中高時代の友人である劇作家さん の作品の公演へ行きました。 

日本という枠をあたりまえのように越えた視野を持つ彼女が、作品を書き、演出も手がけています。


3日間、計5回の公演。今日はその千秋楽。



「友人」としておしゃべりするときに見る彼女とはぐぐっと違う

 「仕事時間」を垣間見せてもらえる公演という機会。


  ジジ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ジジ



独特の世界に誘うためのゼロ地点になる 黒幕に囲まれた開演前。

幕を開けると、
こだわりが伝わってくる 

テンポの良い セリフが流れ始めます。


立体感のある舞台構成や、
笑いを誘う、あちこちにちりばめられた小細工。


それと、独特の世界観を

三次元にも四次元にも構築する役者さんの存在感。

声のトーン。 役に投影する各自の「個性」の活かし方。



小劇場なだけに、「人」が「演劇」してるんだという息づかいが溢れて、響きます。


毎回違う構成のオーディエンスも、舞台を作り上げる大切な要素。




深い所まで十分把握出来たか分からないけれど
テーマのあるアトラクション、遊びの要素や仕掛けのちりばめられた台本。
まるで遊園地のよう。


「時代や空間を越える場」 を提供する 「舞台人」 を目の当たりにして、

いつもとは少し違った 時間の流れ にどっぷり浸かって楽しみました。



 お花・・・。・・・。・・・。・・・。・・・。・・・。・・・。・・・。・・・。お花


舞台に出られていた役者さん達

最後に、「素」のかたちで知人の方へのご挨拶などに、普段着に着替えて出られた姿を見かけ・・舞台の上との、その雰囲気の違いが印象的でした。

舞台での独特の雰囲気を持つ年齢不詳なキャラクターは影を潜め、
友人と気持ちよく談笑する「若者」の姿。


これが、舞台人のマジックなんだなぁ、と感じました。

・・・ その差が大きければ大きいほど、「役者の幅」がある、ということなのかな。。。


このところ、実家の改築に合わせて


家具屋さんに行ったり

カーテン屋さんのショールームに行ったり

とりあえず生活を始めるために必要な備品を買いそろえて送ったり

する毎日です。 



カーテン
カーテンいろいろ。初見のインスピレーションでサクッと決定してしまうのがベストなのかも。


これって、出歩く距離も長くて、なかなか体力いるのね。。

思ったより、生活基盤を揃えるための日数ってかかるものだなー、

と感じながら過ごしています。


そして 「普通に生活」するための準備って意外と多いことに気づきます。

・・・というか、小さい頃は私のまわりの大人の人たちが揃えてくれていたのかも知れないけど。



私にとって、自分も「参加した」 覚えのある、というか、手伝える年齢に達していた引っ越しは、小学校高学年での渡米時と

大学の時の留学時。


どちらも転居先が部分的に家具付きだったことや、 キッチンや窓辺については既に大型品は備え付けられていたこと

持参品があったので備え付ける荷物や必要な物が既に決まっていたこともあり

今回の真っ白なお部屋に、誰でも出入り出来るような事を想定して、どのように色を付けていくか、とはちょっと違う印象の引っ越しだった気がします。


特に留学時にはそこでの生活期間が限られていることや大学の売店(Coop)に新生活応援グッズがしっかり揃えられていることもあって2-3日であっさり出来てしまったような気がするんだけどな。。




まだカーペットもベッドもソファーも入っていないお部屋に対して、カーテン(ブラインド)選びをするのって

意外と難しいかも。。。 

訪問宅やホテルのお部屋などで「なんとなく」のイメージはあるのですが、部屋の感触や窓からの景色も違う環境で、どうやって反映させることが出来るかなー。


スッキリした感じにするのか、ちょっとゆったりした感じにするのか、日本の家らしくちょっと和風なテイストも入れるのか・・・。

楽しいけれどすこしこだわり始めると本当にきりがないのね。


ショールームに足を運んでは、家族や施工側と相談して考え直したり、を繰り返しながら

結局は頭の中で仕上がりの感じをイメージして組み立てることになる、という、初心者の私には、なかなかハイレベルな作業です ><!

