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文化系寄り道倶楽部

アラフォーで2児のパパであり、80年代の音楽をこよなく愛し、ガンプラを愛で、パソコンをいじくり倒し、台所を妻から奪い取り、キングの小説におびえ、究極超人あ~るで笑いころげ、夜な夜なUST配信をしている

苦手な生き物 ブログネタ:苦手な生き物 参加中
本文はここから






そりゃあ、毛虫でございます

まぁ、昆虫の幼虫は総じて、気持ちのいいものではないのですが、たとえばカイコは学校の授業で買っていたことがあるし、青虫は、カイコの延長で大丈夫になりました


尺取虫とか蓑虫とか、まぁいいでしょう


かぶとやくわがたの幼虫も、わかっていれば、どうということはありません


しかし・・・



毛虫はいけません


だって、あのいでたち

そもそもが外的から身を守るために、あのようなけばけばしい格好をしているのです


しかも、なかにはその毛に毒を持つものもいる


なんとおぞましいんでしょう


青虫系のそれと違って、這うというよりかは、蠢く(うごめく)かんじ 怖いです


しかも、やつらは時々大量に発生します


以前、我が家の前のツバキにチャドグガの幼虫が大発生し、ツバキは食い尽くされ、行き場を失ったやつらは、アパート中を蹂躙(じゅうりん)し、玄関の近くの壁や、ベランダの物干し竿まで近づいてきました。


なんということでしょう


ちょうどそのとき、書き上げた僕の小説は、まさに毛虫をテーマにしていました

その作品は、アメブロで生まれ

「蟲」というタイトルから「蟲~小学5年の悪夢」にかわり、さらに先月「蟲夢」として再々リライトしました。

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蟲夢


舞台となる、小学校は実際に私が通っていた歴史ある学校で、この春に、久しぶりに母校を訪ねたら、なんと廃校が決まっていると…正確には小学校と中学校を統合して、小中一貫教育とかそんなことらしいのですが…


かなりショックでした

で、そのエピソードを加えて、『蟲夢』として書き直しました。


恐怖に打ち勝つには、逃げてはいけない

これが、この物語の最初のテーマでした。
毛虫という、自分が苦手な生き物をただ、怖がるのではなく、恐怖を分析し、そして活路を見出す


そして今回新たに加えたテーマがあります
それは、『不思議なことはあるものだ』 ということ

僕が、思うに、廃校となったことを知らずに、それでも、まだ学校の校舎がほぼ完全な状態で残っているうちに、あそこに行こうと思ったこと事態、『不思議なこと』であり、僕はそのサインに反応し、あの場所を訪れました。この作品『蟲~小学5年の悪夢』は、そこか不完全な気がしていました。それで、いちど、現場の取材をして、物語のてこ入れをしないといけないと思っていました。

その機会を、ぎりぎりのところで与えてくれたこと
しかも廃校という どうしようもなく人をノスタルジックにさせてしまうこと
そういうことが、僕の創作意欲に大いに刺激になりました


この作品は8月にある賞に応募した作品です
なにがしらのいい結果が出たとしたならば

それはもう 本当に

不思議なこともあるものだ

と思うしかないかなw
2011年 こんなに誰かに会いに行った年はない。

ソーシャルネットワークで知り合ったいろんな人たち。


数年前の自分であれば、多分、違う行動をしていたと思う。


数年前、15年近く努めていた会社が倒産し、その後のいろいろな出来事。


僕はそういうものに、どこか一瞥を下しながらも、それでも最後まで見てきた。いや、それは今でも続いている、とてもとても滑稽な現実の姿なのだ。


僕はその現実の姿から、いろいろなものを感じ、その化学反応として物語を書くようになった。

そしてその発表の場を最初アメブロにしていたのだが、やがて小説の投稿サイトを利用するようになる。

あわせて、当事、ハヤブサが7年の時を経て地球に帰還。その模様を初めてUSTでみた僕は、そこで何かが変わった。

twitterのアカウントをとり、MeQue_MeQueとしてのキャラクター作りに、当初クリストファー・リーのドラキュラの写真を利用していた(これは違法ねw)

