00~、
23日(木k)14:00~,19:00~
場所:札幌市教育文化会館小ホール
料金(前売/当日):一般2000/2500 中高生1000/1500 小学生以下無料

チケットの取り置きをいたします。ご連絡を!!

090-9438-4195
makinium_2000@d.softbank.ne.jp
だから一週間に3回書くって言ったでしょ!宣言したでしょ!

先週は1回しか書いてない?

じゃあ借金にすればいんでしょ?

今のところ借金2。

これから減らしていきますわよ。



劇団ジプシー第5回公演「trauma」を見た。

劇団ジプシーは、朝田敏之さんの率いる団体だ。2002年に一回限りのユニットとして旗揚げし、その後メンバーが入れかわりながら現在に至る。

僕はこの劇団を見るのは初めてだった。

芝居の中身について触れる前に、役者朝田敏之さんについて触れておこう。朝田さんは、札幌在住で全国に通用する数少ない俳優のひとりだ。

脚本上の人物を脚本に矛盾なく生き、なおかつ俳優の個性を発揮出来る。時にはアドリブで客席を沸かす事もできる。

僕が客演した劇団新劇場の公演でも観客の反応は群を抜いていた。


そしてこの日の公演はこの朝田さんの演出する舞台だ。

僕はさぞや派手な演出でみせてくれるだろう、と予想していた。そしてそれは必ずしも僕の好きな芝居ではないかもしれない、とも思っていた。

はたしてこの「trauma」は、僕の予想を大きく裏切るものだった。

役者の演技はみなできる限り「自然に」。演出意図が徹底されていた。さらに客席を強引に笑わせようとしたり、泣かせようとしたりする傲慢さが一切ない。

自分たちの楽しいと思うもの、かっこいいと思うものを、俳優達は自由に舞台上で表現していた。

朝田さんの書いた脚本は、とっかかりはわかりやすいが段々わかりにくくなっていった。しかしなぜか僕は不快感はなかった。

僕はいわゆる「わかりにくい脚本」の芝居はきらいだ。

わからなくなった時点で見るのをやめてしまう。

わかりにくい仕掛けが実は最後に絡まった糸がほぐれるように解けていく作品なら見ようと思うが、「わかりにくい」で終わってしまう作品にほとんど興味がない。

しかしこの日の「trauma」は一切不快じゃなかった。

それは自然な演技のせいかもしれない。

細かい所にも気を配られた演出によるものかもしれない。

至る所で出てくる俳優のいわゆる「小ネタ」の爽快さによるものかもしれない。

なぜかわからないが僕はとてもいい気分で劇場を出た。


最近、芝居を見て機嫌がいい事が多い。僕が年をとったんだろうか?

いやいや、そうではない。札幌の演劇がいい方向に向かってるんじゃないか、と思う。


しかし終演後の拍手はあまり厚いものじゃなかっった。

僕は公演に対するお客さんの評価は、拍手によって判断している。

観客が公演に対して評価が高い時には、それこそ割れんばかりの拍手が起こる。

それは拍手の厚みと、長さでわかる。

観客が公演に満足している時、俳優達がカーテンコールを終えて舞台から去っていっても拍手は鳴りやむ事はない。

この瞬間が演出家にとってはたまらない瞬間だ。


しかしこの日の観客の拍手は、僕の予想を大きく下回るものだった。

僕はしっかり拍手したんだけどね。



ここに、自然な演技の難しさがあるのかもしれないと思った。

わざとらしくも、客席にビシバシ伝わってくるものに対しては、やっぱり観客は賞賛する可能性が高い。

しかし自然な演技で客席にそれを届けようとするのは、極めて難しい。

「自然な演技」は「ただやっている演技」「自分たちだけで楽しんでいる演技」「客席を置き去りにした演技」と紙一重なのだ。

この日の俳優達がそうだったとは思わない。少なくとも僕は大変に満足していた。

しかし一般のお客さんからすると、それはちょっと違うのかもしれないなぁ、とも思った。


脚本がわかりにくかったことも拍手が小さかったことの原因かもしれない。


しかし、僕はぜひとも朝田さんには作品を書き続けて欲しい。

自分のやりたい事を突きつめて欲しい。

僕は応援します!!
(観劇回は8月11日(土)、19時~)
週3回書くって事はさ、もう今週は毎日書き続けなきゃいけないでないの!

