天童一中1年女子生徒は何故命の終わりを決断したのか -34ページ目

天童一中1年女子生徒は何故命の終わりを決断したのか

心の中は 自分にも 誰にも見えない

気が付いたら 心も 身体にも 冷たい風が吹いている

あなたの心に 何かが起きていたのですね

笑顔にかくされた学校での悲しい出来事が

少女のすべてを奪ったのかもしれない

3月11日付 朝日新聞記事から

通勤手当不正受給、小学校教諭を減給

埼玉県教育局は4日、和光市広沢小学校の女性教諭を
減給3か月の懲戒処分とした。
教諭は昨年4月22日から半年分の通勤手当を不正に
受け取っていた。この間、教諭は親族が運転する車に
同乗して通っていたが、電車通勤と偽っていたという。
教諭は、軽い気持ちでやった。反省していると話している。

この記事を見てどう思われますか?
全国紙の地域版とはいえ、一見些細な事案でも教諭で
あることで保護者、生徒、県民すべてに公表された。
この事案を皆さんのお住まいの地域に置き換えて
そして考えてみると意外とよくある話なのではないで
しょうか?誰も気に留めずに見過ごしているかも
しれませんね。
しかし、ここでは違います。
教育関係者の給料は何処から出ていますか?
国民である住民の税金から与えられているものです。
だからこそ真摯に受け止めてもらうためにも
しっかり公表されてしまいます。

こういった何気ない行為であっても公表することで
教育現場の意識を正すための提言につながり
馴れ合い、怠慢、見て見ぬふりの態度を遠ざけ
学校での事故、事件、いじめ防止、保護者との関わり
学校生活全般の意識向上にも大きく役立っています。
馴れ合いで作っていく教育現場の縦社会は
起きた事の解決策より鎮静化への解決策ばかりに
力を注いでいるように見えます。
だから隠ぺい、保守的、自己援護と言われるのでしょう。


学校で起きた事件事故の解決に関わる人間は
決して肩書きのある人ばかりではない。
巻き込まれた保護者の職業も選ばれないのだから
サポートする人間とて様々です。
ただ大切なのは立ち位置が、巻き込まれた者と
同じ目線から始め、寄り添う気持ちを忘れず
ネットワークの力で知恵を出す。
サポートする側に必要なのは肩書きではありません。
やるしかないと思う気持ちになることだと
私なりに想っています。

朝三暮四
こういった教育現場の改善を願います。









今日は、都内も少しばかり雨模様

四十九日が過ぎ、迷子にならず旅立ったであろうか
少女の心の中の悲しみは誰かに伝えられたであろうか

四十九日が過ぎて思うことは
いじめをしていた加害者は、今どうしているのだろうか
担任は、クラスメートは、
教室に居た少女の姿を思い出しているのだろうか
ソフトボール部の部員たちは、どう感じているのだろうか
聞いてみたいことは山ほどある。

何事もなく旧校舎と共に過ぎ去ったことに
新校舎と共に真新しい教室と同じスタートでしょうか
いいえそれは過ぎ去ったのではなく
1月7日までの学校生活を消そうとしているだけで
生徒たちは、学校側教師陣の態度を反映させた
自分の感情も出せない通常の生活を送れない
少女の思い出や名前すら話せない状態の
悪の教育現場その象徴の姿になのかもしれません。

加害者であるいじめた生徒と
悲しく感じられる生徒と
アンケートに正直に書いた生徒と
少女のために手を合わせる生徒が
もし同じ教室、同じ学校内にいるのなら
想像しただけでも身震いがします。

学校に問います。
これも、あるべき姿の教育現場なのですか?


わたしは今日、天童にいきます。








昨日から穏やかな天気に恵まれ春の訪れを感じます。
天童はどうなのか少女が亡くなった1月7日よりは
少しばかり雪雲が収まっているのでしょうね

この49日間、魂はこの世からの別れの準備のため
自由にふわうわと思いの強かった場所に行けるといいます。
少女は家族にさよならが言えたでしょうか
迷子にならずに遠い世界へ向えたでしょうか

1月18日夕方、私用で山形の先まで出かけ
翌19日午後の新幹線にて都内に戻りました。
天童のあたりは時々大きな川を横に見ながら走るのですね
冬の景色は雲が多く、すべての物が灰色に見えて
それが落ち着く事もあるけどやっぱり何だか悲しく感じる。

少女はどんな毎日だったのだろう
そう思うだけで冬の景色の様に悲しくなってしまう。
人は、失って初めてその存在の大きさを知ることも
あることでしょう。
その大きさは自分以外の人には分からない
しかし、家族やわが子を突然失う悲しみなら
それは人として生きていれば誰もが想像できるものです。

少女が迷子にならずに向かえますよう祈り
哀悼の意を捧げます。