迷子の大人たち 3

迷子の大人たち 3

~ニワトリノニワ 非公認ブログ~ 
放し飼い有精卵「池田なません」農場のブログ。他家鶏舎倉庫などセルフビルド、自給自足っぽい生活も。非公認なのでマヂメじゃないス。ちっとは更生した?デザイナー梅原真氏へ卵を送る際に入れてる手紙とかも。

やられてもやり返さない、そして人を許すということ。実践例2である。
 
本当はこれが私の人生の中でのメインイベントである。時間は前後する。それは父のことである。父は今から11年前の2014年1月に他界している。
 
以下、私が子供の頃について少し触れる。自分の子供に向けて書いて置こうと思う。
 
子供の頃、我が家には秘密があった。それは父が暴力を振るうことである。暴力にまで及ばずとも不機嫌なことは日常的で、気分次第で理不尽に怒鳴られることもしばしば。
 
いつ切れるか分からぬ父の顔色を窺いビクビクしながら我々家族は過ごしていた。今思えば半グレとかチンピラと同居していたようなものだと思う。
 
特に酷くなったのは私が思春期になる頃。小6の頃には世間的な常識と父の言動とのズレに違和感を覚え、それまで高圧的に信じ込まされていた、親は正しい、という幻想を見破ってからのこと。
 
兄妹の中でも正義感が強かった私は殴られようが怒鳴られようが間違っていると思えば絶対に父に屈しなかった。従って一番酷く暴力的な言動に晒されることになる。兄妹達及び母は要領良く怒られぬよう生きる道を選んだのだ。
 
おまけに、厄介にも父は教育熱心であり小学校の低学年の頃から通知表を貰ってくると兄妹三人を並べて正座させ、少しでも成績が下がれば何時間も正座のまま父の気が済むまで怒号に耐えねばならなかった。虐待である。
 
中学に入り、私は勉強することを覚え運良く学校の成績が良くなった。特に中2の辺りからは小さい市内だがほぼずっとトップの成績を維持していた。従って怒られることはほとんど無くなった。
 
しかし高校に入ると急に勉強がつまらなくなった。やればできるとは思っていたが(ヤなヤツだ)お受験のために面白くないことを毎日言われたままにやる、ということに違和感を感じ始めたのだ。
 
全然勉強しなかったので成績はガタ落ち、父の逆鱗に触れ監視下に置かれ部屋に軟禁される生活が始まった。実際1時間に一回部屋を巡回されていた。
 
ヤレと言われれば益々やりたくなくなるのが人間というもの。人間の基本として何かを人から強制されることを嫌うものなのだ。己を振り返れば簡単に気づくであろうそんなことも多くの人は親になると分からなくなってしまう。
 
悲しい忘却である。
 
話を戻す。父の監視による牢獄の生活が続き暴言や暴力などがどんどんエスカレートして行った。このため高2の辺りからは鬱病のようになってしまい、一切何もやる気が出なくなってしまった。
 
このままでは自分の一生がダメになってしまう。
 
そうしている内に受験期になり、さすがの父も諦めたのか名前を書けば入学できるような大学を見つけて来て入れという。そんなに大学が重要か?職場での見栄だろう。
 
その大学は関東だが実家からは通えない距離にあった。そこでこの牢獄のような生活から逃れて一年くらい自分で自分をリハビリしようと考え利用することに。
 
今考えてもスゴイと思うのは、当時から自らの精神状態を把握して己をリハビリするという明確な意思があったということ。
 
更にこのまま父の影響により歪んだ人間に成長し人生を台無しにするのは嫌だ、ということから自分で自分を育て直すということに挑戦し始めていたことである。10代である。
 
そのリハビリの効果は絶大で一年ほどで精気を回復、再び生物を勉強したいと国立大学を受験し今に至る。
 
言っておかねばならないのは、その後離婚の際に再び鬱になり引きこもった時には自分で理想の親を思い描いてその親が自分を育てる、ということを行ったことである。
 
この過程により、私は普通の人間に育てられたような凡庸な考えを捨て去ることができたと思っている。
 
また話がそれてしまった。
 
ともかく私の家庭は父の暴力により普通でない苦労を強いられた。そして兄妹の内私だけが父に反発したため最も激しく暴言暴力を浴びたのだ。
 
だが、これがポイントである。理不尽な抑圧にちゃんと反発したので私は曲がらず成長することができた。そして逃げずに自分の意見を父にぶつけて対話したことから20代の内に父を許すことができたのだ。
 
しかしこれは父のためではなく、自分のためである。心理学的に父を許せないことは自分の中の一部を許さないのと同じであると知っていたのだ。
 
恐らく兄妹たちは父をまだ許していない。ということは自分の中の一部を否定したままである。つまり潜在的に父の影響下に置かれたまま。
 
だがどうやったらこんな理不尽な人間を許すことができるだろうか?
 
