もしも願いが叶うなら
想い続けたなら願いは叶う、なんて台詞を聞いたことがある。
その台詞自体は素敵だと思うし、そうであって欲しいとも思う。けれど、私の願いはきっと叶わない。いや、絶対に叶わない。それは仕方のない事なんだけれど。
私には好きな人がいる。けれどこの恋が成就する事はないのは痛いほど理解している。
だって私は人形で、あの人は人間だから。
あの人が私の様な人形を大切に扱ってくれるのには理由がある。
私の最初の持ち主は、あの人の幼なじみだった。
彼女は何をするときも私を離さなかった。食事の時も、入浴の時も、ベッドの中でも。
とても大切にしてくれていた。それはとても幸せな時間だったと言える。
私も彼女が大好きだったけれど、幸せな時間は長くは続かなかった。
彼女は流行り病にかかってこの世から旅立ってしまった。
日に日に衰弱していく彼女は、私を片時も離さなかった。私は彼女が元気になることを祈っていたけれど、その願いも虚しく叶わなかった。
彼女が亡くなった後、私を貰っていったのがあの人だった。
あの人は、彼女の幼なじみで形見として私を引き取っていった。
あの人も彼女同様、私を大切にしてくれた。彼女がそうしてくれていたのを知っていたからかもしれないけれど、大切にしてくれた。
あの人は男の子だから、私のような人形を持っている事を他の男の子から馬鹿にされたりもした。
けれど、それに対して反発したり落ち込んだりする事もなかった。きっとあの人にとって、それは些細な事で本気で相手にするまでもないと思っていたのかもしれない。
時々、あの人は私に話かけてくる。
それは彼女との思い出だったり、彼女がまだこの世にいたならば、これから起こりえたであろう未来の話であった。
どちらの話をする時もその表情はとても寂しげで、私はその表情を見るたびに胸が苦しくなった。
人形の私がこんな気持ちになるのは間違っているのかしら?最初はそう思いもした。けれど、実際にこんな気持ちになっているのは、どうしようもない事実でしょう?
たぶん、これが恋なのかもしれない。
私は、あの人の寂しげな表情を見た時にそう感じさせられた。
あの人の寂しげな顔は見たくない。
あの人の悲しい声は聞きたくない。
あの人には笑っていて欲しい。
そして、もう一つ気付いた事もある。
あの人は、彼女の事が好きだったんだろう。
そして、今でも彼女の事が好きで忘れられないんだろう。
私の事を引き取って大切にしてくれるのも、彼女への想いからきているに違いない。
私はただ、悲しくなった。
それはあの人が彼女を想っている事が、ではなくて、私には何もできない事が。私ではあの人の心を満たす事ができない。どんなにあの人の事を想っても、私は人形なのだから。
それからの私は毎日願い続けた。私が彼女の代わりになる事はできない。あの人の、もういない彼女への想いも、あの人自身が乗り越えなくてはならない。
ならばせめて、あの人に気持ちを伝えるだけでも。
私のこの恋が成就しなくてもいい。人形である私が人間のあの人に気持ちを伝える。それは到底不可能な願いだけれど、同じ場所に立てたなら。同じ場所に立てれさえすれば。強く強く、毎日願った。
私の願いに神様は応えてくれた。神様は私に気持ちを伝える手助けをしてくれると約束してくれた。
明日の朝が来たら、神様は願いを叶えてくれるとおっしゃられた。私は、とても嬉しくて神様に感謝した。ありがとう神様!私の願いを叶えてくれるなんて!
私があの人に伝える事はただ一つ。私が側にいるから、強く生きて欲しいという事。
彼女がいなくても、きっと素敵な人生があるという事。
私の恋が叶わないのだから、あの人が強く生きてくれたらそれでいい。
そう心に決めて、朝を迎えた。
私が喋りだしたらあの人は驚くかしら。いいえ、きっとあの人はいつも通りな気がする。
私は去来する様々な気持ちを抑え、あの人の姿を探す。
私は、あの人の姿を見て。
そして神様を怨んだ。
神様どうして?
どうしてあの人を人形にしたの?
