昨日はメンテナンスの考え方で「素材を知る」でワックスを例に出し、説明しました。今日は折角ですので、ワックスについての説明を加えていきましょう。
「素材を知る」上で、ワックスにはもう一つの重要な要素があります。ワックスはとどのつまり透明で剥離の出来る「水性ペンキ」です。亜鉛で金属架橋させた水性ペンキなのですが、高アルカリで金属の架橋が崩れ、綺麗に取れてしまうと言う特質を持っています(昨今では亜鉛の代わりにカルシウムやプラスチックを使った環境対応型もありますが)。
今から半世紀近く前に米国大手化学メーカーのローム&ハース社が開発しました。通常では高アルカリに酷く弱いペンキでは役に立ちそうもないのですが、床用のワックスとしては最適だったのです。
床に塗布するコーティング剤は必ず汚れ、劣化します。その際に、完全除去が可能かどうかが床用コーティング剤として普及するかどうかの決め手になるのです。除去が困難ならば、床維持剤としては使い難いのです。その点でこのローム&ハース社が開発した樹脂ワックスは高アルカリの剥離剤を使う事で簡単に除去出来るので、世界を席巻したのです。3M社の直ぐに取れてしまう接着剤がポストイットと形を変えて一世を風靡したのと似ていますね。
その後特許が切れ、今では各メーカーが独自に制作できるようになりましたが、基本的な構造は半世紀の間変わっていません。ワックスは通常は毎月汚れをシッカリ取る為に洗浄力の強いアルカリ性万能洗剤で床を洗浄し、洗剤分を十分に取る為にモップによる水拭きを2回し、完全乾燥させた後で、ワックスを再塗布します。この手順を1年から2年続け、ワックス自体の汚れが、美観上宜しくなくなった所で、高アルカリの剥離剤を使用し、古いワックスを完全に床から除去し、また新しいワックスを塗るという手順を繰り返すのです。しかし、昨日も述べたように、毎月のワックス再塗布作業(定期清掃と言います)の請負金額が少なくなってくると、水拭きが甘くなるのです。
一般に我が日本での水拭きは甘目です。日本では水拭きと言う言葉は一つしかありませんが、英語では Damp mop(ダンプモップ)とWet mop(ウエットモップ)と言う2つの言葉があり、やり方は全く異なります。日本での水拭きはDamp mop(ダンプモップ)になります。モップに水を含ませて床を拭いて行く方法です。一方ウエットモップとはバケツにモップ絞り器を付け、バケツ内の水をモップで床に塗り付けていきます。そして床にタップリこぼされた水をモップを使って床を拭きながらバケツに付けた絞り器でバケツ内に汚水を絞り落としていきます。言ってみると床一杯に広がった水をモップを使ってバケツ内に回収していくイメージです。ISSA(International Sanitary Supply Association)の『540標準作業時間』では100㎡(正確には1000スクエア・フィートですが、同じようなものなので)当り
Damp mop(12オンスモップ)16.8分
Wet mop(同モップ)45分
です。
(注:ISSA 米国のビルクリーニング協会の様なもの)
定期清掃(ワックス再塗布)の際には本当はウエットモップが正しいのです。アルカリ性万能洗剤はかなり強い洗剤で、薄めのダンプモップでは中々取り切れません。まして、多くの日本の現場では水を堅絞りにしたT字モップ(世界的には非常に綿の量が少ないモップ)で2回拭く(直ぐに乾かしたいため)だけですので、アルカリ除去はほぼ出来ません。残留したアルカリ分は目に見えないのでそのままワックスを塗布してしまいます。出来上がりは綺麗なのです。しかし、アルカリが残ったワックスに新しいワックスを塗布する事になる為、段々欠点が出てきます。間に入ったアルカリ分がワックスの被膜を弱くするのです。歩行線が黒ずんだり、剥離が早まるなど様々な支障をきたします。
このことから、いつも思うのですが、安易な定期清掃は却って床を汚すことになるので、定期清掃から他の方法へ移行した方がよほど合理的です。削っては塗ると言う単純な工程の繰り返しよりもワックス自体を財産と考え、それを持たせる「フィルムメンテナンス」へ移行した方が合理的でしょう。簡単に言えば定期清掃の変わりに補修清掃(リストレーション)を活用します。床をアルカリ性万能洗剤ではなく、新しい水拭き不要で床や環境に優しいハイブリッド万能洗剤を使用して洗浄し、光沢復元剤を塗布し、管理する方法です。作業時間は定期清掃の6割程度で済みます。また、ビルドアップ(汚いワックスが溜まってしまう事)も起こしません。
同時に、日常清掃も単なる掃き拭きから、土砂除去を目的としたマット管理とダストモップを徹底させます。そして、綿モップでの水拭きを自動洗浄機やマイクロモップでの洗剤(ここでもハイブリッド万能洗剤)拭きに切り替えます。
以下の様になります。
被膜形成⇒掃き拭き(毎日)⇒定期清掃(毎月)⇒剥離清掃(毎年)
から
被膜生成⇒合理的な日常清掃(マット管理・マイクロクロスや自動洗浄機の活用・ノンリンス洗剤使用)⇒光沢復元(補修・毎月)⇒定期清掃(3~6~12カ月=状況による)⇒剥離清掃(5~10年)
こうすれば、相対的な作業時間が大幅に縮小し、美観も向上するでしょう。
もう一つ、ワックス塗布の際の「素材を知る」のテーマがあります。ワックス塗布の際に扇風機を使用し、乾かすのは感心しません。長くなりましたので、理由は次回にしましょう。

ISSA作業標準時間