父の生い立ちをたどったのである。父がどこで生まれどのように育ったのか。彼の立場になって想像してみたのだ。一体どういう経験をしたら彼のような暴力的な人間ができるのか。
 
父が生まれたのは第二次世界大戦終結の約一年前の1944年9月、満州。つまり乳飲み子で終戦を迎えている。
 
終戦のどさくさで満州に侵攻してきたソ連兵、加えてそれまで日本人に侵略されていた中国人や朝鮮人による略奪・暴行・虐殺、数々の言い表せぬ蛮行。でも彼らは少し前の被害者である。
 

終戦を他国の領土で迎えるという地獄の中を父母兄姉二人の6人で命からがら日本へ向かう。当時日本人が推定155万人も居たと言われるから大混乱だったろう。

 

ネットに出ているその頃の追憶記事などを読むと小さい子供は足手まといになるので兵隊に殺してもらった、圧死させた、等侵略で殺される前に自ら手にかけるという、想像を絶するような悲惨な状況に絶句する。

 

赤ん坊を侵略者から守るため口を覆ってやり過ごすことも日常的だったに違いない。乳飲み子の父からすれば急に息を塞がれ潜在意識に強烈な恐怖が焼きついたのだ。

 

※終戦時の満州からの引き上げについてリンク先1 リンク先2 を是非読んでみてください。

 

そして何とか帰国してからも戦後の貧困。無一文で帰国した一家は貧困と飢えに苦しみ両親は闇雲に働き、子供は本来親から与えられるべき愛情を満たされぬまま歪んだ精神を抱えて成長して行く・・・

 

殺戮の恐怖を潜在意識に植えこまれてはまともな人間には育たないだろう。こうして想像を絶するような経験をして生きて来たのだ、と理解したら父を許すことができた。

 

戦争は殺人を正当化してしまうのだ。その正当化された殺人が日常的に繰り返される中で幼少期を送った父を責められる訳がない。許すしかないのだ。そして戦争を・・・

 

そして私がこの世から戦争をなくそうと、やられてもやり返さないを貫いているのも少しは理解できるのではないか。

 

 

最後に。

 

前回冒頭で紹介した映画「LOOPER/ルーパ」のラストシーンがどうなるか。※以下ネタバレ。

 
主人公は復讐に燃える未来の自分を消すため今自分が死ぬ道を選ぶ。復讐の連鎖を止めるためである。

 

・・・繰り返される悲劇・・・終わらぬ復讐・・・俺が、変える。

 
 
やられてもやり返さない。「俺が変える、未来を」
 
父を思い出しながら、戦争が無くなる遥か遠い未来を夢見て。

 

 

 

 

最後に、かつて 父の他界に向けて書いた記事を一読してみてください。

 

 

 

 

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LOOPER/ルーパーという映画をご存知だろうか。 

2012年公開のタイムリープもののSF。ブルース・ウィリスがサブ主演でそこそこの話題作。設定がやや複雑なので難しいという声もあるが。(以下ネタバレ)

 

タイムトラベルが犯罪組織に悪用されている未来。その組織が捕らえた暗殺対象者を過去(映画の現在)に送り執行役(現在の主人公)が殺すという設定。現在で殺害すれば未来には形跡がなくなるため。

 
ある日未来から年老いた自分(未来の主人公:ブルース・ウィリス)がやってくる。その犯罪組織に妻を殺されたことから、組織のトップ(通称レインメーカー)となる子供(現在は)を殺害するためである。
 
しかし子供ではなくその子を守る母親を殺してしまうことから生き残った子に復讐心が生まれ、後にレインメーカーとなり犯罪組織を率いるようになるのだ。ラストシーンでそのことを悟った現在の主人公がとった行動は・・・
 
 
さて、前回の梅原さんへの手紙で触れた、やられてもやり返さないことがこの世から戦争をなくすと考え実践していることについての補足。
 
結局復讐心こそが終わらぬ戦争の火種となっていると私は思っている。それはイスラエルとパレスチナを見れば明らか。
 
しかしやられてもやり返さない、というのは言うほど簡単なことではない。だからアレを読んで「嘘つけ、お前はキリストか!」なんて揶揄する声が聞こえて来そうなのでその実践例を少し挙げてみようというのが今回の意図である。
 
そして何故この平和な日本に住んでいる私が戦争なんぞにこだわっているのか?
 