その台詞自体は素敵だと思うし、そうであって欲しいとも思う。けれど、私の願いはきっと叶わない。いや、絶対に叶わない。それは仕方のない事なんだけれど。
私には好きな人がいる。けれどこの恋が成就する事はないのは痛いほど理解している。
だって私は人形で、あの人は人間だから。
あの人が私の様な人形を大切に扱ってくれるのには理由がある。
私の最初の持ち主は、あの人の幼なじみだった。
彼女は何をするときも私を離さなかった。食事の時も、入浴の時も、ベッドの中でも。
とても大切にしてくれていた。それはとても幸せな時間だったと言える。
私も彼女が大好きだったけれど、幸せな時間は長くは続かなかった。
彼女は流行り病にかかってこの世から旅立ってしまった。
日に日に衰弱していく彼女は、私を片時も離さなかった。私は彼女が元気になることを祈っていたけれど、その願いも虚しく叶わなかった。
彼女が亡くなった後、私を貰っていったのがあの人だった。
あの人は、彼女の幼なじみで形見として私を引き取っていった。
あの人も彼女同様、私を大切にしてくれた。彼女がそうしてくれていたのを知っていたからかもしれないけれど、大切にしてくれた。
あの人は男の子だから、私のような人形を持っている事を他の男の子から馬鹿にされたりもした。
けれど、それに対して反発したり落ち込んだりする事もなかった。きっとあの人にとって、それは些細な事で本気で相手にするまでもないと思っていたのかもしれない。
時々、あの人は私に話かけてくる。
それは彼女との思い出だったり、彼女がまだこの世にいたならば、これから起こりえたであろう未来の話であった。
どちらの話をする時もその表情はとても寂しげで、私はその表情を見るたびに胸が苦しくなった。
人形の私がこんな気持ちになるのは間違っているのかしら?最初はそう思いもした。けれど、実際にこんな気持ちになっているのは、どうしようもない事実でしょう?
たぶん、これが恋なのかもしれない。
私は、あの人の寂しげな表情を見た時にそう感じさせられた。
あの人の寂しげな顔は見たくない。
あの人の悲しい声は聞きたくない。
あの人には笑っていて欲しい。
そして、もう一つ気付いた事もある。
あの人は、彼女の事が好きだったんだろう。
そして、今でも彼女の事が好きで忘れられないんだろう。
私の事を引き取って大切にしてくれるのも、彼女への想いからきているに違いない。
私はただ、悲しくなった。
それはあの人が彼女を想っている事が、ではなくて、私には何もできない事が。私ではあの人の心を満たす事ができない。どんなにあの人の事を想っても、私は人形なのだから。
それからの私は毎日願い続けた。私が彼女の代わりになる事はできない。あの人の、もういない彼女への想いも、あの人自身が乗り越えなくてはならない。
ならばせめて、あの人に気持ちを伝えるだけでも。
私のこの恋が成就しなくてもいい。人形である私が人間のあの人に気持ちを伝える。それは到底不可能な願いだけれど、同じ場所に立てたなら。同じ場所に立てれさえすれば。強く強く、毎日願った。
私の願いに神様は応えてくれた。神様は私に気持ちを伝える手助けをしてくれると約束してくれた。
明日の朝が来たら、神様は願いを叶えてくれるとおっしゃられた。私は、とても嬉しくて神様に感謝した。ありがとう神様!私の願いを叶えてくれるなんて!
私があの人に伝える事はただ一つ。私が側にいるから、強く生きて欲しいという事。
彼女がいなくても、きっと素敵な人生があるという事。
私の恋が叶わないのだから、あの人が強く生きてくれたらそれでいい。
そう心に決めて、朝を迎えた。
私が喋りだしたらあの人は驚くかしら。いいえ、きっとあの人はいつも通りな気がする。
私は去来する様々な気持ちを抑え、あの人の姿を探す。
私は、あの人の姿を見て。
そして神様を怨んだ。
神様どうして?
どうしてあの人を人形にしたの?