なんともはや一週間は早い!!

でも一度やるって言ったからにはね、必ずややりますよ、必ず。いつまで続くかわからないけど。いや!!

1年は続けましょうや。1年は。


そんなわけで。


演劇大学が終わりました。

もう3週間近くも前だけどね。

他の参加演出家のみなさんが、ほとんどブログでその報告をしている中、僕だけなんも報告なしでしたわ。


ほんと、勉強になった。


僕達の目指していたもの、目指しているものは正しかったという事がわかったし、それでもやってきたことは中途半端だったという事もわかった。

自分で考えた演技方法だから、どこかで弱気な部分があったのかもしれない。

どこかで「やりきる」という部分が足りなかったのかもしれない。

他でやってない事ならば、なおのこと時間をかけ、言葉を尽くして役者に伝えていかなければならなかったことなのに、それが決定的に欠けていた。

演劇大学に参加して、僕の大きな収穫はここです。


今回の演劇大学は、ほんとに参加して良かった。

僕らのやろうとしている演劇づくりに、直接にためになる事ばかりだった。

それも僕たちのチームについていただいた青井陽治さんのおかげです。

「君のやろうとしていることは、こういうことだろう。それならこういうやり方がある」

青井さんは、常にそういうスタンスで接してくれた。


マキニウムは、ほんとにこれからが楽しみだ。

すごいよ、マキニウムは。
はい、明日になりました。

「明日書く」と書いてから何日たったかね。

あのね、僕、決めました。

週、3回はブログ書き込む!

ほんとかい?ほんとだよ。

だいたい、「週何回書く」とか「毎日書く」って決めてるブログほどつまんないブログが多い気がするのさ。

だからそういうことはきめんかった。

だけどね、書くったら書くよ。

決めたもんね、もう決めたもんね。

ってここまで書いたら怠けられないでしょ?自分が。


さて、東京に行ってきました。ずっと前にね。

2日目。朝起きたら すがのさんはもういなかった。

ああ、すがのさんと一緒に寝たのですよ。

いや、一緒に寝たんでなくて、同じホテルに泊まったのね。

渋谷のカプセルホテル。3500円。チェックインは午前2時半頃。

そして朝起きたらすがのさんはもういませんでした。


初めてすがのさんという人と飲んでね。

すがのさんはとても真摯な人ですよ。

すがのさんて、知らない人いるかな?

すがのさん知らなかったら演劇界ではモグリだよ。

モグリってなんだ?


すがのさんは人気劇団「SKG」の作家・演出家ですわ。


近いうちにマキニウムホームページで対談しますからお楽しみに。


そいで朝起きまして、まず下北沢!

東京の街を歩いた事がなかったので、今回はできるだけ街を歩こうと。で最初は演劇のメッカ?下北沢。

劇場が「劇場銀座」って感じでズラリと並んでいるのを想像してたんだけど、そうでもないのね。

下調べしてない俺は結局劇場を4つくらいしか見つけられませんでした。

まちが楽しいね、下北沢は。


それにしてもこんな「大都会」って感じじゃない場所に劇場がいっぱいあって、小劇場でテレビに出るような芸能人もしょっちゅう出演してるってのは、札幌の演劇状況とは比べものになりませんな。


下北沢ではせっかく来たのに芝居も見ずに(月曜だったんで、特に昼間は全然やってませんでした)、新宿に。

おなかがへったので、新宿のガード下のラーメン屋さんに入りました。きったねぇラーメン屋で、おばちゃんが一人でやってる。

これがまたびっくりのうまさでしたわ。

大都会・新宿の駅のすぐ横にある薄汚れたガード下。

特別なものは何にも入ってないシンプルラーメンなんだけど、なぜかスープ全飲み。

ラーメンを食べて、なぜオイシイかわからないで全飲みしてしまったのは、初めてでした。
VFMI0271.JPG

新宿を歩いた後は、浅草へ。

あ、新宿にあまり触れないのは、新宿で遊んだからではありませんよ。

お金がないんだって!

