迷子の大人たち2

迷子の大人たち2

~もしもエエ加減な男が農業を始めたら~「池田なません」の【ニワトリノニワ】農場経営者池田司が送る、脱力系テキトー農業日記

ストックホルム症候群。
 
とは、誘拐監禁事件などで被害者が犯人に好意など何らかの心理的繋がりを持つようになることを言う。
 
王様と奴隷。
 
人は誰かに支配されることを頭の中では嫌だと思う。しかし実際意図せず支配下に置かれてしまうと、このストックホルム症候群を発症してしまうのだ。これは心理的な安全弁とも考えられる訳であるが、皆さんも知らず知らずの内にそんなスットコドッコイなことになってなきゃいんですが。
 
 
ま、いつものヤツどーぞ。
 

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

 いつも有り難うございます。

 

先日はニワトリノニワにお立ち寄り頂き誠に有り難うございました。7,8年ぶりですよ。後で気づきましたがお茶の一つも出さず大変失礼致しました。突然でしたが冷えた缶コーヒーくらいあったのに、と悔やんでおります。また、この文章ちゃんと読んで下さっているとのこと。今回から文字は大きめに、プリントは明確に印刷しますんで。いつも読み辛くてすみません。

 

それはさておき、エリザベス女王の訃報が伝えられております。

 

ニュースではイギリス国民がバッキンガム宮殿に集まり「女王の一番の功績は国民のために働いてくれたことだ」と涙する姿を映す。それを見て、かねてから王制について疑問を抱いている私は「ん?」と思ってしまう。
王様って何をした人なんだ?と。

 

その昔のことなら王様は独裁者であって国の全てを自分のものと誇大妄想を抱き、貴族や護衛に当たる騎士だけを特別扱いし、庶民からは年貢をまきあげ生活を苦しめ自分らは悠々自適に富を持て余して遊んで暮らしていた人たち、と言えるのではないか。

 

そういう庶民を搾取していた身分の人の子孫を国民のために尽くしてくれた人だと訃報に涙する現代人とは。
日本の天皇だって同じである。戦国武将にしたって暴力で庶民の領土と富を支配し年貢をフンダクリ苦しめたという、現代なら処刑もののトンでもない人物だとは思わないのか。

 

国内の話題の中心は安倍元総理の国葬問題である。

 

彼を国葬にするか否かを内閣が独断したという。我が国を代表する自民党を歴代最長の政治権力へと導いた輝かしきリーダーを国の誉たる国葬として何が悪いというのか?いかにも我々はエラいのだと勘違いしている自民党幹部が言い出しそうなことである。

 

しかしその長期政権たらしめたのが反社会的組織と言っても差し支えない旧統一教会による政治的援助だったとしたら?

 

人間は社会的な生き物である。

 

この意味する所はヒエラルキーを欲するということである。人が群れると必ずリーダーを欲する。一国のリーダー、会社のトップ、一家の主。動物行動学的にはリーダーがいることで群れの統率が取れ、メンバーの精神的な安定が得られるのだと考えられる。

 

しかしそのリーダーとなる者は虚栄心の強い者か、そうなる可能性が高い。自分はリーダーとしてふさわしいと思わぬ者はリタイアするもの。あの第一次安倍内閣のように。虚栄心とは心理学的に言い換えれば自我の肥大化である。

 

そして自我は暴走する。我々人類はまだ未熟だからだ。

 

自分はエラいのだと思い込みがちなのである。そして人々を牽引するリーダーから人々を精神的にまで支配する王となる。つまり我々が王を欲し、王は自我の肥大化を起こして支配者へと成長する。

 

「すべての人間は生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」

 

と世界人権宣言の冒頭にある。だが社会的動物としての人間は本当は平等なんかを求めておらず、常に誰かに支配され何も考えずに支配者の愚痴でも言っている方が安心なのである。部長のバカ野郎である。安倍のバカ野郎である。

 

この、平等ではありたいが支配されたいという矛盾を一見克服したように見えるのが資本主義であるが世界の富の4割、5割をたった1%の超富裕層が占めるに至っては20世紀のこのシステムはもう古いと言える。余りに不平等である。

 

だからと言って岸田内閣が掲げる新しい資本主義は自我の肥大化を防げ平等と支配を同時に実現するもの、とはならないでしょうね。だって選挙で勝つためならカルト教団の手をも借りる人たちだもの。

 

あ、そういや話はイギリスにもどりますがイギリスでエリザベス女王が独裁者の子孫だなんて言おうものなら罰金刑を喰らうので気を付けてくださいよ、ま、バッキンガム宮殿だけに。

 

お後が宜しい(?)ようで。

 

 

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進化しない生き物。
 
と、聞いて思う浮かべるのはシーラカンスやカモノハシだろうか。
 
進化と言えば新型コロナウイルスの進化(変異)はとてつもない。未だかつて人類80億もの規模でパンデミックを分子進化(遺伝変異)の観点からこれだけ詳細に追った経験は勿論ない。
 
従って感染力の進化、弱毒化など科学的に極めて価値のあるデータが蓄積され今後の生物学の進歩に貢献することだろう。何より現時点で世界人口の7.4%に当たる5.87億人もの罹患者、そのDNAにウイルスが忍び込んでいるのだ。これが人類の未来にどのように影響を与えるのか。
 
さて、冒頭の進化しない生物の代表格、シーラカンスは深海に住み環境の変化が少ないから、と考えられる。ということは、文明に守られた人間も・・・
 
 
じゃ、いつものヤツどーぞ。
 

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。

 

人類はもう進化しない。もう10年以上前にイギリスの生物学者が発表した論文である。進化には遺伝的多様性と自然選択、つまり淘汰が必要なのだが、現代人は少子化により遺伝的多様性は失われ、更に文明が進歩したため荒々しい自然による淘汰が行われないため、であるという。
 
ホントにそうだろうか?
 
