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竹内真紀っていったいどんな人なのか。
わたしの成り立ちを知っていただこうと、わたしの歴史チラ見せ記事をお届けしています。
秋田の田舎町に住む、めんどくさいお嬢さんだったわたし。
引っ越し先の高知で、人生を変える出来事に出会ったわたし。
猪突猛進ガールが、広告に出会った話
めんどくさいお嬢さんが、関西のおかんにキャラ変した話
思い込んだら一直線すぎて、就活惨敗
アナウンサーになりたい。
それが、本心だったのか、高校の担任の刷り込みなのか、今となっては皆目不明ですが。
就活では、アナウンサー試験ばかり受けていました。
そして、アナウンサー試験全敗
もちろん、他に内定をいただけたところなんて、あるはずない。
テレビ局の制作部も、受けるだけでも受ければいいのに、そんなこと、考えてなかったもんなあ・・・。
これが、猪突猛進ガールのあかんところです。
狙ったところ以外、な~~~んにもみえない
そして、フリーターになろうかどうしようかと思っていた2月。
彼氏のバイト先だった、テレビ局の制作会社に、やとっていただけることになりました。
採用理由→(しっかりしている)竹内くんの彼女だから。
今の夫ですけどね。
彼の、信頼・信用に、おんぶにだっこで、縁故就職。
関西では有名な、朝の情報番組を担当している会社でした。
お母ちゃんってあだながついたのは、そこの番組スタッフ内での話です。
おかんキャラの新人AD爆誕
最初は、番組の美術セットに組み込む、文字情報の打ち出しが仕事でした。
生放送の本番中は、スタッフさんやキャストさんの休憩用ドリンクコーナーの店番。
本番後は、先輩ディレクターに同行して、ロケに行きました。
翌週に放送するコーナーの取材に行くんです。
数か月後には、
取材先のお店への取材交渉
撮影してきたVTR素材の編集
VTRにあわせて、生放送でタレントさんがしゃべるための原稿づくり
なんかも担当させてもらえるようになりました。
そして、翌年。
新番組立ち上げにあたり、仲の良かったプロデューサーから、「一緒にやらないか」と誘われました。
2年目の、下請け会社のAD(アシスタントディレクター)に声をかけるなんて、酔狂もいいところ。
その酔狂にのっかって、わたしは新番組の立ち上げスタッフになりました。
放送作家がいるのに、コーナー台本自作を直訴
新番組では、水曜日のゲーム紹介コーナーを、まかせてもらえることに。
そして、ADの分際で、プロデューサーに直訴。
放送作家さんがいるにもかかわらず、「私、自分でコーナー台本を書きたいです」って。
プロデューサーもなんでだか、首を縦に振ってくれ、わたしは、自分の担当コーナーの台本を、自分で書くことになりました。
コーナーを担当するタレントさんは、ほぼゲーム初心者。
まずは、彼女が、自分ごととして、しゃべりやすいように、考えて原稿を作りました。
そして、限られた時間の中で、新作ゲームの魅力が視聴者に伝わるように、ということも意識していたんです。
そうしたら、担当のタレントさんに、「作家さんのより、まきさんの台本の方が、わかりやすくて、好き」とまで言っていただけるようになりました。
対象の人に、わかりやすいように、難しい言葉は使わない。
限られた時間で魅力を伝えるために、不必要な情報は、そぎ落とす。
このテクニックは、きっと、この時の経験で、つちかわれたものです。
ADをやって、「タレントさん用の原稿を書く仕事」があったから、今、ライター業に就いているのかもしれません。