でも、こんな事を通して、全く打ち合わせなしでも、テイストが同じだったり、同じ印象や感想を持ったりするところをたびたび発見。

普段は改めて気づくことのない 親や兄妹との新たな共通点に気づきます。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞



そういえば、建て替えの引っ越し前も 

荷物の仕分け作業という家族イベントがありました。

丁寧な字でしたためられた祖父の戦時中の日記や

曾祖父の結婚式の写真やその他の集合写真など

珍しい物がたくさんでてきて、

それぞれが近代史の資料集みたい。


みつけるたびに「えー、おもしろい!」といっては

家族を呼び寄せ、手が止まるため
古い写真

予想以上に時間がかかったのでした。。



私の知らなかった側面が見える祖父の日記や仕事録。

レトロ感いっぱいの電気製品。

自分たち自身が、タイムカプセルの中に、入り込んだ感じ。




今回も、長いこと直接触れられることのなかった

家の守り神様のお社を新しくするなど

貴重な体験のできる年になりそうです。



代々の繋がりや 自分が日本の歴史の流れの中にいるんだなぁっていうことを改めて感じることの出来た機会。


こんな機会にこそ、今の自分がここにある元になっている

先祖にカンシャの念を持ち

改めて「家族の源流」を感じる事が出来るのかも知れません。





・・・その後、7時前には丸の内勤務のもう一人の友人も加わり、
中高時代の思い出話に花を咲かせます。
ゴハンをたべに丸ビルに向かったところ、あのスケートリンク。ピンガ
(愛犬エアロくんの看板、もしっかりででますねー。)



かわいいサイズ。

・・と思っていたら突然声を掛けられました。

振り向けば、大学時代のサークルの友人に久々の再会!
彼女曰く、フィギュアスケートのサークルに属していたこともあり
何となくリンク近くにで知り合いがいないか、キョロキョロしていた矢先だったとのこと。
友人との、思わぬダブル遭遇でした  音符


昨年、日本での秘書の仕事を一休止し、
NYに渡った友人が一時帰国。 近況報告の再会。


心地よい竹林のようなひと。
まっすぐな心も、ナチュラルな気持ちよさも、
そよ風と戯れるしなやかさも、そして
オリエンタルな綺麗さも持ち合わせています。


トップ企業の秘書室や新進気鋭の会社で秘書業務をしっかりサポートしていた彼女。雰囲気的には「秘書」と言ってしまうのは少し勿体なく、私が頼りに出来る秘書さんを捜していれば、迷わずベストチョイス、の太鼓判を押してしまう彼女です。



何かを変えなくちゃ、という気持ちから

とりあえず渡米してから 9ヶ月
一段落した今、新しい方向性に向けて今年から勉強を始めるとのことだった。



私自身が留学という形で学生として過ごしたのは振りかえってみれば、あっという間に、もう10年!(なんだか他人事のよう・・・)



私自身が学生の時に感じた、雰囲気や日本で生活していたときに新鮮だと思った差違を、まったく同じような感覚で気づき、感じている話を聞いて、今一度、「あのとき」のフレッシュな気持ちを思いだした。



彼女曰く 日本に帰ってきて、今一度、コンビニの品揃えの充実度、文房具や生活雑貨の使いやすさやかわいらしさ、日本のきめ細やかな心遣いにホッとしたという。


他の国々・文化圏の人と比べて、日本製品の手勝手の良さ、日本人の対応した商品の、完璧に仕上げる能力を実感した、と。
(分かる人には分かる例のひとつは、サランラップ(クレラップ) 笑!)


台湾の人と感覚がとても近いこと、East Asia (台湾、中国、韓国)と日本は、言葉にせずとも根底にある文化や感覚、に近い物があるということ。


最高のクオリティーはお金さえ自由であれば手に入る。
とりあえず、あればよいというクオリティーの物であれば日本よりかなり割安。
でも、ある一定のクオリティーで生活するのを考えると、東京の方がコストパフォーマンスが良いかも知れない、感じたということ。 など


一時帰国中、「東京での生活と比べて何が良い?」と聞かれることが多く困った、という。




私も考えてみた。



私が直接知っている人や関わらせて頂いている人の環境によるかも知れないけれど、私の解釈はこんな感じ。

「物の品質」ではなく「(目に見えない)機会」



色々な生活感、スタンスでライフスタイルを過ごしている人がいる分、日本では見えていなかった生き方や想定さえ出来なかった選択肢が出てくるということ。

全体の中の「自分らしさ」、をみつめる機会ができるということ。
・・・その分自分がどのように社会に貢献出来るかを示していくことが求められ
るわけだけれどね。


あくまでもイメージですが、
日本では 将来の進路やライフコースを
既存の物の中から カタログで一覧になった商品を見るみたいに 
「選ぶ」 感覚があるけれど

段違いにいろんなベクトルに向けて生きている人やその活躍の場所がある所では
もっともっと自由な観点から社会に関わることの出来る土壌がある、という機会が見えている気がします。
自分の人生のpriorityや嗜好性にあわせて、従来の考えを覆した発想の出来る人が称えられ活躍出来る機会。