さて、ここに列挙した内容の時系列はともかく、僕は徐々にソーシャルネットワークを活用する機会が増えてくる。結果僕は、ソーシャルメディアを活用して精力的に活動しているメジャーアーチース 坂本龍一に再び、出会い、それに感銘をうけた向谷実といった、僕にとって懐かしい人たちと再開するきっかけを得る。

そして、さらにそのファン、さらにそのファンが支援するインディーズアーチストに出会う。

一人はキム・ビアンカ
一人は山作戰

そして、そのインディーズアーチストを支える多くのファンに共感を持つ


「そうだ、みんな、アレを持っている」


僕はそんな人たちと とても つ・き・あ・い・た・い って思ってしまって

気がついたら、実際に会いに行っていた



この一年を振り返ると全てが一つの道に繋がっているような気がしてならない


そういうことを、「不思議なこと = strange things 」というのかもしれないけど

案外と世の中は、そういうものでできているのではないか?

そういうことを、表現したくて、物語を書いているのではないか?

と、思う今日この頃である


で、アレを持っているという歌を紹介します










山作戰のCD『山作戰』の6曲目に収録されている『櫻の木と櫟の木』のアコースティックヴァージョンです。


この歌詞には さくら くぬぎ そして雨が情景として歌われています

晴れた日にきれいに咲き誇るサクラの木を思いながら、雨の中、その桜の陰に人知れず佇むクヌギは、濡れながらもあなたを見守る

心情よりも情景

目に映る光景よりは、心の中に残る、おぼろげで儚げな思い


心を歌わずに見たものを歌い、しかし聴き手に残るのは、なんともせつない思い


不思議な曲です

とても、美しい曲です
ソーシャルメディア(※1)が発展し、ローカルな情報とマスメディアの格差がなくなりつつある昨今、より必要な地域の情報をきめ細かく発信していこうという動きが加速している(と思う)


そういう世界に首を突っ込んでいると、そう見えるのだが、もちろん、ここにはデジタルデバイト(※2)という問題があり、それを実感できたり、有意義に使えたりする人は、必ずしも多いとはいえない


自分は仕事柄、そういうことにはちかいところにいるし、なによりそういう機械いじりみたいなことが好きだった。男の子は総じて、そういうものだった・・・というのは昔の話だろうか。まぁ、それはさておき、本題としては、実はそういう「地元からの情報発信」ということについて、都心部は地方に比べて疎いのではないだろうか? という話



ボクの住んでいる江戸川区は、決して都心部とはいえないし、地方からは千葉? ディズニーランドの近く? といった感じに見られている。確かに江戸川を越えればそこは浦安。荒川を越えなければ都心にはいけない。都心に向かう沿線に住んでいれば、東京まで30分もかからないというのに、江戸川区は川沿いに長く、東西南北の地域差は大きい気がする。

つまり、江戸川区 といっても一つの地域 とは言いがたく、本来であればそれぞれの地域でコミュニティができ、それぞれが地域の情報発信をすることで、各地域ごとの特色を知り、相互に助け合ったりできるんじゃないだろうか? って思ったりもするわけです。古くから栄えていた小岩・新小岩の地域と葛西・西葛西の少し前の振興住宅街(しかし、未だに新しいマンションが次々と建っている)では、地域性が全く違うし、同じ区民であるという意識は希薄ではないかと思う。実際、区役所に行くのでもなければ、葛西・西葛西地区の人は小岩・新小岩には行かないだろう


物理的な理由、歴史的な理由。いろいろあるけれど、ともかく自分が住んでいる葛西・西葛西地域からのローカルな情報発信っていうのをやってみたいなぁと最近強く思います


どんな飲食店があるのか、スーパーの特売、医療施設の情報
専門の情報サイトはいろいろあるけでど、なんとなくライブ感にかけているというか、広く多くの人をターゲットにしすぎていて、今ひとつ個性的な魅力がない

そういうものは、そういうところに任せて、或いは必要な部分だけを利用させていただき、僕は僕で得意な分野の情報発信をできたら面白くないかなぁと思ったりします



どんな形で立ち上げるのか、まだディティールは固まっていないですが

たよたよのブログ

だったり

魔人光一/猫に東京スカイツリー改め新たなる絵はがき館

だったり

西葛西駅前で路上ライブをやっている
FeelAround
西葛西路上ライブ



パキラ


とか


こういう面白いことをやっている人たちもいるので、前向きに遊び心満載でやっていけたらいいなぁと、妄想中ですw


ちなみに!


