勉強ができない
かわいくない
自分でそう思っているかもしれませんが、それって本当のことですか?
勉強ができないとか、かわいくないとか、自分で欠点と思っているところは、ただの思い込みかもしれません。
そういうふうに思ってしまうのは、周囲の人にいわれ続けてきたからです。
子どものころ、親や先生から「おまえは本当に勉強ができない」「またこんな点数をとって」なんていわれていませんでしたか?
いつもいつもこんなふうにいわれ続けた結果、「自分は勉強ができない人なんだ」と思い込んでしまっているんです。
「おねえちゃんは器量がよいのに、おまえは」「こんな服を着ても似合わないからやめておきな」そんなふうにいわれて育ってきませんでしたか?
かわいくないといわれ続けて育ってきては、自分はかわいくないと思い込んでしまっても無理はありません。
でも、勉強ができないとか、かわいくないとか他人がいうことは、他人軸で考えていっていることです。
ある人にとってはかわいくなくても、別のある人にとってはかわいかったりします。
私はシーズーとか、ブルドッグとか、鼻がつぶれている犬はあまり好きではありません。
シーズーなどをかわいいという人もいますが、かわいいとは思えません。
人によって感じ方が違うんです。
これは犬の例ですが、人間についても同じことがいえます。
自分が欠点だと思っているところは、本当は欠点ではありません。
ただ思い込んでいるだけです。
思い込みをしていると損をします。
たとえば、自分がかわいくないと思っていると、人前に出ることにためらいを感じたり、着たい服を着れなかったりします。
かわいくない自分に自信を持てないから人前に出られないんです。
かわいくない自分にはこの服を着る資格なんてないと考えてしまって、着たい服をあきらめてしまうんです。
でも、これでは楽しくなくて損をしますよね。
他人にいわれることなんて気にしなくていいんです。
それはその人の考えで、別の人はまた違った考えを持っています。
他人のいうことを気にしている状態は、他人に振り回されているといえます。
自分軸で生きていないことになるんです。
自分の人生なのだから、自分軸で生きましょう。
他人のいうことに従って何かをしたとき、その結果を他人はとってくれません。
非難されたとしても、気にする必要はないんです。
欠点だと思っているところは、他人に「欠点」といわれ続けてきたから、そう思いこんでいるだけです。
「自分はこれがいい」と思ったなら、その気持ちを大切にしてください。
自分で「欠点でない」と考えれば、欠点ではなくなります。
他人の考えに振り回される必要はないんですよ。