あ、お金があっても遊びませんて!


浅草では、10円まんじゅうというのがありまして、これ今は札幌にもあるんだとね。

ともかく10円まんじゅうを買おうと並んでいたら、天気予報通りの雨が。

そこですぐ後ろに並んでいたきれいなお姉さんが「大丈夫ですか?傘、入りますか~?」


なんとこんな事もあるもんですね。


近くのおじさんからは「兄ちゃん、運がいいね」と。

そりゃ運がいいことってあるもんですね。


お姉さんは女3人できているらしく、交代で僕を傘に入れてくれました。というか結局傘持ってたのは俺だけど。


当然のごとくこの3人のおねぇさんの住所を聞くわけでもなく、アドレスを交換するわけでもなく、帰ってきてしまいました。


帰り際にそのうちの一人が

「では飛行機でぇ~」

って言ってたのを聞くと、もしかするとスチュワーデスか?!


やっぱりアドレス聞けば良かった~(笑)。


そんなこんなで無事札幌に帰ってきたのでした。
VFMI0271.JPG
ブログに日記を書くのは好きじゃない。
僕の日記なんか読む奴がいるのか?と思うからだ。

読む奴がいるかどうかわからないなら書きたくない。
人に相手にしてもらえない事はやりたくない。

僕はとても自意識過剰だ。

じゃあ日記じゃない文章は読む奴がいるのか?

そんなことは置いておいて。


なんだかこのブログで報告しなきゃいけない気になっている。なぜかわからないがそんな気になってる。


「演劇大学07in札幌」というイベントに参加しています。

札幌の6人の演出家が、東京から呼ぶ3人の演出家と共に20分程度の芝居を一週間でつくる、というものだ。

今回の特徴は、この一週間の「芝居づくり」が「見せるための芝居づくり」じゃないということだ。

この一週間を通じて、演出家が「芝居」や「芝居づくり」を考え、研究するということが目的になっている。

札幌の演出家は、千年王国の橋口さんや、WATER33-35の清水さん(元清水企画)、SKGのすがの公さん、ヒステリックエンドの伊藤若菜さんそして札幌じゃないけど後志から劇団七転八起のわたなべさんとそうそうたるメンバーだ。

そして東京の演出家の方々も、これまたすごい人たちです。

そして僕は、青井陽治さんという、昔、劇団四季にいらした方についていただき「研究する」ということになりました。

そして先日、この演劇大学の打ち合わせ、ということで青井さんに会いに東京に行ってきました。

この青井さんとの打ち合わせの内容に関しては、演劇大学のブログに書く事にします。

一泊二日の東京。

僕にとってはもうかれこれ5~6年ぶりの東京ということで、一日目の昼の打ち合わせの後の夜は演劇鑑賞、そして二日目は東京をただ歩いてきました。

演劇は渋谷にある「シアターコクーン」という劇場で、蜷川演出の
シェイクスピア「お気に召すまま」。
小栗旬と成宮なんたらが出るという事で、それはそれは大にぎわいでしたわ。