ボクの今書いている物語の中の下駄の男シリーズは、まさにこの地域を舞台にしたお話ですw

物語の舞台は 笠井町(かさいちょう)
ありそうで、なさそうな、なんか似た名前の地域があるなぁ みたいなw

前置き 女の見方じゃなく 味方ね 敵味方の味方!

そしてできたら、この前のブログ『魔法少女』もあわせて読んでいただけるとうれしいです


僕が小学生の頃の話。
小学3年生くらいからかな。学級会とか、クラスの問題を話し合う会? それだけじゃない。休み時間に遊んでいるときもそうなんだけど、僕はよく『女の味方』と揶揄されることがあった。


何かもめごとがあったとき、それはだいたいが、男子と女子とで意見が分かれたりするんだけど、僕の意見は女子の意見に近かった。だから、多数決をとるとき、僕の手は、女子のたくさん手が上がっている中にいた。

「みんな目をつぶって」
と、先生が言ったところで、だいたい一人くらいは覗き見しているヤツがいて、そういうことはすぐにバレてしまう。


「お前、いいこぶってるんじゃねーよ。女の味方」

どんなに罵声を浴びても僕は動じなかった


そう、僕は頑固なのだ

僕がそうだと思ったことを、いくら揶揄されても動じなかった


それに、今にして思えば、男子の意見は基本的に子供っぽい・・・たぶんそうだったと思う


かと言って僕は常に女子の味方というわけではなかった


誰と遊ぶかといえば、やはり野球をするし、やんちゃなイタズラもする

「いけないんだ~ 先生に行ってやろ~う」と女子に告げ口されることもしばしばだ。


遊ぶ時は男の子モード

思考は女子モード

いや、遊ぶ時は子供モードで、考える時はちょっぴり大人モードだったのだと思う


はたして、今の子供たちがどうなのかはわからないけれど、近いうちにそういう作品を書きたいと思う


僕が、物語を書くときに、なんとなく女子の気持ちになって書けるのは、そういう経験があったからかなぁと そんなことを思ったので、書いてみたのですが、実はそれだけではなく・・・


最近USTやツイキャスなどで、情報発信をしている女性アーチストや放送に携わる人の話を聞いていると、「なるほどなぁ」とか「それは面白いな」とか「その発想はなかったなぁ」とかいろいろ刺激を受けることが多い。

たぶん、アンテナの問題で、そういうことを面白いと感じる受信装置が僕の中にあるのだと思う。場合によってそれは刺激が強すぎて、僕を混乱させることもあるけれど、それが培われた土壌というのは、やはり、少年期にあるきがする。


少年期 同年代の女の子は僕にとって常に大人だったし、男の子同士では得られないような刺激を与えてくれていたかと思う。僕は常に女の子たちがどんな話題で盛り上がっているのか、聞き耳を立てていたことを思い出した。彼女たちが読んでいる少女漫画は、少年漫画とちがって、どこか大人びているストーリーが多かった。とくに小学校5年生~6年生あたりに女子は大きく変化する。

今、娘がまさにその時期なのだが、彼女も子供から少女、そして少女から大人の女性へと成長していく

いまのところ娘とは分かり合えているつもりだが、さて、どっかの時点で父親離れるすときが来るのだろうな・・・こわい こわい


あ、そうそう

怖いといえば・・・


僕はいろんな女性の考えに共感したり、ときにその生き方に憧れたりもするのだけれど、カミさんだけはわからないw

ある意味 一番 神秘的な存在かもしれない