『君のためなら千回でも』の主人公アミールは、裕福なアフガニスタン人の家庭に育ちました。
あるとき、罪を犯してしまいます。
その後、数十年が経過して罪をつぐなうことに。
この本を読んで「自分が蒔いた種は自分で刈り取る」という言葉を思い浮かべました。
この法則から誰も逃れることはできません。
主人公のアミールが子供のころに犯した罪は、大人になってから償うことになります。
アミールは、もう少しで命を失う危険に直面してまでやらなければならなかったのです。
その代償は大きかったのでしょうか。
私はアミールにとってよい結果だったのだと思います。
罪を償わずに過ごしていたら、ずっと罪悪感に苛まれていたはずです。
例え大きな代償を支払っても、彼の心は晴れやかになったことでしょう。
「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」
トマトが欲しければトマトの種をまかなければなりません。
イチゴの種を植えてもトマトは手に入りません。
愛が欲しければ愛の種を蒔く、人に親切にしてもらいたければ自分から親切にする。
人の悪口を言えば陰で自分の悪口を言われることに。
いつ刈り取るかはわかりません。
それは今世かもしれないし、生まれ変わったときかもしれません。
でも、いつか必ずその種を刈り取るときが来ます。
自分の行動には責任が伴います。