真実と現実と
「あなたに私の何がわかるっていうのよ」
それが母の口癖だった。
私がまだ母のお腹の中にいた頃、父は死んだ。
父は世間で言うところのろくでなしで、定職に就かず博打にのめり込み、お酒に溺れる。そんな人だったらしい。
父が死んだ理由は詳しく知らないけれど、どうやらお酒が絡んでいる、ろくでもない理由らしい。
母が何故そんな父と結婚したのかはわからないけれど、父が死んだ事で大した変化があったわけではなかったみたいだった。
母は女手一つで私を育てると決めた。
昼夜問わずに働けるだけ働いて、それでも私と遊ぶ時間だけは必ず作ってくれて、まだ子供だった私から見ても毎日忙しそうだった。「お母さん、疲れてない?」心配になって訊いてみても母は決まって「大丈夫だから。心配かけてごめんね」と言うだけだった。
私はそんな優しくて気丈な母が大好きだった。
そう、大好きだった。
母が変わってしまったのは私が十四歳になった頃。
その頃の母は勤めていた会社が倒産して、生活のために水商売の道に進み始めていた。
父が死んだ理由にお酒が遠からずあるせいなのか、それまで母は一滴足りともお酒は飲まなかった。
けれど、水商売を生業とし始めてからはお酒なしでは生きて行けない様になった。
「ストレスを解消するには今はお酒しかないのよ」
そう言って、毎晩お酒に逃げる。
私は母の体が心配で何度もお酒を控える様に注意した。その頃からだと思う。「あなたに私の何がわかるっていうのよ」この言葉が口癖になったのは。
それからの母は私が口を開く度にその言葉を私に浴びせた。それはお酒のせいだったのかもしれないけれど、母の体からお酒が抜けている状態がなかったから、それは母の言葉だったに違いない。
次第に母は自宅に戻る事も少なくなり、私が十八歳になった頃には蒸発してしまった。
その頃の私はすでに勤めに出ていて、自分一人で生活をするだけならなんとかなる位の収入があったから、それほど苦労があったわけではない。
心は、少し寂しかったかもしれないけれど。
私一人での生活にも慣れ始めた頃、叔父と名乗る人物から連絡が入った。その時点で、嫌な予感が私の頭に浮かび、それは現実だった。
母が死んだ。
母は自分の故郷に帰り、そこで入水自殺を図った。
母の体からは大量のアルコールが検出されたらしい。
私は両親をお酒で失ってしまった。
母の葬儀はひっそりとしたものだった。私に連絡をくれた叔父の意向で、極々近しい人のみでの葬儀だった。
母の死をあまり世間に知られたくない。
叔父はそう考えている様だった。きっと身内の恥だとでも思っているのだろう。私は少し吐き気がした。
葬儀の後、叔父が私に一通の手紙をくれた。どうやら母が最期に残した手紙らしい。
私は自宅に帰ってからそれを読んだ。
『私の事、怒ってる?当たり前だよね、親らしい事何一つできてなかったんだから。
ごめんなさい。
私にはあなたを一人前に育てる事ができなかったみたい。
私なりに愛情は注いだつもりだったんだけどね。
一つだけ、あなたに伝えておきたい事があります。
あなたは私の子供じゃありません。
お父さんの子供ではあるけれど、私ではない、他の女性との間に産まれた子供です。
その女性はあなたを産んだ直後に亡くなりました。その直後に私はあなたのお父さんと結婚したの。あなたのお父さんは昔はとても優しくて格好いい人だったのよ。子供を一人で育てるのは大変だからって、無理矢理押しかけて結婚したの。
お父さんが亡くなった後、私が育てなきゃ、って思って頑張ってみたんだけど、あなたにはたくさん苦労をかけたと思うの。本当にごめんなさい。
それから、嘘をついていてごめんなさい。
私みたいな無責任な大人にならないようにね。
それが唯一の心配です。残念ですけれど、私とは血の繋がりはないのだからそこは大丈夫だろうと安心しています。
これが私からの最期のお願いです。
あなたは幸せになってね。空の上からいつまでも見守っています』
なんて勝手な母なんだろう。勝手に育てて勝手に愛して勝手に思い悩んで勝手に死んで。
私の気持ち知らないくせに。
私がどれだけ感謝してるか知らないくせに!