多様性に関しては今回の新型コロナウイルスなどのパンデミックによって人類に新たな遺伝子が生じる可能性は劇的に増加する。淘汰に関しては、環境的な自然淘汰は起こりにくいだろう。しかしこれについても、もっと致死率の高いウイルスによるパンデミック一発で淘汰は簡単に起き得る。
 
従って人類はもう進化しないという学説については検討の余地ありと私は考えている。或いはそのパンデミックが神を名乗る狂信の手によって起こる可能性も大いにあるのだが。
 
さて、進化と言えば。
 
進化するのはもちろん人類ばかりではないのである。先日たまたまNHKラジオの「子ども科学電話相談」のHPを見る機会があった。過去の質問の中で一つ気になる質問が。それは・・・
 
「魚は何年も人間に食べられてきたのに、なぜ食べられないように進化しないの?」(小学3年生すずねちゃん)
 
このすずねちゃん、毎日晩ごはんに魚が出てくるからなんでこんなにつかまるんだろう 、と思ったらしい。自分が魚なら、と考える感性が素晴らしい。それとも10歳くらいって皆そんな感じだったろうか?
 
この質問に対して答えるのが横須賀市博物館の元館長氏。要約すると、魚は普段人間と同じ環境に住んでいないから人間から逃げる術を学ぶ機会がない。また人間は魚よりずっと賢いからどんなに魚が進化しても必ず捕まえる能力を持っている、だそうだ。
 
E? いや、え?である。この元館長氏子供の純粋な質問に教えられるほど賢くないのでは。
 
そもそも進化がどういう風に起こるのか理解していない。人間に食べられる美味しい魚は今まさに捕りすぎによって淘汰されそうになっているではないか。そして現に人間に食べられない魚もいっぱいいる。つまり食べられないよう進化した仲間もたくさんいる、と言えないだろうか。
 
人間に食べられている魚がこの先淘汰をまぬがれ進化する可能性があるとすれば、人間に都合の良い遺伝子を組み込まれて自然繁殖の道を捨て(られ)養殖魚として閉ざされた暗い未来、ただ食べられるために生きる未来、にのみ可能性がある。これが進化と言えるかは別として。
 
これを聞いて魚の気持ちを考えられるすずねちゃんなら今晩から魚を食べるのを止めるかも知れないが、人間が生きるということは他の生命を暗い未来に追いやること、と理解する良い機会になっただろうに。そしてこのことは魚だけではなく、野菜(植物)や家畜(動物)の運命も同じである、と。
 
人類は、養殖や畜産、農業を自然破壊と切り離して肯定的、食料危機を救う、まるで良いことのように捉えがちである。しかしたとえビーガンだって他の生命の未来に暗い影を落としていることには変わりがない。だからいたずらに正義ぶるのはいかがなものか。
 
我々は他の生命を奪い淘汰を与えながら毎日を生きている。卵を生産する畜産農家として、私は言い訳せず日々向き合って生きているつもりである。
 

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アニマルウェルフェアってご存じですか?
 
最近東京オリンピックの影響からか上記の言葉が結構ニュースでも取り上げられている気がする。と、言うのも。欧米ではもっとずっと前からアニマルウェルフェア的な考えが普及しており、その飼育方法によって商品がランク付けされているらしい。
 
ここでアニマルウェルフェアがどういうものかを誤解を恐れずチョー簡単に説明しとこう。
 
家畜も生き物なのだから犬猫のペットと同様に、檻に入れっぱなしとかにしないで生きている限りは可愛がって「人道的」に飼育してやろうよ、ということ。人道的と言ったのは私が思うに、まさに人間的な衛生基準に則っていると感じるからだ。
 
動物は糞尿にまみれている。と言ったら語弊があるだろうが、自らの文明に侵された人間と違って忌み嫌うことはない。そこには糞尿に含まれる微生物の接種など何らかの意味合いが見いだせる。いわばプロバイオティクスとも考えられるのだが人間が考えたアニマルウェルフェアの基準ではまるで水洗トイレを設置しなさい的な記述がみられる。
 
それでは擬人化ウェルフェアでしょう?
 
ともかく欧米では例の過激なアニマルウェルフェアの団体が影響力を行使してきた歴史があるため政府もきっちりとした基準を作り「人道的」でない畜産農家の生産物を間違っても彼らが口に入れないように区分けしているという訳だ。そんな流れがオリンピックの選手村を通じてもたらされた、という経緯である。
 
我らがニワトリノニワも檻に閉じ込めたりしないので一見アニマルウェルフェアにマッチした農場と言える。従って知り合いの元日本獣医畜産大学( 日本獣医生命科学大学 )の教授が10年前に立ち上げたアニマルウェルフェアなんとかという団体に加盟させられていた次第である。
 
だが私は上記の通り擬人化みたいで気持ち悪いと思ったのと、何か意志があってやることに団体行動する必要はないと思っていたので知り合いが代表を降りたのを機会に脱会。悪口言うことになって申し訳ないが、同会のメンバーであるほとんどの畜産農家たちはアニマルウェルフェアの牧歌的イメージを利用して売ることばかり考えていて畜産のあるべき姿を真剣に考えているようには私には思えなかった。
 
アニマルウェルフェアなんて洒落た概念も別に悪いとは言わないが、面積当たりの飼育数を減らすことになるので必然的に生産物の量が減ることになる。生産効率が下がる。つまり卵が高くなったりたまにしか食べられなくなってしまう。もうじき100億を超える人類がこれで本当にいいのか?
 