 
ともかく、まずは実践例1として離婚のことを話そう。今回のことを書こうと思った動機が実はここにある。
 
1年半ほど前のこと。思い立ち気に掛かっていた息子の消息を探ってみた。そして発見。息子とは彼が1歳3ヶ月の頃に先妻が連れて去ったきり会えていない。もう息子も二十歳だな(当時)。
 
珍しい名前を付けたため案外簡単に発見。最近皇族が入学して話題になった某大学の硬式野球部に顔写真と共に載っていた。姓は変わっていたが。どこの誰かは知らぬが息子を育ててくれたことに感謝する。
 
顔は先妻の家系の遺伝の影響が強く出ているものの私の面影も多少ある。生年月日も確かである。顔が明らかに先方の家系寄りだったことに一安心。私に似ていたらイジメられるかも知れないとずっと懸念していたのである。
 
というのも・・・20年前のある日、先妻が息子を連れ去り実家に戻ったきり一切直接の連絡手段を断った。このため親族を仲介して連絡を取るしかなかったのだが、そもそも都会(千葉の田舎だが)出身の私との結婚には反対だった、だの一方的に暴力を振るった、だのとあることないこと散々悪口を言われて辛い目にあったからである。
 
先方の実家は東北地方の遠い所。関東に対しコンプレックスに近い何かわだかまりがあったのか、或いは関東出身者にイジメられた経験があるのだろうか。
 
しかし私も彼らに対し良いイメージは持っていなかった。
 
先妻が妊娠中に義理の母が心配して暫らく同居したことがあった。その際妊娠9ヶ月の娘と平気で叩き合いの喧嘩をするのである。信じられない光景だった。それも連日のこと。さすがに呆れ丁重に退去して頂いた。このことも嫌悪される原因になったと思われる。
 
先妻は妊娠中期の頃からホルモンバランス変化のためかそれまでよりイライラしやすく、それは出産後1年以上経ってもほとんど変わらなかった。今では産後クライシスという言葉もあるが当時は本気で狐憑きという言葉を思い浮かべたほどである。
 
振り返れば結婚前からちょっとした言い争いから刃物を出すようになっていた。こういう気性の激しさは親譲りだったろうか。
 
そんな諸々の家庭の心配から、ストレスの多い都会を離れれば少しは改善するかも知れぬと農業を考えるようになっていた。息子と明るい日差しの下農作業も悪くない。今の私ならすぐに心療内科に連れて行っただろうが。
 
こういう経緯をたどっていたので夫婦の関係は当然良くはなく、私にとって小さな息子とその将来を考えることだけが生きる理由となっていた。その息子をある日突然奪われたのだからたまらない。
 
先妻が居なくなったことはやっと終わったか、と思うだけだったが息子を奪われたことには深い喪失感しかなかった。その日を境に鬱になり半年間引きこもりで毎日ため息と涙しか出て来ない地獄の日々が流れて行く。
 
自分のことを悪くしか言わない人たちに一番大切なものを奪われることがどれだけ悔しいことか。
 
それでも私はその人生のどん底から、どんなにもがいても運命には身を委ねるしかないということを悟り復活した。人生は思うようには行かないものなのだ。受け入れるしかないのである。
 
息子を奪われてから約1年半後のことだったか。先妻の弁護人を名乗る男から電話がかかる。離婚届を送るから判を押して返送して欲しいと。どうやら急いでいるので再婚するのだろうと思った。
 
もし私が同意しなければ離婚調停に持ち込むしかない。調停先は相手の居住地の家庭裁判所と決まっているので先妻が遥々遠くまで通う羽目になる。もし私が復讐しようとするなら拒否して嫌がらせでもしただろう。
 
だが私はとっくに許していた。しかし息子のことを一言直接話したいので弁護人に先妻が直接連絡してくるように伝えた。すると慌てたように電話がかかって来た。ゴネられると困ると思ったのだろう。
 