シアターコクーンは700人くらいの劇場で、7月5日から29日までほぼ毎日上演されている。

そして僕が行った9日の月曜日は立ち見席のチケットが取れずに帰ったお客さんがいるようだった。

青井さんの話によると「月曜日は人はあまり入らない」らしい。
その月曜日であのありさまとは。

「演劇は客が入らない」というようなことを言う人がいるけど、当たり前だけど入る所には入るのだ、ということを実感した。

芝居は小栗旬と成宮なんたらの場面を強調して他の場面を大胆に削ったもの(だと思う)。約3時間の上演の後は、会場ほぼ全体の「スタンディング・オベーション」。

2000円のパンフレットを買わなかった僕にはどんな人が出演していたかわからなかったので、ネットで調べてみたらオフィシャルホームページのどこを探しても出演者のうちメインの7人の名前しかない。

他にもセリフがあって見せ場があった役者は何人もいたのだが。

商業演劇とはこういうものかと勉強になりました。

見終わった後に、一緒に見ていた すがの公さんが言った「お客さんはみんな、スタンディングオベーションをしに来てるんですよね」という事がとても印象的でした。


長くなったので東京行きの続きは明日書きますわ。
7月、「演劇大学2007in札幌」が開催されます。そしてこの僕も参加する事になりました。

「演劇大学2007in札幌」

このイベント(大学)、とても楽しい企画になりそうです。
みなさん、ぜひ見にいらして下さい。もしくは参加して下さい!!
ライブ情報です。

6月9日(土)
ミュージックパブ フライアーパーク 
札幌市豊平区平岸4条7丁目12-10 Y's CITY BLD 1F
TEL 011-825-5406
(地下鉄平岸駅からまっすぐ西に歩いて5分程の所、左側にあります。とても雰囲気のいいお店です)

20:30~ ¥1500 1dr

おしゃべり泥棒/槙文彦/中村朋子withポリエステルズ(成田甲一、横山直之)

出演は一番最初なので、20時半からです。
ノリにのってる槙文彦、これぞ槙文彦という演奏をしたいと思います。

ぜひともお越しを!!お待ちしています!!
エビバイバイという劇団(でいいんですよね?)の第1回公演「ふかづめウォッチング」という作品を見た(27日午後6時~)。

会場となった「さぱらホール」という場所は、大通り西4丁目の電停の北側で、4プラのほぼ向かい。地下鉄大通り駅の改札から約1分(か2分)という場所にある。「ホール」という名前はついているが、50人も入ればおそらく会場はぱんぱんになるだろうというくらいの広さ、天井もごく普通のビルの1階の高さのスペースだ。いつからこのスペースがこのように演劇等に貸し出されるようになったのか詳しくは知らないが、公演パンフレットに挟まっていたホールのリーフレットを見てもそう料金は高くなさそうだし、決して演劇を上演するのに使いやすい会場とはいえないかもしれないが、この立地条件や会場の雰囲気が、札幌演劇シーンの中でもしかしたら大きな役割を果たしていくのではないかと感じさせてくれた。

「エビバイバイ」は、第1回公演とはいえ、メンバーの3人は元HAPPで、それぞれキャリアを積んだ俳優である。

僕は前の稽古場が近かった事もあり、以前からこの3人が一緒に活動していることを知っていた。少なくとも一昨年の11月にはこの3人で活動をしていた(おそらくそれ以前からだと思うが、詳しくは知らない)。

そしてこの度の第1回公演。エビバイバイにとっては「満を持して」といったところか。

周辺の説明はいいんだ。

僕はこの「ふかづめウォッチング」で、「演劇の観客が見世物になる」という初めての演劇体験をした。そしてこの「見世物」の観客は電車通りの歩道を歩く一般の歩行者なのだ。

同時にこの歩行者は我々観客から見ても「見世物」なのだ。舞台に登場する登場人物、とも言える。

どういう事かというと。

「さぱらホール」は、電車通り側が大きなガラス張りになっているのだが、エビバイバイはこの電車通り側に白布を一面にぶら下げ、外から入って奥を客席とし、すなわちこの白布を一般の劇場で使う「大黒幕」(一番後ろに垂れ下がってる大型の黒い幕)のように使い、その間を舞台として観客が電車通り側に向かって観劇するという作りになっていたのだが(もちろんこの段階で客席から外は見えないし、外から中も見えない。ここまでは特段驚く会場の使い方ではない)舞台最後の場面でこの白布が全て取り払われ、客席から通りは「筒抜け」、外から中も「丸出し」という何とも奇妙な状況ができ上がったのである。