「やりたい」と思ったときに始められる (never too late)
という感覚。


目に見える物ではないし、一様に実感出来るとは限らないけれど
それが、メリットじゃないかな、という話をした。



欧州と比べて多少、「現世的」な感覚はあるかも知れないけど
その分、competitiveで その分新しい物を好意的に捉えてもらえる可能性があるのかも。


・・・・書きながら 今気づいたのですが 

そういえば、英語で話すときには無意識的にそんな感覚に切り替えて発想をしている気がします。



そんな世界を見たときから、何となくイメージしていた今の私のライフスタイル。

日常では、もっと出来ることや違う観点からの目標設定が見つかるけれど、
もし、自分を学生時代にリセットできたしても
やはり、おおよその方向性はきっと同じだったろうな、

と感じたひとときでした。


もっと生活の時間を重ねていけば、その地域ごと、コミュニティーごと 

に気づくところがでてきますね。




ところで日本との比較。今回触れたのはごく一面だけで
まだまだいろんな側面があると思います。
みなさんはどんな印象や体験をお持ちでしょうか。


本年の会社始動日の朝


応接室からの風景


鮮やかにピラミッド状に広がっている
雲間から漏れる光 



レンブラント



瀬戸内海の穏やかな海に反射して
Rembrandt Lightのパノラマが広がった



のどやかな景色の広がるロケーションに本社があることは

とてもしあわせだと 毎回本社に帰ったときには思うけれど

今日は特に、特別な感じがしました。


少し引き締まった朝の空気の中
 悠々とした気分になることのできたひとときでした





いけばな

今日は新年会

会長や社長からも皆に向けての新年のご挨拶。


ひとりひとりのイシキが大きな流れを作る

毎日の仕事への姿勢

ちょっとした気づき
が1年後を大きく左右するというお話。


ひとり一人の能力や才能を最大限に発揮して貰える会社
なんて、言葉では言いやすいけれど
毎日の業務の中では、なかなか簡単な事じゃないのよね。



私自身について、直接的な仕事以外の部分を振り返ってみても、3年前、5年前を振り返ると、

この1年で、国内と海外をつなぐ地域の文化差、様々な見地からの視点や時間の感覚が実感を持って把握し、その違いの間を行き来するときの差を無意識に調整できるようになってきたところかな。 

差に慣れきってしまわない(鈍感にならない)ように気をつけつつも

日々の活動に上手く活かしていくようにするのがこれからの課題かな。。



私たちに関わっていただく皆様ひとり一人が
生き生きと仕事できて、
そして
その幸せの波紋を広げて頂けるような

そんな環境を持つ会社になるとうれしい。




新年会



つぼみ



つぼみ



『ほころばせる』


という言葉が、あたたかくて好きです。

更なる輝きをプラスした広がりに向かっていく
   
 「その次」が楽しみな、その存在。



  笑顔も、
    
   つぼみも。

ほころぶ



ほころぶ ことで、見ている人に
 
   リラックスした気持ちや 
     
  やわらかいものに触れた気分

          にさせてあげられるのね。



いつかは そんな 存在に なりたい。    2007年 1月。




大掃除の最後にみつけた庭の寒椿のつぼみ。
 年明け一番に 玄関先で ほころんだ。



わくわくするような発見いっぱいの一年になりますように羽




開花



*画像一部お借りしました。

新しい経験がたくさんあった一年でした。


嬉しいことも。 ココロノ筋トレになるようなことも。


初めての環境にも順応しやすい私。

adjustableなだけに、周りの環境に影響されやすい、(=影響 受けすぎに注意) ということにも気づいたし。



ふと気づけば、大学卒業して以来、遙か彼方の目標と思って目指してきたものが、もしや手の届く範囲に入ってきたのではないかという気がした一年でもありました。。



いままで、なんとな~く、すごしてきた生活も、

少しまとまった時間が流れて

自分の人生が確実に、次の時代、次のステージに移りつつあるなぁ

と思うことの多かった今年。

今まで「目指してきた目標」って

果たして、自分に会っていたのか、と時々疑問になったり。

(大学卒業時には就職活動もしようと思わなかった私なだけに)

何となく目指した「当初の理想」を越えて、当時は予想もしなかった方向に発展しかけている自分にちょっぴり不安を感じたり。


仕事を中心に、新しい世界を垣間見せてもらう機会の多かった ことし。

新しい変化や調整を 乗り越えると共に

以前の(経験がなかったために)素直に反応出来た「自分」

や当時の「フレッシュな見方」 に戻れなくなるのでは?