こぼれ落ちた涙で滲んでもう読めない手紙に私は怒りをぶつけるしかなかった。
「…あなたに私の何がわかるっていうのよ」
それが母の口癖だった。
私がまだ母のお腹の中にいた頃、父は死んだ。
父は世間で言うところのろくでなしで、定職に就かず博打にのめり込み、お酒に溺れる。そんな人だったらしい。
父が死んだ理由は詳しく知らないけれど、どうやらお酒が絡んでいる、ろくでもない理由らしい。
母が何故そんな父と結婚したのかはわからないけれど、父が死んだ事で大した変化があったわけではなかったみたいだった。
母は女手一つで私を育てると決めた。
昼夜問わずに働けるだけ働いて、それでも私と遊ぶ時間だけは必ず作ってくれて、まだ子供だった私から見ても毎日忙しそうだった。「お母さん、疲れてない?」心配になって訊いてみても母は決まって「大丈夫だから。心配かけてごめんね」と言うだけだった。
私はそんな優しくて気丈な母が大好きだった。
そう、大好きだった。
母が変わってしまったのは私が十四歳になった頃。
その頃の母は勤めていた会社が倒産して、生活のために水商売の道に進み始めていた。
父が死んだ理由にお酒が遠からずあるせいなのか、それまで母は一滴足りともお酒は飲まなかった。
けれど、水商売を生業とし始めてからはお酒なしでは生きて行けない様になった。
「ストレスを解消するには今はお酒しかないのよ」
そう言って、毎晩お酒に逃げる。
私は母の体が心配で何度もお酒を控える様に注意した。その頃からだと思う。「あなたに私の何がわかるっていうのよ」この言葉が口癖になったのは。
それからの母は私が口を開く度にその言葉を私に浴びせた。それはお酒のせいだったのかもしれないけれど、母の体からお酒が抜けている状態がなかったから、それは母の言葉だったに違いない。
次第に母は自宅に戻る事も少なくなり、私が十八歳になった頃には蒸発してしまった。
その頃の私はすでに勤めに出ていて、自分一人で生活をするだけならなんとかなる位の収入があったから、それほど苦労があったわけではない。
心は、少し寂しかったかもしれないけれど。
私一人での生活にも慣れ始めた頃、叔父と名乗る人物から連絡が入った。その時点で、嫌な予感が私の頭に浮かび、それは現実だった。
母が死んだ。
母は自分の故郷に帰り、そこで入水自殺を図った。
母の体からは大量のアルコールが検出されたらしい。
私は両親をお酒で失ってしまった。
母の葬儀はひっそりとしたものだった。私に連絡をくれた叔父の意向で、極々近しい人のみでの葬儀だった。
母の死をあまり世間に知られたくない。
叔父はそう考えている様だった。きっと身内の恥だとでも思っているのだろう。私は少し吐き気がした。
葬儀の後、叔父が私に一通の手紙をくれた。どうやら母が最期に残した手紙らしい。
私は自宅に帰ってからそれを読んだ。
『私の事、怒ってる?当たり前だよね、親らしい事何一つできてなかったんだから。
ごめんなさい。
私にはあなたを一人前に育てる事ができなかったみたい。
私なりに愛情は注いだつもりだったんだけどね。
一つだけ、あなたに伝えておきたい事があります。
あなたは私の子供じゃありません。
お父さんの子供ではあるけれど、私ではない、他の女性との間に産まれた子供です。
その女性はあなたを産んだ直後に亡くなりました。その直後に私はあなたのお父さんと結婚したの。あなたのお父さんは昔はとても優しくて格好いい人だったのよ。子供を一人で育てるのは大変だからって、無理矢理押しかけて結婚したの。
お父さんが亡くなった後、私が育てなきゃ、って思って頑張ってみたんだけど、あなたにはたくさん苦労をかけたと思うの。本当にごめんなさい。
それから、嘘をついていてごめんなさい。
私みたいな無責任な大人にならないようにね。
それが唯一の心配です。残念ですけれど、私とは血の繋がりはないのだからそこは大丈夫だろうと安心しています。
これが私からの最期のお願いです。
あなたは幸せになってね。空の上からいつまでも見守っています』
なんて勝手な母なんだろう。勝手に育てて勝手に愛して勝手に思い悩んで勝手に死んで。
私の気持ち知らないくせに。
私がどれだけ感謝してるか知らないくせに!
