認知症の家族を介護している方は、日々大変な思いをしていると思います。
『マンガ 認知症』に登場するニコさんや母ルさんも、婆ルさんのお世話で日々苦労をしています。
そこへ、認知症を研究している佐藤先生がやってきて、「認知症の人はどうしてこういうことをするのだろう?」「どうすればいいのだろう?」という事を解説した本です。
介護をしている人がつらく感じるときの一つが、「お金を盗られた」と疑われるときではないでしょうか。
毎日毎日尽くしてあげているのに、何でこんなことをいわれなきゃならないんだ、という感じだと思います。
では、どうして「お金を盗られた」と疑ってしまうのでしょうか。
認知症の人は、自分が行ったことを覚えるのが難しいです。
老化によるものは「思い出せない」ですが、認知症の人は「覚えられない」なのです。
自分がお財布をどこに置いたのか、そもそも置いたこと自体を覚えていません。
そして、見当たらないので探すことになります。
しかし、探しても見つかりません。
そんなとき、身近にいる人を疑ってしまいます。
人は自分の失敗を認めたくないんです。
認知症でない人でも、失敗したときに人のせいにしたり、もともとこうだったんだと無理に納得しようとしたりして、失敗を認めようとしないことがあります。
認知症の人の場合は、失敗を認めようとしない結果、身近にいる人を疑ってしまうんです。
そんなときには「お金は大切だよね」と、いったん気持ちを受け止めてあげます。
そして、一緒に探します。
このときに、本人に見つけさせるようにします。
お金を盗られたという被害妄想だけでなく、徘徊をする、ご飯を食べたのに要求する、同じことを何度も言うなど、苦労が絶えないと思います。
家族が介護をしなければならないという認識を持っている人は少なくないことでしょう。
しかし、介護が大変なら家族が無理してやらなくてもいいと思います。
介護の家族神話に囚われて、「家族がやらなくてはいけない」と義務感で抱え込んだり、介護を自分の仕事のように思ってしまうと、介護はつらくなる一方です。重要な仕事を完璧に遂行しようと思うと、ケアがコントロールに陥りやすくなると思います。
その介護はだれのためのものでしょうか。
本来は認知症の人も家族も明るく楽しく過ごせるための介護のはずです。
それが、ケアからコントロールになっていませんか。
施設の人は丁寧に介護をしてくれます。
本書のマンガの中でこんな言葉があります。
私たちはご家族の負担を軽くするためだけではなく、利用者さんにも本人にも心穏やかに過ごしていただくためにいます。
施設の人たちは介護のプロです。
専門的な知識や技術を持ってケアをしてくれています。
家族の負担が大きくて、精神的につらくて、ときどき認知症の人にあたってしまうなら、他の人の助けを受けることを考えてもいいのではないでしょうか。
その方が、認知症の本人も家族も笑顔で過ごせるはずです。