この問題は以前ここにも書いた有機農法などの問題とも似通っているので参考にしてほしい。
 
 
 
余談だが最近イオングループが「わが社は全面的にアニマルウェルフェアに取り組んでいく」なんてヌカしてやがった。というのも私が10年前にイオンに営業した際、「わが社は完全人工管理で衛生的な ウインドウレス鶏舎の卵しか販売しない方針です」と見向きもされず1分で終了、取り付く島もなかったからだ。
 
何故ウインドウレスなんですか?と聞いたら窓があったら鳥インフルエンザが怖いじゃないですか、と真顔で答えていたクセに。
 
と、ついアツくなってしまいがちだがともかくいつものヤツどーぞ。
 
 

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。

今年に入って主に世界情勢の不安定さから食料高騰が注目され、食料問題を扱うニュースなどが増えたように思います。その理由からでしょうか、最近未利用魚の活用なんて話題がSDGsの考え方にマッチしているという風に紹介されているのを見て唖然とします。

未利用魚とは網で捕った魚の内流通に回されない魚のことで今それらを集めて販売するのが流行っているそうです。これを美談のように報道されていることに非常に違和感を感じる訳です、私は。

未利用魚問題の本質は、流通に乗らない魚を利用しないのは勿体ないということではなく、それらの魚を捕獲してしまうことにあるのではないでしょうか。つまり網で一網打尽に捕ってしまうののが問題で、梅原さんが昔から応援するカツオの一本釣りのように欲しい魚を狙い撃ちするような漁法こそが環境に負荷をかけない漁だと思うのです。

それを、捨てていた魚を利用するからエコロジーだ、などと偽善ぶり要は収入を増やすことだけを考えているように私には思える。

でも考えてみてください。捨てていた魚はその後どのような経緯を辿るのか。市場近辺にはネコがたくさんいる。カモメなどの野鳥もたくさんいる。彼らが捨てたエサの殆どを利用しているのではないか。更に死骸に寄ってくる虫、微生物などなどが利用しているハズです。

彼らに生きる権利はないのか?

数年前、当時入会していたアニマルウェルフェアなんとかという会の会議に出席した時のことです。獣害対策の話題で耕作放棄地の問題について、利用していないから獣が寄ってくる、食料自給率が低い日本で耕作放棄地は勿体ない、悪である、という話になりそうでした。

耕作放棄地とは人間が一度畑として切り拓いた土地が例の農業人口減少の問題などから放棄され雑草が茂り荒れ果てた状態の様を示します。これの何が悪であるのか?その畑は一体いつから畑でしょうか?と私は意見を述べました。

そればかりか人が利用しないだけであってあなた方が雑草と呼び捨てる植物がちゃんと利用し、光合成を行い、人間が無策に地下資源からまき散らして地球環境を破壊する原因となっている大気中の二酸化炭素を有機物として利用(炭酸同化)し秘かに環境改善を行ってくれているのではないか。

そもそも耕作放棄地は人間が利用する以前の環境へと戻る過程であって悪の状態などと捉えるのは人間だけです。

未利用魚の問題も耕作放棄地の問題も主語が圧倒的に人になってしまっているのです。地球の主人は人間ではありません。地球は様々な生物が居て生態系を微妙なバランスで保っているからこそ、人も、存在できるのです。


 

地球の主を自称し領土領海領空を宣言し、土地を買い、海を自分のものとし、全て我らの財産として利用せねば気が済まない人類の儚さよ。

 

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利己的な遺伝子
 
イギリスの進化生物学者、リチャード・ドーキンス氏の有名な著書のタイトルで日本では1991年に出版されている。「生物は遺伝子によって利用される"乗り物"に過ぎない 」というフレーズは当日衝撃的に伝えられた。
 
例えば女王バチの奴隷かのように見える働きバチの献身。細胞レベルで言えばアポトーシスと呼ばれる自爆遺伝子の存在。
即ち生き物が個体としては誰かの犠牲に見えても遺伝子の視点から見れば利己的に見える、という真理。
 
実は心理学や精神学的な観点から見ても、誰かのためにやっていることは決してボランティアなどではなく利己的な行動であるという真理を私は見抜いている。
 
そしてその尊い、利他的に見える利己主義こそが人類全体を幸せに導く細い糸口になりえるのではないか、とも思っている。
 
ま、そんな小難しいことはさておき、と言いたいところだが個と全体の問題は哲学的な要素を含むためどうしても小難しい表現になってしまう。ともかくいつものヤツどーぞ。
 

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。

日本のウクライナ大使館に寄せられた寄付金が50億円(3月時点)に上るそうです。実は私はまだウクライナに対する寄付など募金を行っていなかったのでもうそんなに集まったのか、と意外でした。

さてそんな折、本日(6/10)より外国人受け入れ再開のニュース。オモテナシ・ニッポンとして外国人には一見優しそうに見える日本人ですが実は名目GDP比で寄付金額をランキングしたところ調査した114カ国中 最下位。

1位はアメリカで1.44% 2位はミャンマー、あの中国が95位なのに日本は最下位の114位(0.12% )なのです。結局オモテナシは商売のため、と曝されたようで大変残念です。

興味深いのはGDPが日本の70分の1しかないミャンマーが2位に入っていることです。そのミャンマーは仏教国ですが中国や日本などに伝わった一般的な大乗仏教とは違い、上座部仏教というニッチな仏教を主要宗教としています。

これらの仏教の違いは、大乗仏教は皆でお釈迦様の教えを学ぼうよ、というコンセプトに対し上座部仏教は一人ひとりが出家し修行してこそ悟りの境地に達することができるという、より個の悟りを重視した仏教なのです。

つまり個人の悟りこそが全体の悟りに繋がり世を救う。個人なくして全体無し。このことは逆に個人だけが大切というのではなく全体も個の集まりであるからまた個である。即ち私も他人も個であるからお互い尊重せねばならない、という考え方に発展するのではないでしょうか。いわば究極の利己主義。

だから他人である個の幸せを思い寄付をする。ミャンマーは上座部仏教の教えの通り9割近くが僧侶として悟りを目指しているため托鉢姿が日常的に見られます。托鉢は寄付そのもの。

托鉢と言えば我が四国の僧侶は托鉢しながら遍路を回るのが修行である、と聞いたことがあります。通常は四国八十八箇所霊場の寺の門前などで托鉢をしているのですがよく行くスーパーでも見かけることがあります。

歩き遍路の苦労を知っている私は迷いなく500円玉を入れることにしてますが、お椀の中に先にお金が入っていると私だけじゃないんだな、と安堵します。ただ歩くだけでも大変なのに無一文で托鉢しながら歩くとなるととんでもない苦労に違いないのです。

あなたの苦労は私の比じゃないだろうけど、私も頑張ったのだからあなたも頑張って。そういう気持ちが自然に生まれてきます。他の幸せを願えば自分も幸せになれる、ということがミャンマーの人たちには分かっているのではないか。