昔から舞台の扉を開けて屋外の空間を劇中に取り込むという方法はめずらしい事じゃないし、僕もかつてそのような手法を取り入れた事がある。

「乳母捨て山」のような話で、舞台上手の扉からばあさんが外に連れ出され、会場の外にある車に乗せられる、という演出だ。車をあらかじめセッティングし、客席からはその車も見えるようにした。

しかしこの「ふかづめウォッチング」の演出は単なる「屋外を利用する」というものとは訳が違う。

その白布が取り払われた後、俳優3人は窓辺に行き外(すなわち電車通りの歩道)の方に向かい座る。当然のごとく人通りの多い電車通りを歩く一般の歩行者は、衣装を着た3人がこちらを見ている事に気付き「何事か」と足を止める。それが客席から見ているとおかしくてしょうがないのである。

その直前のシーン、3人が窓辺に座る前のシーンでは(既に白布は取り払われた後)、3人はなにやら舞台上でじゃれ合っているのだが、この時も通りを歩く人々はやはり何事かとこちらを見ていて、この時我々観客は自分たちも通りを歩く人から「何をやってるんだ?」と思われている気がして、なんだか恥ずかしい気分にさせられるのだ。舞台では3人が熱心に演技を続けているのだが、僕達観客は外を歩く人々が気になって仕方がない。もちろんそれは演出の意図なんだろう。

肝心な事は、この「演劇的行為」が、客席から見て「ごく自然に」受け入れられる行為かどうかという事だ。

演劇人は、いつも「新たな演劇的行為」を探している。しかしそれは、常に「奇をてらった行為」と背中合わせの行為だ。

「新たな演劇的行為」を試みてはいるが「奇をてらって」いて客席から見ても全然おもしろくない、というのは演劇においてはよくある事だ。僕達はいつでもその危険と隣り合わせで演劇を創っている。

しかしエビバイバイの演出は、少なくとも僕の見た回(27日午後6時~)については演出のもくろみは見事に的中していた。

客席と、舞台と、通りを歩く人々が、一つの共有の空気を感じられたと言っていい。特に通行人の中の一人のおじさんは、自分が見られているのをわかった上で、明らかに見られている事を楽しんでいた。

ピーター・ブルックという人の有名な言葉に、「何もない空間。一人の人間がこの何もない空間を横切る、もう一人の人間がそれを見つめる――演劇的行為が成り立つためには、これで足りるはずだ」という一節がある。

まさしくこの「通りのおじさん」と僕達はピーター・ブルックのいう「演劇的行為」を行っていたのである。

「衝撃的な演出」と言っていい。

*****************

「ふかづめウォッチング」はナンセンスコメディだ。しかし全体を通じて笑いを強制しない「自然な演技」で、客席を「ごく自然に」取り込んでいった。細部に気が配られており、それがおかしかった。中盤で“いやらしくなく”ヒューマンな部分が挿入され、最後に衝撃をとっておくという構成は、見事だった。“ヒューマンな部分”の俳優の「グルーブ感」も良かった。俳優の細木美穂さんの訓練された「身体能力」もいやらしくなくよかった。

ここ数年、僕は演劇を見てクオリティが高いと、機嫌が悪くなる事がほとんどだった。もちろんクオリティが低くても機嫌が悪いのだが(結局どっちでも機嫌悪いんだよ)。

この「ふかづめウォッチング」を見て、僕はただただ気分がよくなった。

そして彼女達がいい意味で“調子づいて”、さらにグレードの高い舞台を継続的に創っていったとしたら、大変な事になるよ。