こぼれ落ちた涙で滲んでもう読めない手紙に私は怒りをぶつけるしかなかった。
「…あなたに私の何がわかるっていうのよ」
夏の終わりに
私の夏は、花火でも海水浴でもなく、夜空に星をみつける事がなによりも楽しみだった。
私が決まって探す星。
こと座のα星ベガ、わし座のα星アルタイル、はくちょう座のα星デネブ。この三つの星を結んで作られる夏の大三角形。この大三角形を見ている時間が一番好き。
それが、私の夏の風物詩。
夏休みも残りわずかとなって、慌ただしく宿題をすませるのが毎年の恒例行事で、それは高校生になった今も変わらない。
私の通う学校は熱心な進学校ではないけれど、それなりの進学率を誇っているから、やっぱりそれなりの宿題もある。
学生の本分は学業なのだから仕方のない事だと思うんだけど。
でも、夏休みくらい息抜きしたっていいじゃない、と思うのは当然の事だ。だって、その為の夏休みなのでしょう。
だから私も人並みには遊んだりした。
友達とショッピングに出かけたりカラオケで声が枯れるまで歌ったり。
それは楽しい時間だったから、今年の夏はそれなりに満喫できている、と自分では満足してるつもりだ。
そんな理由で、今年もやっぱり恒例行事から逃げる事はできそうもない。
『勉強は午前中、涼しい間にすませましょう』なんて、よく言われる台詞だけど私にはとても無理。
私は夜、机の向こうにある窓から夏の大三角形を見ながら宿題に取り掛かる。そうすると、不思議と集中して進めることができる。
曇りの日は最低。
理由はもちろん星が見えないから。
雨なら諦めもつくんだけれど、曇りっていうその中途半端さが私をイライラさせる。
窓から外を眺めても、星一つ見えない暗い夜空ばかりで、そんな日は何かをする気になんてなれっこない。
そんな曇りの日が数日続いて、私もいい加減諦めがついたのか、残念だけど大三角形に見守られる事なく宿題をすませる事にした。
もちろん気分はのらないから遅々として進まない。机にかじりついて公式や文法を頭に詰め込んでも、さっぱり記憶できない。
数時間が経過して、少し気分転換にと近所を散歩してみる事にした。
普段は滅多にそんな事をしないんだけど、今日は何故かそんな気分だった。
部屋着のままで近所を歩くのは少し抵抗があったから、それなりに人に見られてもいい服に着替えて、よし、少し離れた駅前の公園まで歩こう、と決める。
私は女の子にしては歩くのが速い方で、十数分も歩けば駅前の公園に到着する。
少し涼しい夜だったせいか、思っていたより汗をかく事もなく目的地の公園にたどり着いた。
小さな噴水と花壇が敷地の縁沿いに設けられた普通の公園。
私は噴水の近くにあるベンチに座り少し休憩をする。
なんとなく空を見上げてみたけれど、やっぱり星は雲に隠れて見えない。
視線を噴水の方に向けると、そこには一組のカップルが手を繋いでさっきまで自分がしていた様に空を見ていた。雲がなければ、ちょうど夏の大三角形があるあたりを見ている。
しばらくして、男の方が大きな旅行カバンを抱えて駅の方へと歩いていった。
少し名残惜しそうに何度も振り返り、女性にむけて手を振る。女性も小さく手を振っている。
きっと遠距離恋愛のカップルなんだろう、と私はぼんやりと考える。
きっとあのカップルは二人で夏の大三角形を見たかったんだろう。ベガとアルタイル。織姫と夏彦。一年に一度しか逢えない七夕伝説に自分達を重ねていたのかもしれない。それがロマンチックなのかは私にはわからないけれど、きっとロマンチックなんだと思う。そう思いたい。
私はベンチから腰をあげ、よし、家に帰るぞ、と決める。
行きよりも少しゆっくりと歩いて、雲が流れて星が見えないかな、と期待して歩く。