宮沢賢治の言葉にもあります。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

世界で戦争を起こしている人間、起こそうとする人間、詐欺を働く人間に言いたい。自分さえ良ければと行動しても誰かを不幸にするならば結局自分も幸せになれないということが分かれば世の中もっと平和になるのではないでしょうか。

個と全体は表裏一体。自分のために他人を幸せにする。それには想像力が必要です。
 

 

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もう梅雨かよ、
 
勘弁してくれや。と、思っていますよ。梅雨みたいなジメジメ・メソメソとした奴は嫌いなんです。いや季節も人もですよ。失敗しても次ミスしないよう最善を尽くそうと、カラッと切り替えて常に前を向いている、そんな人間でありたいものです。
 
えーと、何が言いたいかって言うと。後ろ向きの後悔ばかりしているヤツは案外他人に対して不寛容な訳で・・・
 
 
ま、いいや。
じゃいつものヤツ。
 

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。

 

連休中は実に五月らしく爽やかでカラッとした、まるで私のような清々しい天気になりました。が、空けて月曜からは雨がちな天気が続いて行くようです。

天気予報を見れば前線が上がったり下がったり、もういつ梅雨入りしてもおかしくない天気図になっております。

さて、五月と言えば五月病。原因は新しい環境に馴染めないストレス。いわば適応障害。周りにそんなヤツおったかいな・・・と記憶を辿るとそういえば大学に入学して暫らく経つと来なくなった同窓生がおりました。

その彼は我々が2年生になってようやくまた登校を始め、結局一学年下になったものの無事卒業できたようでした。

二十数年経っても大して面識のなかった彼を覚えているのは訳があります。それは・・・理系の学生は卒業論文の発表会というのがあって学内公開で自分の行った実験結果をプレゼンし、そこで教授らによって卒業論文の査定が行われるのです。

4年生の最後の年、新年を迎えると皆の前でプレゼンを行うという不慣れによるプレッシャーのためか、いつも元気で冗談を言って笑っていた友人らが急に元気なく縮まったようになってしまいました。

そんな彼らを元気づけよう、また最後に思い出に残る卒論発表会にしよう、と私はウケを狙ってある計画を立てました。

発表会当日、私はピカピカの金髪になっており一生懸命伸ばした髪を逆立ててまるでドラゴンボールのスーパーサイヤ人のようないでたちで登場。実はその一週間前からにわかに帽子をかぶり始めたので仲の良い友人には金髪がバレてはいたのですが。

しかしそれを知っていても同級生らは余りの豹変ぶりに大盛り上がり。会場がざわつく中私は努めてマジメにプレゼンを終え颯爽と姿を消したのでした。

発表会の後多くの友人らが集まってきて私と一緒に写真を撮った事は言うまでもありません。そして数日が経ったある日のこと。僕ら同学年の卒業生で卒論発表会の思い出を話していると誰かが下の学年で同じ研究室に入った奴が私の発表を見ていてバカらしいと吐き捨て、酷評しているらしいと。その人物こそが五月病の彼だったのです。

今なら傷つきやすい人間は案外攻撃的な人が多いものだ、と冷静に見られますが、当時はなんでそんなこと言われなきゃならないんだ、とすごく嫌な気分に。しかし傍で話を聞いていた大学院の先輩女性が一言。

「でも池田君のお陰で今年の卒論発表は一生思い出に残るね」 と。

見ている人はちゃんと見ているんだなぁ、と深く感謝。

五月病の彼、その後たくさんの人に傷つけられまた引きこもり、そしてちゃんと自己肯定して立ち上がって前を向いて生きているだろうか。

私も打たれ強い方とは言えないが彼より強く今明るく生きていられるのは、元気のない人が目の前に居たら助けようと思うのか、或いは自分のことだけ大切で内側を向いてしまっているか、の違いだと思うのです。

誰かを勇気づけようとすれば心の底から勇気が湧いてきて自分が強くなれるもの。それは宇宙が与えた恩寵のシステムだと私は信じます。ま、私ごときが梅原さんに言うようなことではありませんが。

 

 

 

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藤の花が満開です。
 
ニワトリノニワは丘の上にあり登ってくる途中の坂道に7,8年前から自生の藤の花が咲いております。年々繁殖を続け今ではかなり立派に咲かせるようになりました。
 
開花の時期は温暖化のせいか数年で1週間ほど早まっています。また、藤の花はマメ科のつる植物なので他の樹木に巻き付いて成長するのですが、その巻き付く木の葉の芽吹きは更に早まっており既に5月の新緑の季節のごとくです。
 
折角だからたまには写真載せましょうかね。
 
緑のために藤棚のように見事な花が遠くからは目立ちませんが。
 
都会の生活と異なり毎日自然に囲まれて暮らしていると温暖化の兆候を私は肌で感じるのですが、都会(地方都市の都市部)の皆さんはこのままの生活で本当に良いのですか?
 
※参考データ「都道府県別電力消費量
 
まずは電気をなるべく使わないようにする、という誰でもできることから始めてみるべきでは。
 
 
ま、いいや。今回は前回の話の続きみたいな感じの意識の問題について。
じゃいつものヤツ。
 

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。

 

先日うちのスタッフ、宿毛市在住の主婦が私に竹はないか?と尋ねました。ニワトリノニワの敷地内の南、崖との境目は年々竹が進出してきて放っておくと竹藪の庭になってしまうので毎年伐採に追われ今年もつい3月に刈り倒したばかりでした。そもそもここの地名は竹島というだけあって竹の多い場所なのでしょう。私は竹の種類に暗いので種類はわかりませんが直径5センチ位で丁度竹馬にもってこいな感じの良い竹です。枝を落として車に乗るサイズに切って渡すと喜んでました。

 

なんでも保育園から子供のために竹馬を用意しろという指令が出たのだとか。田舎はスゴイですね。都会ならどこで竹売ってるんだ!?とか、たちまち保護者から吊るし上げられて大変なことになりそうです。そういやもうタケノコの季節ですな。大体毎年どこかからタケノコもらうのでまだかいな、なんて期待してますがすぐそこに生えてるんだから自分で取ればいいんですよね、山菜とかも。しかし竹馬持って来いと言われ文句も言わず竹を探し自分で作ろうとする田舎の保護者達は意識が高い。

