お正月なので実家に行った。

 

こんな地味なお正月の過ごし方は、

62年生きてきて初めてのこと。

 

私には妹が二人いて、

彼女達には孫もいる。

去年のお正月は

母には曾孫にあたる

赤ちゃん達も来て

それはそれは

賑やかなお正月だった。

 

今年は、コロナ感染を避けて

大勢集まらず

我々三姉妹と母だけで

食事をしようと

予定していた。

 

しかし、暮れに、妹の勤務先の

幼稚園でコロナ陽性が出て

妹も「濃厚接触者」なので

検査の結果がでるまで

自宅軟禁になった。

(後日妹は陰性と判明)

 

なので、母と娘二人だけの

三人で静かなお正月。

 

ひょんな事から母が

戦中、戦後の事を話し出し

私は、このような機会は

もうあまりないだろうと思い

こっそりスマホで録音した。

 

たっぷり1時間半

ナマの昭和史が録れた。

 

コロナの怪我の功名。

 

 

 

 

2021年

新年明けましておめでとうございます。

 

2020年の冬至頃から占星術の界隈から

「地の時代から風の時代へ」と

よく耳にしました。

 

本当の意味は、よく知りませんが

イメージ的には

 

地の時代が

どっしりと地に根を張った

タンポポそのものなら

 

風の時代は

綿毛が風に乗って

ふわふわ飛んで行く感じ?

 

山奥の杉の花粉も

庭先のミモザの黄色い花も

風に乗って飛んで行く。

 

とこかに着地して

また何十年もかけて

樹に育っていくのかなぁ。

 

風の時代が始まりました。

そういう訳で、

世の中的にも私的にも

いろいろあった2020年も

今日は大晦日。

 

大晦日といっても、去年までの私は

大晦日らしいことは何一つしませんでした。

 

だって30日まで予備校の冬期講習で

また2日から次のタームがあるし。

 

入試シーズンが終わるまで        

風邪をひくわけにはいかないので

とにかく健康第一で。

 

大晦日と元旦は体力回復の充電期。

とにかくよく寝なきゃ。

大掃除とかお節の準備?

無理でしょ、そんな。

とにかく休まなきゃ。

 

と、自分を正当化しながらも

どこか後ろめたい気持ちは拭えず

心から喜べない迎春でした。

 

ところが、そんな私にも

大晦日に大晦日らしい過ごし方が

できたのです。(当社比)

(お節は相変わらず外注)

 

午前中にデパートに出かけ

お節料理や食材を買いそろえ、

午後はコインランドリーに

乾きにくいバスタオル等を入れ

待ち時間中に氏神様に大晦日詣でをし

銀行に行って家賃の振込みをし

そして洗濯物を取り出して家に帰り

掃除して晩ご飯の支度。

 

手の甲で額の汗をぬぐい

(雪の舞う寒さなので、

実際には汗は出てないが)

ふうっと一息つく。

 

こんなにサクサク

家事ができた大晦日なんて、

生まれて初めて!

ああ私、なんていい主婦なの!

 

そう。

朝に書いたあの一枚の方眼ノートが、

私を、大晦日を正しく過ごせる

一人前の主婦にしてくれた。

 

ありがとう!

10minFOCUSmappingⓇ

(テンミニッツ・フォーカス・マッピング)

 

 

そういう訳で、私が変わったっていう

お話の続き。

 

一体私に何が起きたのか。

何が私を変えたのか。

 

それは

 

方眼ノートです。

 

私が「方眼ノートメソッド」を学び

あげくに「方眼ノートトレーナー」になったからです。

 

 

は?方眼ノート?

そんなん、みんな普通に昔から使っとるし。

それが、どうしたっていうの?

 

と、私も実際に方眼ノート講座を受けるまでは

そう思ってました。

 

それが、全然予想してたのと違ったんです。

 

頭がいい人はなぜ、

方眼ノート

使うのか?

の著者、高橋政史さんが開発した

「方眼ノートメソッド」は、

 

その方法で正しくノートを使えば、

確かに頭も当然よくなりますが、

頭だけじゃなく、心にも効くんです。

 

方眼ノートを正しく使えば、

勉強や仕事の成果が上がるだけじゃなく、

人間関係の問題も解決しちゃうんです。

 

だって、方眼ノートに書けば、

感情の整理ができるようになるんだもん。

 

というわけで

予備校講師歴30年の

私の教え方が変わったんです!

 

年齢62歳の私が、自分の感情に

振り回されなくなったんです!

 

60歳過ぎても、人は成長できるんです!

なんか、嬉しくないですか!

 

そういう訳で、20年間、同じ講義内容を話していたのに、今年になって、いきなり伝わるようになったのは、私に起きた変化のせいではないか、という話の続きです。

 

◆私の何が変わったかというと、基本的な気持ちの部分です。

 

今となっては、お恥ずかしい話ですが、去年までは、生徒の答案の添削をしながら「なんでこんなに出来ないのかなぁ。」と、出来ない点や間違いに集中的に目が向いていました。また、一緒に添削している他の先生方の「こんな事も書けてない!」というコメントが、あたかも私の講義での教え方が悪いから生徒が間違えるのだ、という自分に向けての批判に聞こえ、あまり愉快に思えなかった部分もあったかもしれません。

 

このように、添削作業で疲労して、どんよりゲンナリした気持ちのまま教室に行って解説講義すれば、いきおい話の内容もネガティブになっていたでしょう。「これこれこういう間違いが多かった。この書き方ではダメだ、減点されるぞ。」と、批判と脅しばかり聞かされれば、生徒達だって、耳を塞ぎたくなったでしょう。私が必死に話せば話すほど、生徒達は、頭と心の扉を閉ざしてしまったと考えられます。そんなんじゃあ、できるようにはなりませんよね。

 

それが、今年は、変わったのです。

 

私は、感情を乗せることを止めたのです。

「何回言ったらわかるの!何でできないの!」と思わなくなったのです。

 

答案のそこにあるのは、ある単語の使い方が正しくない、という事実があるだけ。おそらく日本語で言いたいだろう事と英語で書かれた文の意味が違う、という事実があるだけ。今この12月という時期にその違いに気付いたら、2月の入試本番で正しい表現が使えるようになっているだろう、という希望があるだけ。

 

どんなに生徒が間違いだらけの答案を書いてきても、私はネガティブな感情を一切まとわずに教室に行くことができるようになっていたのです。「これはダメ」という言い方は、「こう書くといい」に変わりました。

 

そのせいでしょうか。生徒が私の話を聞く姿勢が去年までとは随分違ったのです。

みんなマスクをしているので目しか見えませんが、その両目がまっすぐ私の方を見ています。私も、彼等の目をまっすぐに見ています。

 

そうした講義の積み重ねで、3日目、4日目になると、英語らしい論理展開のある見違えるようなパラグラフが書けるようになっていったのです。

 

このように私は変わりました。

感情にコントロールされない術を身につけていました。

 

では、私を変えたものは、一体何だったんでしょうか。

 

それは、また明日。