程なくして家に着き、玄関を開ける前になんとなく空を見上げてみた。
夏の大三角形は、まだ見えない。
私が決まって探す星。
こと座のα星ベガ、わし座のα星アルタイル、はくちょう座のα星デネブ。この三つの星を結んで作られる夏の大三角形。この大三角形を見ている時間が一番好き。
それが、私の夏の風物詩。
夏休みも残りわずかとなって、慌ただしく宿題をすませるのが毎年の恒例行事で、それは高校生になった今も変わらない。
私の通う学校は熱心な進学校ではないけれど、それなりの進学率を誇っているから、やっぱりそれなりの宿題もある。
学生の本分は学業なのだから仕方のない事だと思うんだけど。
でも、夏休みくらい息抜きしたっていいじゃない、と思うのは当然の事だ。だって、その為の夏休みなのでしょう。
だから私も人並みには遊んだりした。
友達とショッピングに出かけたりカラオケで声が枯れるまで歌ったり。
それは楽しい時間だったから、今年の夏はそれなりに満喫できている、と自分では満足してるつもりだ。
そんな理由で、今年もやっぱり恒例行事から逃げる事はできそうもない。
『勉強は午前中、涼しい間にすませましょう』なんて、よく言われる台詞だけど私にはとても無理。
私は夜、机の向こうにある窓から夏の大三角形を見ながら宿題に取り掛かる。そうすると、不思議と集中して進めることができる。
曇りの日は最低。
理由はもちろん星が見えないから。
雨なら諦めもつくんだけれど、曇りっていうその中途半端さが私をイライラさせる。
窓から外を眺めても、星一つ見えない暗い夜空ばかりで、そんな日は何かをする気になんてなれっこない。
そんな曇りの日が数日続いて、私もいい加減諦めがついたのか、残念だけど大三角形に見守られる事なく宿題をすませる事にした。
もちろん気分はのらないから遅々として進まない。机にかじりついて公式や文法を頭に詰め込んでも、さっぱり記憶できない。
数時間が経過して、少し気分転換にと近所を散歩してみる事にした。
普段は滅多にそんな事をしないんだけど、今日は何故かそんな気分だった。
部屋着のままで近所を歩くのは少し抵抗があったから、それなりに人に見られてもいい服に着替えて、よし、少し離れた駅前の公園まで歩こう、と決める。
私は女の子にしては歩くのが速い方で、十数分も歩けば駅前の公園に到着する。
少し涼しい夜だったせいか、思っていたより汗をかく事もなく目的地の公園にたどり着いた。
小さな噴水と花壇が敷地の縁沿いに設けられた普通の公園。
私は噴水の近くにあるベンチに座り少し休憩をする。
なんとなく空を見上げてみたけれど、やっぱり星は雲に隠れて見えない。
視線を噴水の方に向けると、そこには一組のカップルが手を繋いでさっきまで自分がしていた様に空を見ていた。雲がなければ、ちょうど夏の大三角形があるあたりを見ている。
しばらくして、男の方が大きな旅行カバンを抱えて駅の方へと歩いていった。
少し名残惜しそうに何度も振り返り、女性にむけて手を振る。女性も小さく手を振っている。
きっと遠距離恋愛のカップルなんだろう、と私はぼんやりと考える。
きっとあのカップルは二人で夏の大三角形を見たかったんだろう。ベガとアルタイル。織姫と夏彦。一年に一度しか逢えない七夕伝説に自分達を重ねていたのかもしれない。それがロマンチックなのかは私にはわからないけれど、きっとロマンチックなんだと思う。そう思いたい。
私はベンチから腰をあげ、よし、家に帰るぞ、と決める。
行きよりも少しゆっくりと歩いて、雲が流れて星が見えないかな、と期待して歩く。
程なくして家に着き、玄関を開ける前になんとなく空を見上げてみた。
夏の大三角形は、まだ見えない。