 

さて、ニワトリノニワは昼までの短時間勤務のため従業員は主婦か自営業を本業としている人が多いのです。話は今年新年早々新たに加わった農作業の従業員、30代半ば小さい子供が3人も居るH君について。彼の本業は昨年弟と立ち上げたジャコ(シラス)漁の漁師。そんな彼は春になり、漁が本格化してからこのひと月ほど忙しいせいかうちの仕事でミスがしばしば。

 

軽く注意するとすぐに辞めたいと言ってきました。これだから・・と思いつつも話を聞くと毎日2時間ほど仮眠するだけでほとんど寝てないんだとか。そんなことうちに来る前から分かっていたことでしょう?と言うと、自分ならできるかな・・・と思ってました。なんて呑気なことを言う。普段彼の行動を見ていて自営業は難しいだろうな、それも一次産業の、と容易に想像できました。何故でしょうか。

 

彼は根本的にサラリーマン気質だからです。仕事は真面目に取り組んでいれば自己満足するタイプ。いくら真面目に取り組もうがいつもミスしたり効率が悪く人の二倍も時間が掛かってしまえば会社は成り立たない。彼の場合ミスも少々あるが何より人より仕事が遅い。朝のたった30分の作業で既に10分遅い。ということは単純計算すると1時間の作業で20分、うちの半日4.5時間の仕事で90分も人より遅い計算です。ま、実際他の作業はそこまで遅くはないのですが。

 

ともかくその計算で行くと彼の一日のすべての仕事時間、2時間の仮眠を除いた22時間の仕事では7時間20分も遅い計算です。従ってもし仕事の速さが人並みだとしたら一日9時間20分も仕事以外の時間が取れます。つまり余裕で睡眠時間が確保できる計算です。サラリーマンなら誰かがカバーしてくれる。でも自営業だと全部自分の生活を圧迫してしまう。だから自営業に向いていないのでは、と考える訳です。

 

自慢話か、と思われるのは嫌ですが私のサラリーマン時代のことをお話しします。以前話したように私は社会人一年目から経営者の視点に立って考える癖がありましたので作業効率については常に考え努力していました。商社に転職したある時、同じ年に社会人になった同僚と、似たような仕事を同時に行う機会がありました。そこで彼との仕事の速さを比べることができたのです。結果は、多分標準的な仕事スピードと思われる彼が3日掛かってほぼ終わったのに対し、私は1日掛かりませんでした。正確に言うと5時間ほどでした。これ以降私は人より少なくとも3倍の速度で仕事ができる、という自信を持つに至ったのです。

 

そもそも社会人になればパソコンで作業するのは当たり前な時代だったのでマスター論文を書く時にブラインドタッチをマスターしていたのに対し彼はそれすらできなかった。余談ですがブラインドタッチができないと仕事の速さと正確性に雲泥の差が生まれます。うちの事務員にも常に話して努力を促しているのですが、歴代10人の事務員の中でブラインドタッチができたのはたったの一人。

 

しかもその一人はうちに来る前からできていたのです。うちの事務員になるとほぼ毎日一か月、その後は週一のペースで半年ほど、しつこく言うにも関わらず努力をしないのです。だからいかに意識するのが難しいか、ということになるでしょうか。パソコン教室の先生が言うにはスピードを気にしなければ6時間でマスターできるそうです。私はやりませんでしたが私の周りでは当時タイピング練習ソフト「北斗の拳 激打」なんかで練習していたようです。アタタタタタタッ

 

余談ついでにもう一つ。私が脱サラして農業法人やら農業大学校やらで研修を受けていた時の話。辛い仕事を人にやらせてしまおうとの意図からか、必ず草むしりの実習なんかがある訳です。大概畝の手前に並んで競争させるように一斉にスタート。だから速さの違いが歴然と分かります。

 

スタートして間もなく私はあることに気づきました。一本しか使っていないな、と。皆何も考えずに体育館裏でタバコを吸うヤンキーみたいな恰好で利き腕一本で抜いている。私が膝を地面について両手で抜き始めたら面積で5倍速く終えることができました。作業服を着てるから膝の泥なんて気にすることはないんです。これも常に効率を考えているかどうかの意識の問題。技術差なんて絶対ありません。

 

フツーのサラリーマンならもしかすると作業効率なんか考える必要は余りないのかも知れません。人の三倍仕事をしたからと言って同じ会社で同僚の三倍の給料をもらえるようにはならないでしょうから。でも一歩ずつでいいからより高い自分を目指して歩くのと何も考えずいつもアップアップして溺れそうになりながら何とか人並みの給料を貰って生きていくのと、どちらが充実した人生と言えるのか。

 

意識の高さが生き方の質にそのまま映し出されるのだと思えば、生活に溺れブラック企業だなんだと騒ぎ立てる前に、一度立ち止まって自分を向上させる意識を明確にすることからより充実した人生が始まるのだと私は思います。

 

因みに。先のジャコ漁師の彼はこうすれば早くなるよ、というアドバイスを素直に聞き入れ仕事が見違えるように早くなりました。漫然と頑張っていた彼の生活の質もきっと徐々に上がることでしょう。

 

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すっかり生暖かくなりました。
 
四万十市の本日の予報では最高気温が22℃まで上がるのだとか。久しぶりに午前中からアウターなしで過ごしてます。
 
さて、春と言えば新入社員の季節。昨日のローカルニュースでどこぞの高校の卒業式で男の子が「世界一の料理人になる」と意気込んでいた。
 
目標があるのは素晴らしいこと。ただ、モチベーションを維持するのは難しい。
 
世界一の料理人になるには今どうすればいいのか、ある程度目先の見当をつけておかないと愚かな上司や、やる気のない同僚なんかに引きずられていつの間にかバイトに不満を漏らす万年平社員みたいなつまらん人生を送ることになりかねない。
 
あくまで目標は遠くに置いて忘れず日々自分の成長を糧にして生きる。そんな姿勢が実りのある人生を送るコツなんじゃないかともうじき50歳になる日々楽しく過ごしているオジサマは思うわけですよ。
 