と戸惑いを感じたこともあったり。



ブログという場を通して自分の感じたことを 集め始めた年でもありました。


2007年、どんな方向に、足を踏み出せるんだろう。

今までの自分、のどこが変わって、

どこをそのまま保っていれているかな。


来年、同じ時期に自分の書いたものを通して ”時を経た自分”に会うことができるのは・・・うーん、やっぱり楽しみかな?


人生、エンタテイメント。

 やっぱり、楽しくなくっちゃね!

2007年が皆様にとって、

 素晴らしい一年になりますように!!ベル





とあるメディア系のお仕事の打ち合わせで仕事納め。


打ち合わせを行う中で、人にものごとを伝える立場に立つ人の心構えの

とても為になるアドバイスに出会いました。

中華ランチを囲みながら、とても勉強になるお話を頂いたのはメディアでの「話し手」のなかでも大御所クラスの、さ○う氏。誰にでも親しみやすいキャラクターをお持ちながら、しっかりとした滑舌と絶妙な間のとりかた、耳で聞いて分かりやすい話ことば。繊細な「気づく力」と、情報収集力と興味の範囲の広さを持ち合わせられていて。

・・・ふとした話し方や表現の随所随所に「声のお仕事」のお手本がちりばめられています。


覚えておくためにブログにメモしてみます。



メディアの発話者になる場合、

例えば「おいしい」という単語一つでも、
テレビ画面では、ほわっと広がる香り水玉や、味わいoden、あたたかさお鍋、という感覚の部分を伝えることが出来ない。


その部分はメッセージ発信者が音声に変換して伝える必要がある、ということ。


たとえば、
音声を通して伝える場合、

「オイシイ」

と棒読みするのでは聞いた側には

何の具体的なイメージを伝えることもできないけれど



聞いた側に思わず よだれがケーキ01・・・と思わせるような
うぅっ。パスタル・クルーゼおいしい~プリンショートケーキチョコレート


という言い方に変えることで、

とても多くの内容を伝えることができるようになる。


その後者の目指すべき話し方をするためには



> 文字、は記号でしかないのでイメージを心に強く持って語る

> 自分チップとデール デールの中に強くはっきりしたイメージを持っておき
それを

> 相手ミスバニーの 胸のスクリーンに響かせるように、語る ことが大事、  という。


そして相手に響かせるためには、相手が同じイメージを持つことが出来るだけの「間」を上手く使う、ことが大切。


特にTV世代以降の、発達したメディアの中、想像力を働かせる間もなく情報が溢れ混んでくる世の中では、若い人たちを中心に、「自分でものごとをイメージする力」が落ちている。そういった人たちに伝えるメッセージを受け止めてもらうためには、
特に具体的な描写を。


聞く側の立場にそっと寄り添ってあげるような感じで。

ちょっと背中を押してあげる感じでメッセージを発信するとよいということ。



中高の時に所属していたクラブが放送部だった私。


あのときにやっていた
「アナウンス」や「朗読」の訓練のことを思い出しながら、聞いていました。

声は、蛍光ペンでハイライトをつけたり、太字でPOP文字で印刷したりできないから
その分、発話者の意識が大切。

・・だって、受け止めてもらわなくちゃメッセージにならないからね。。。




そういえばこんなこと、緊張した仕事の時にだけは意識するのに、
普段の生活では、反映出来ていないかも。
メッセージの受け手を意識したコミュニケーション。

普段のコミュニケーション(日常のやりとり)の方が、
身近な大切な人たちを結ぶ、
生活の居心地に直接関わる時なのにね。


まだまだ、発展途上な自分あひるだなぁー。


かお来年の目標、にしたいな。

昨日載せた、バレエの舞台を観てきました。


伝統のあるバレエ団らしい演出や構成。

豊かなきもちになったひととき。

このところ、簡単バレエのクラスに顔を出している事が手伝ってか

意外にも、ダンサーの無駄のない動きやしなやかさ、動きのキレに

注目出来るようになっている自分を発見。(ちょっとびっくり)

