日本人は自分を控えめに表現する傾向があるように思います。
自分を犠牲にして他人のためになることをする、そんなことも少なくありません。
いつも自分を犠牲にしているようでは、自分を大切にしているとはいえません。
そんな自分をかわいそうだと思いませんか。
ある職場では、得意先からケーキをもらう機会が多いのだそうです。
そのケーキは職場の女性たちでわけて食べます。
いくつかのケーキがあってわけて食べるとき、問題となるのがだれが先に選ぶかです。
先に選べる人は自分の好きなものを食べられるけれど、後になる人は残りものでがまんしなければなりません。
その職場で働く年配の女性(Aさんとします)は、いつも後輩たちに順番をゆずって、自分は残ったものを食べていました。
「みなさん、どうぞ。わたしは残ったものでけっこうですから」
そういわれれば、ほかの人たちは自分が先に選んで好きなものを食べるでしょう。
このことにAさんは不満を持っていました。
「たまにはAさんが先に選んでください」と気遣いを示してくれる人がいないからです。
でも、「先にどうぞ」といっているのはAさんです。
言葉のとおりに受け取って、ほかの人は先に選ぶでしょう。
自分がして欲しいことがあれば、はっきりといわないと伝わりません。
他人と自分は違います。
そのため、自分が思っていることは口にださないと、ほかの人にわかってもらえません。
ケーキを先に選びたければ、「今日はわたしが先に選んでもいい?」といえばよいのです。
そうやって自分の気持ちを口にだすことで、自分の気持ちが伝わります。
Aさんは自分をよく見せようと、これまで先にケーキを選ぶことをがまんしてきました。
人によく思われるために、自分を犠牲にしてきたのです。
しかし、そのことにAさんは納得できていませんでした。
だから、愚痴がこぼれます。
自分を犠牲にしては自分がかわいそうです。
そして、人生が楽しくありません。
また、犠牲になってまで何かをされる側はうれしくないでしょう。
自分を犠牲にする必要はないのですよ。
自分を大切にすることは幸せにつながります。
あなたが幸せならば、その幸せの雰囲気が周りに伝わって、ほかの人も幸せになります。
自分がやりたいことをするのは迷惑だ、なんてことはないのです。