 
ま、いいや。いつものヤツ。
 

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

 いつも有り難うございます。 

 

 先日「熱意ある従業員は5%だけ?」という新聞の記事を読みました。 

 

 その内容は・・・2021年に経済産業省が設置した未来人材会議。そこで示された資料に世界各国の企業で働く人たちを対象に実施した従業員の働く気について調べたアンケート結果があった。

 

「熱意を持って働いている」と回答したのは世界平均で20%、地域別では米国・カナダがトップの34%、東南アジアが23%、東アジアは14%の中で日本はなんとわずか5%だそうです。

 

 その元になったであろう記事が2017年5月に出ていた。元記事によると「熱意のある社員6%だけ」となっているのだが。それ以外に「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」の割合は24%、「やる気のない社員」は70%(いずれも日本)だそうです。 

 

 どうすれば改善するのか?についてこの調査を行った米国調査会社ギャラップのジム・クリフトンCEOは、「主な原因は上司にある。部下の強みが何かを上司が理解することだ。無気力な社員の半数は自分に合っていない仕事に就いている。合った仕事に変えるだけで無気力な社員を半分に減らせる」と。 

 

 ちょっと傲慢では?仕事は上から与えられるもの、という経営者視点で社員を一人の人間として見ていない、というか。では自分に合った仕事ってなんでしょうか? 

 

 私は新卒で従業員15人、創業4年目のベンチャー企業に入社しました。皆が大企業を目指す中、ベンチャーはきっとヤリガイに溢れているに違いないと勘違いしていたのです。

 

当時そのベンチャーは社員を増員し事業拡大を目論んでいたため私と同期に入社した中途の営業マンがおりました。一ヶ月ほど経つと彼は私に会社の不満ばかりを漏らすように。その不満とは主に待遇面に関することばかり。

 

基本給が少ないだの営業手当が安いだの交通費がつかないだの、挙句には僕は専門的なことが分からないのだからもっとちゃんと教えてくれるべきだ、とか。社会人3年目という意味不明なプライドを持っていた彼は結局半年も経たずに猛烈女経営者にクビにされてしまいました。 

 

 新卒当時、私は自分がどうして給料をもらえているのか、お金の流れについて考えていました。すると自分は何も売ってないし今のところそれほど会社の役に立っているとは考えられないから給与をもらえるだけで有り難い、と考えていたので彼の不満が阿呆の戯言(たわごと)にしか思えませんでした。何故なら彼は入社以来クビになるまで一件の引き合いすら取って来れなかったのだから。 

 

  思うに自分に合った仕事とか考えること自体不平不満を生じる元凶でしょう。合う合わないを考える暇があればとりあえず入社したからにはその会社の仕事を覚え、更にその業界全体の動向を調べ今自分に必要な知識を勉強するという姿勢が欲しいところです。自分に合う仕事を見つけるのではなく仕事に面白さを見つける、というか。 

 

  中途の彼は靴が趣味だと言い、社会人の自覚は足元に現れるからいつもピカピカの綺麗な靴を履いているべきだ、と私に説教をたれていました。

 

社会人としての自覚は靴を磨くこと?

 

彼は未だに靴をピカピカ磨いて仕事で成果を上げる努力はしていないのだろうな・・・・そう言えば脱サラ農家を目指していた元サラリーマンたちも会社の不満を口にしているような人ばかりだったけど。

 

 農業大学校で見学に行った脱サラの先輩である土佐清水のキュウリ農家。サラリーマンの時より断然忙しいし大変だけど充実感がある、と語っていたが寝不足のその目は充血し虚ろだった。

 

人のせいや会社のせいにできない自営農業は、悠々自適なんてのとは真逆で全部を自分で背負う覚悟が必要なのでしょうね。

 

それは起業家と同じこと。つまり自分に合う仕事に就くには大企業のサラリーマンになるのではなく起業家として仕事に取り組む覚悟が必要ということになるでしょうか。 

 

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バレンタインデー。
 
私が某コンビニ本部の店長をしていた頃毎年催事用で棚一面分のチョコレートセットをボタン一つで発注したのを思い出す。棚の最上段にはまるよう組み込み式のキットになった商品セットである。
 
バイヤーが決めた大手チョコレートメーカーの何の変哲もない、ただ包装紙だけが綺麗で中身はちょびっとでフツーの大したことないチョコなんだが毎年ウソみたいに売れた。
 
たった二週間(だったかな?)の販売期間で1個千円から3千円くらいのチョコレートが瞬く間に棚から消える。OLたちが昼間に、仕事帰りに、一人で複数買っていく。確か粗利がかなり良かったのでイベントってのはエグい商売だな、なんて思っていた。
 
私自身は意外にもたくさんもらったことがある。コンビニの店長やスーパーバイザーなんかしてれば担当店の数多いバイトさんからもらえる訳だ。それは私が男前だったからというんじゃなく、バイトの子らに一人の人間として向き合っていたからだと思う。
 
今現在もそうだが客商売に必要なのは人に好かれる人間を目指すことだと思う。中には誤解や先入観の強い人も居るだろうから誰からも好かれるのは難しいのであくまでも目指す、追求する姿勢が大切なのではないだろうか。

 

ま、余り自慢みたいな話になっちゃうとアレだから止すけど顔が良くても人当たりの悪い人間はモテない、逆に顔なんて平凡でも人当たりが良ければモテますよ、って話だ。因みに男子のバイトさんからも結構好かれてましたよ。毎日面白いことばかり話して店の雰囲気が明るくなるよう努めていたから。

 
さて、折角だから催事商品やお土産商品の粗利について私の経験(食品)だけから話してみよう。
 
催事だけに出品される例えばお中元商品なんてのは販売価格の半分を販売店が持って行く。つまり仲卸でざっくり半分になる。その仲卸も半分持って行く。仮に仲卸が1社だけならメーカーに入るのは全体の1/2×1/2で1/4=25%といったところ。
 
これは土産物においてもほぼ同じである。つまり高速道路のサービスエリアで一箱千円で売っている饅頭。あれもしメーカーが直売したら250円で販売できる程度の品物。どうりで箱や包装紙ばかりが立派で中身はしょうもないモノだ、という所以である。
 