「あのフォームの綺麗さはすてき」とか

「このダンサーは基礎の体の使い方がとってもきれい~」「とか

あの動きは相当筋力使うよね」と、なんだか

バレエの動きを分解して観ていました。



        クリスマス     クリスマス      クリスマス

そして、今回、私なりの一つの観劇の癖(?)にも気づいて。



舞台(ミュージカルでも、演劇でも)を観たときに、

その演出やパフォーマンス技術の高さにも感動するけれど、

それよりもたくさんの時間をかけて思いを馳せてしまうのは


実は


目の前の舞台の上で、

スポットライトを浴びている人たちの半生。 


きっと、この瞬間、観客と同じ空気を吸う迄の間

この舞台に立つまでに

多くの努力、精神統一力

多くのチャンスを握るための競争

周囲からのサポート、すくなからずの犠牲、

毎日の精進

などがあったのだろうと

   ついつい思いを馳せてしまうのです・・。


そして、多くの感動を日々訪れる観客とシェア出来る無情の充実感。


でも、(恐らく)限られた時間しか舞台に立つことが出来ないかも知れない、という

毎日同じ舞台は無い、という

一期一会の精神と緊張感。


そんな場と空気、個々人の心持ちの中でのパフォーマンスを

見せてもらえること自体、に

(それまでの経緯に、ひとり思いを馳せて)

 感動してしまうのです。




自分自身が子供の頃、 タップダンスやスケートの教室で発表会に参加した経験をちょっと思い出しながら、


あのような子供の頃から、一つのに向かって

厳しい競争の中、邁進してきて、

本当にラッキーな一握りの人が 立つことの出来る舞台。

練習中の怪我やアクシデント、悔しい経験もいっぱい乗り越えて

浴びることの出来るスポットライト。

初舞台に足を踏み出すときのドキドキ感と独特の空気。

連日の舞台で最高のクオリティーのパフォーマンスを続けるための緊張感。


その結果、受けることが出来る観客からの拍手。。。


そんなものを含めた、

いわば、「精進の賜」の完成作品を見せて(分けて)もらう感じ。




そこにあるのは舞台の内容よりもずっとリアルな「ドラマ」。

その半生のストーリー自体に、深い感動をもらってしまう


でも・・・、ある意味、「舞台の観客」としては、的はずれかな?



おんぷハートキラキラおんぷキラキラ

今回のイベントのきっかけをくれた

人気者な いもうとちゃんにカンシャです。

時々は、こんな時間を大切にしなくちゃね。



クリスマスHO! HO! HO!に クリスマスクリスマスツリーのことを。

    

今回の、それは初体験。



クリスマスの「くるみ割り人形」(バレエ)公演です。ポワントポワント
short noticeで声を掛けてもらって、25日の公演に行かせてもらうことに。


レニングラード国立バレエ の公演だそうです。。
http://www.koransha.com/ballet2006-07/ballet2006-07tanken.htm#kurumi

急に行くことになっただけに、
「思わぬクリスマスプレゼント」&棚ぼた!? 感アップ。かお



ロシアのバレエといえば・・・


初めてのモスクワ訪問時に 

ボリショイバレエ「じゃじゃ馬ならし」を
観劇させてもらったことがあります。


国の伝統を思わせるゴージャスな構えのロビーを経て入った舞台会場。
客席サイズは市民ホールくらいのサイズの大きさ

(日本の公演と比較すれば小さめ)でした。
よって、舞台も近く、双眼鏡なんてそれほど必要なかった。

その時には、踊り手の人たちの一コマ一コマの体の使い方の綺麗さやジャンプの高さ、演出の工夫など演劇としてのレベルの高さに感動したものでした。


長い冬を室内芸術で彩るロシア。

さすがに室内娯楽が発達していて、レベルもとても高いです。

ロシア語は分からなかったけれど、そんなことは感じないくらい、しっかりしたものを、確実に観客席の私の手元に伝えて頂いたような気分になったのでした。

・・というわけで、ロシアのバレエって技術力高い、っていうイメージを持っているのです。


今回は渋谷Bunkamuraでの公演とのこと。 
久々の生舞台の場にいくこともあり、 楽しみー


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それでは、 思い出しついでに、 お写真を載せてみます。

今は改修工事中の 旧 ボリショイ劇場の中はこんな感じでしたよ。


撮影が出来た会場内に入る手前までの部分で。 


ボリショイ








入り口ホール







チケットとクローク(コートなどの荷物預け)の半券、双眼鏡。
チケットとクロークの半券