昨年、日本での秘書の仕事を一休止し、
NYに渡った友人が一時帰国。 近況報告の再会。
心地よい竹林のようなひと。
まっすぐな心も、ナチュラルな気持ちよさも、
そよ風と戯れるしなやかさも、そして
オリエンタルな綺麗さも持ち合わせています。
トップ企業の秘書室や新進気鋭の会社で秘書業務をしっかりサポートしていた彼女。雰囲気的には「秘書」と言ってしまうのは少し勿体なく、私が頼りに出来る秘書さんを捜していれば、迷わずベストチョイス、の太鼓判を押してしまう彼女です。
何かを変えなくちゃ、という気持ちから
とりあえず渡米してから 9ヶ月
一段落した今、新しい方向性に向けて今年から勉強を始めるとのことだった。
私自身が留学という形で学生として過ごしたのは振りかえってみれば、あっという間に、もう10年!(なんだか他人事のよう・・・)
私自身が学生の時に感じた、雰囲気や日本で生活していたときに新鮮だと思った差違を、まったく同じような感覚で気づき、感じている話を聞いて、今一度、「あのとき」のフレッシュな気持ちを思いだした。
彼女曰く 日本に帰ってきて、今一度、コンビニの品揃えの充実度、文房具や生活雑貨の使いやすさやかわいらしさ、日本のきめ細やかな心遣いにホッとしたという。
他の国々・文化圏の人と比べて、日本製品の手勝手の良さ、日本人の対応した商品の、完璧に仕上げる能力を実感した、と。
(分かる人には分かる例のひとつは、サランラップ(クレラップ) 笑!)
台湾の人と感覚がとても近いこと、East Asia (台湾、中国、韓国)と日本は、言葉にせずとも根底にある文化や感覚、に近い物があるということ。
最高のクオリティーはお金さえ自由であれば手に入る。
とりあえず、あればよいというクオリティーの物であれば日本よりかなり割安。
でも、ある一定のクオリティーで生活するのを考えると、東京の方がコストパフォーマンスが良いかも知れない、感じたということ。 など
一時帰国中、「東京での生活と比べて何が良い?」と聞かれることが多く困った、という。
私も考えてみた。
私が直接知っている人や関わらせて頂いている人の環境によるかも知れないけれど、私の解釈はこんな感じ。
「物の品質」ではなく「(目に見えない)機会」
色々な生活感、スタンスでライフスタイルを過ごしている人がいる分、日本では見えていなかった生き方や想定さえ出来なかった選択肢が出てくるということ。
全体の中の「自分らしさ」、をみつめる機会ができるということ。
・・・その分自分がどのように社会に貢献出来るかを示していくことが求められ
るわけだけれどね。
あくまでもイメージですが、
日本では 将来の進路やライフコースを
既存の物の中から カタログで一覧になった商品を見るみたいに
「選ぶ」 感覚があるけれど
段違いにいろんなベクトルに向けて生きている人やその活躍の場所がある所では
もっともっと自由な観点から社会に関わることの出来る土壌がある、という機会が見えている気がします。
自分の人生のpriorityや嗜好性にあわせて、従来の考えを覆した発想の出来る人が称えられ活躍出来る機会。
「やりたい」と思ったときに始められる (never too late)
という感覚。
目に見える物ではないし、一様に実感出来るとは限らないけれど
それが、メリットじゃないかな、という話をした。
欧州と比べて多少、「現世的」な感覚はあるかも知れないけど
その分、competitiveで その分新しい物を好意的に捉えてもらえる可能性があるのかも。
・・・・書きながら 今気づいたのですが
そういえば、英語で話すときには無意識的にそんな感覚に切り替えて発想をしている気がします。
そんな世界を見たときから、何となくイメージしていた今の私のライフスタイル。
日常では、もっと出来ることや違う観点からの目標設定が見つかるけれど、
もし、自分を学生時代にリセットできたしても
やはり、おおよその方向性はきっと同じだったろうな、
と感じたひとときでした。
もっと生活の時間を重ねていけば、その地域ごと、コミュニティーごと
に気づくところがでてきますね。
ところで日本との比較。今回触れたのはごく一面だけで
まだまだいろんな側面があると思います。
みなさんはどんな印象や体験をお持ちでしょうか。