それでも誰かにあげるものならば人は喜んで購入する。自分へのご褒美に買うスーパーのお団子なら500円だってちょっと渋るだろうに。
 
ともかく催事商品や土産物で儲かるのはデパートや土産物屋であって産直市でもなければ生産者はそんなに儲からないということです。ホントは土産物だけの話じゃないんだが。
 
 
ま、いいや。いつものヤツ。

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。

 

最近テレビのニュースを観ていて違和感を覚えることがあります。それは何かのニュースの後に必ず、~の事を良く知る専門家は、と言って専門家のコメントを挿入することです。

 

例えば昨年秋のガソリン価格上昇のニュースの後専門家は、「折角感染状況が落ち着いて来て個人消費が伸びようとしているのに水を差すことになりそうですね」なんてぬかしてやがる。

 

経済に詳しいと紹介されたのが保険会社シンクタンクの首席エコノミストとかいう肩書を持つK氏。そんなコメント、専門外の俺でも言えるぞ。ホンマに専門家かよ?と、思ってしまうのです。あのニュースの専門家のコメント必要ないと思うんですが。

 

専門家なら、ロシアなどの国際情勢的な問題に加え世界的な脱化石燃料化、など複合要因があるため今回の石油高は長期化しそうだ。とか、だとすれば我々輸入国は石油に頼らない社会の実現を急がねばならない。具体的には車の問題だけに止まらず、エネルギー消費全体について脱石油に取り組まねばならない。

 

なによりもまず日本は一人当たりで世界平均の約2.3倍ものエネルギーを消費している現実を踏まえ、エネルギー問題を個人の問題に落とし込まねばならないだろう。即ち各家庭におけるエネルギー消費を抑えるような地道な運動をしていくべきだと考える。的なコメントをしたいところ。ま、専門家じゃないからテキトーですが。

 

専門家と言えば、最近の経済の専門家はテレビでやたら横文字を使う。これは若者が俗に言うギャル語を作り出すのと同じでしょう。自分らにしか分からない言葉を使うことで仲間意識を育てるのだとか。

 

 

このことは方言の発達とも同じ、ひいて言えば国家意識(ナショナリズム)とも共通する訳です。他とは違うという特別意識、自己愛的な自惚れ。なーんだコギャルとおんなじか、と思えば案外可愛いものだと達観できるでしょうか。

 

ともかく。現実分析から長短期の予測を行うことは勿論、社会のあるべき姿まで考えて敢えて素人にも分かりやすい言葉で提言できるのが専門家と言えるのではないか。今の専門家は株価など目先の経済の影響しか考えていない発言ばかりで浅はかに映ります。

 

 

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ピンチはチャンスというが今年は物価上昇で大変な年になるのではないか?
 
石油は産油国の制限によるものだが食糧価格は日本と世界が抱える問題が徐々に露出して来ているとみていい。中でも中国の問題は深刻だと思うのだが・・・
 
ま、いつものヤツ。

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。今年も宜しくお願い申し上げます。

 

「神は乗り越えられる試練しか与えない」というのは新約聖書の言葉。非常にポジティブな言葉ですが、本当にそうでしょうか?

 

新年早々オミクロン株による感染急拡大で世の中は一気に不安モードに。また産油国の産出制限によりガソリン価格が上昇し、一方で円安が進み食べ物の価格がジワジワと上がるなど生活に不安材料が増えている。日本は食糧を中国に買い負けているのです。そしてまさにこの事態を憂慮したからこそ17年前の私は農業を志したのです。

 

日本の食糧自給率は私が就農した2010年の39%から更に下がって2020年でたった37%。それでもまだ日本人は金さえ出せば食べ物が手に入ると思っている。高度経済成長期からの後遺症、平和ボケである。特に肉と穀物は深刻な問題で、発展途上国から抜け出してきた中国がいよいよ肉食化してきている。

 

肉は結構国産化してんじゃないの?なんてまさに平和ボケの象徴。日本は畜産の飼料のメイン(8割以上?)である穀類(大豆・トウモロコシなど)の90%近くを輸入に頼っている。中国は一昨年辺りからトウモロコシを爆買いし始めた。つまり日本人はこのまま無策だと肉を食べられなくなる。ばかりか、我らが卵さえも食べられなくなるのだ。

 

岸田政権はこの穀物をはじめとする畜産の問題にほとんど関心を示していない。大丈夫なのか、ニッポン!というか、みんなこれでもまだ誰かが何とかしてくれると楽観しているのか?

 

因みに、食糧問題が心配だから家庭菜園でトマトを作り始めました、なんてのは脳内がお花畑である。お花畑にミツバチがぶ~んぶ~ん♪である。生鮮野菜の自給率は今でもほとんど100%であって、農業であれば主食や飼料となり得る小麦大豆トウモロコシを作らないと食糧争奪戦の中では意味がない。

 

また畜産で近年取り組みが始まっている飼料米政策なんかではトウモロコシを補うに余りにわずか。ニワトリノニワのような零細規模の畜産農家じゃないと意味は薄い。逆に言うと零細規模だからこそ飼料問題を克服する可能性がある、からこそ私がこのフォーマットで取り組んでいる訳です。

 

今だからこそ私は声を大にして言いたい、「美味しい安心安全な食べ物云々はともかく、もっと食糧問題を深刻に捉えないでどうする!」と。

 

さて、いきなり根源的な問題になりますが幸せとは何でしょうか?

 

家族や良い友達がおり快適な衣食住が確保されていること。なんてのはタダ物欲が満たされただけの薄っぺらな幸せに過ぎません。モノ(人)が一つでも欠ければその幸福感も淡くも消え去ってしまうでしょう。そうではなく永遠の幸せとは?私が思うに何も知らないということは本質的に幸せなことかも知れません。未来を憂うことなく今を精一杯生きることができるからです。

 

ベトナム人の僧侶で哲学者のティク・ナット・ハン曰く「一杯のお茶を楽しむことに集中しなさい」ティータイムに別の用事や不安材料なんかのことを考えていると美味しいお茶も味わえない、楽しいことを楽しめず人生はあっという間に過ぎてしまう、それは即ち不幸ではないか?ということを言いたかったのでしょう。

 

余り未来を考え過ぎず今を精一杯感じながら生きるということが幸せのコツなのかも知れません。但し、それは生命として最低限の衣食住が満たされていることが前提条件であることは明らかでしょう。その最低限の条件が今の日本で危うくなってきた。

 

冒頭の話に戻りますが、「神は乗り越えられる試練しか与えない」というのは楽観的過ぎると私は考えています。地球上の生命は誕生から35億年間で、氷河期、火山活動、隕石落下など避けようのない試練によって実に5回の大量絶滅を経験して来た。

 

ある試練では三葉虫が、アンモナイトが、恐竜が、時の地球上の主人公でありいずれも絶滅している。つまり「神は乗り越えられる試練しか与えない」のは、それが乗り越えるべきである場合に限るのであって乗り越えるべきではない場合には乗り越えられない試練を果たすのです。だがしかしそれでも生命は生き残った。神は平等である。

 

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今回はお待ちかねのニコニコ相談室ネタです。
 
古いブログのリメイク・ネタなのでほとんどの人が初見か、と。
 
 
じゃ、いつものヤツ。

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梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。

イチゴのシリってどちらかご存じですか?「シリ」と、いきなり書くと赤ちゃんの可愛らしいお尻を思い浮かべるかもしれない。或いは愛らしいペットの。でも事態はそんな可愛らしいものじゃない。

 

2年くらい前のApple社の内部告発の記事。Siriが勝手に持ち主の会話を盗聴しデータ収集を行っていた問題。それでも尚日本人はiPhoneが大好き。もののデータによると日本のスマホの7割がiPhoneらしい。

 

この数字は世界でもダントツでアメリカでも4割というところ。似たような問題、中国製スマホ、ファーウェイ社による「情報通信上のリスク」問題の時とは大違いだ。ということは、アメリカ政府はApple社から何らかの情報提供的な恩恵を受けているのでは、と勘繰ってしまう。

 

情報漏洩に関して平和ボケした日本人はそんなニュースも一過性として流されてしまった。そんなことだからアメリカの犬みたいな安倍晋三氏が総理として歴代最長となってしまうのだ。この事態をアメリカによる情報操作の仕業とも考えられなくもない訳である。

 

さて、本題。いよいよ「ニコニコ相談室」っぽいやつを。

 

今回は実話に基づく話。かつて私が居たある農業研修施設でのこと。春も過ぎ新緑が近づいたある日。その研修施設のビニールハウスに可愛らしいにぎやかな声の持ち主が集まった。近所の小学校の低学年の生徒が社会見学の一環としてイチゴ狩りをするためである。

 

イチゴの旬はクリスマスの影響からか冬と思われている方が多いと思うが実は春の4-6月頃。ハウスと言っても加温していないその研修施設のイチゴは今まさに旬を迎えていた。

 

たわわに実る、未熟な研修生が作ったとは言えそこは公的施設。金に糸目をつけず肥料をたっぷりと与えて分不相応に甘いイチゴを何の躊躇いもなくたらふく食し満足した幼い彼ら。傍らで眺めていた私はそのイチゴは税金で作られたものだから本当はタダなんかではないのだぞ!と声を大にして言いたかった。

 

だがイチゴの栽培について説明する施設の所長さんは役人。税金を使って何かをすることに麻痺しているからそんなことは教えちゃくれない。小学生では興味も薄いイチゴの肥料や高設栽培のノウハウなんかを長々と話し小学生ばかりか我々までも催眠術にかけられ昨晩の熟睡にも関わらずウトウトしてきたところでおもむろに「では皆さんイチゴについて何か質問がありますか?」の声で覚醒。

 

前に説明したような、イチゴの食べごろはいつですか?とか、どうして高設栽培なんですか?とか面白くも可笑しくもない教科書見れば書いてあるような質問ばかり。大人の目の色を伺うように育てる学校教育の在り方についてそろそろ疑問を感じて来たところで思わぬ俊逸な質問が出た。

 

「イチゴのガク(ヘタ)は何のためにあるんですか?」

 

これぞ宇宙の真理を問う問題とみた。答えられるでしょうか?

 

イチゴはガクと呼ばれる緑の葉っぱみたいな帽子を被っている。イチゴだけじゃなく果実にはほとんどガクがある。ミカンにしても柿にしても。主観的な目で見ると確かにイチゴのガクの部分は食べるのに邪魔だ。ガクがあるから取り除かなきゃならない。食べたことはないが苦かったり青臭かったりきっと嫌な気分になるに違いない。

 

だったらなんでそんな余計なモノがくっついているのか?小学校低学年はまだ主観の世界で生きている。だから人間が食べるために栽培されたイチゴにヘタがあるのはオカシイんじゃないか?これぞ小学生らしい純粋でみずみずしい疑問というものだ。

 

だがしかし一方で例えば人間には何故鼻があるのか、という質問と同じではないか。だとすればこれは宇宙の真理を問う問題ではなかろうか。人間に鼻があるのは匂いを嗅ぐのに必要だから、と凡人は答えるだろう。だがそれは結果論である。

 

匂いが先にありそれを感知するために鼻がニョキっと伸びて来たのか。だったら植物には何故鼻がないのか?という質問に答えられなくなってしまう。そうそれは何故人間が存在しているのか?という疑問と同じ。答えは宇宙の意思、神のみぞ知る、である。

 

件の所長さん、意外な質問にアタフタして「花より硬いガクはツボミの時期に柔らかい花弁・雌しべ・雄しべなどを守るためにある」という教科書通りの答えすらできず「う~ん、調べておきます」でウヤムヤに。あのねぇ・・・

 

ならば分子生物学を大学院にまで行って学んだ私が生物学としての真理、創造主に代わって宇宙の真理をお答えしましょう。

 
小学生の質問1:イチゴのガクは何のためにあるのか?
 

「だってガクが無いとイチゴの実が、 ガクガク しちゃうでしょ?」

 

因みにガクがある方がイチゴのシリらしいですよ。

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