息子のことを宜しく頼む、と伝える。もう会わせなくていいのか、と訊くのでそれでも構わないと。相変わらず自分のことしか考えていないようだ。本当は、会うか会わないかは子供の意志によるだろうに。
 
変わられる人も居れば変わらない人も居る。多くの人はその人生で柔軟に考え方を変えることなどなく一生を終える。それはその人だけが変えられることであり他人にはどうすることもできない。許すしかないのだ。
 
 
以上がやられてもやり返さない、の実例1である。離婚に至る細かい私的なこと書いたのは、もしかすると息子がこれを見つけるかも知れない、或いは既に見つけているかも知れないと思うからである。
 
事実というのは人の数だけあるというが、これが私が経験した事実である。両方の話を聞いて自分の頭で解釈すれば良い。
 
さて、話が長くなるので一旦切ろうか。
 
つづく

 

 

 

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例のヤツですが。

 

加筆修正しようと思っていて、どうかこうかとあれやこれやと考えていたらあっという間に10日も経ってしまった。面倒なので取りあえずアップして後で補足しようということで。ちょっとだけ加筆しましたが。

 

 

この世から戦争をなくすにはどうすればいいか皆さんは真剣に考えたことありますか?

 

~~~~~~~~~~~~

梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。

 

「人は見たいものを見る」とは2千年前、古代ローマの将軍であり文筆家のユリウス・カエサルの名言です。

 

先月のこと。かつて四万十農場で働いていた元スタッフ。9年前に旦那の実家がある今治に移住していたので、3月の山火事は大丈夫だったか?と連絡してみました。その際半年くらい前に私のブログを見たという話になりました。業者の悪口をブログで書いてストレス発散してましたね、ま、元気そうですね、と言われました。

 

ハテ?悪口なんか書いたろうか。思い当たるのは電気の引込工事を依頼した業者が2ヶ月も工事を忘れており危うく一か月後のヒヨコ導入に間に合わなくなるところだった、という記事です。

 

その記事の意図は、怒りに任せて業者に罵声を浴びせれば私の機嫌を取るのに時間が掛かってしまい事態を悪化させるだけだっただろう。一旦怒りを納め事態を好転させることだけを考えて行動し奇跡的に工事を間に合わせた。

 

相手の落ち度に怒りをぶつけるのではなく、一旦俯瞰して事態を眺め冷静に行動すれば結果的に得をするのは自分である、という教訓のつもりでした。

 

その意図が伝わっておらず、ブログで悪口を書いてストレスを発散している、なんていう下衆で歪められた解釈になってしまった。

 

そこで冒頭のカエサルの名言です。「人は見たいものをみる」人は見たいと思う現実しか見ていない。カエサルの皮肉でしょうか。これを心理学では確証バイアスと呼びます。

 

もちろん私の文章力にも問題がないとは言えませんが、結局人は文章の中から自分が潜在的に欲しているような言葉だけをチョイスして脳で理解している、ということになります。

 

私はツイッターやらインスタやらをチェックする習慣はありませんが、これらSNSには悪口が溢れていると聞きます。そういう悪口ばかりに触れているとブログなどに書いてあることが全て悪口に思えてしまう、ということでしょうか。

 

だとすれば哀しい世の中ですね。あのブログで私が本当に書きたかったことは、やられたことに対しやり返すのは戦争に繋がる行動であるということ。

 

この世から戦争をなくすには?

 

全ての戦争は正義の戦争である、とある精神科医が言っておりました。やられたらやり返すのは現代では正当防衛と言われ倫理的に正しいと思われています。だから全ての戦争は正当化できるのです。ならば戦争をなくすにはやられても決してやり返さない、という理不尽な行動基準が必要となります。

 

やられてもやり返さない。

 

言葉で書けば簡単ですがこれはとても難しい。理不尽に攻撃されても我慢してやり返さない。ひどいことをされても耐えて、耐えて、頑張って相手の立場になって理解し、そして許す。私は人を許すという試練に耐えるために生まれて来たんだ、と何度も何度も言い聞かせてきました。

 

普通の人には理解不能だと思うけれど。しかし何千年も、何万年も繰り返してきた戦争を、この世から無くすにはこれくらい理不尽な努力が必要なはずなんです。時には血が出るほど悔しいこともありますが。はじめはたった一人でも、2千年も経てば。

 

自国のこと、自分のこと、ばかりのニュースが多い世の中ですが、未来のことをちゃんと考えて静かに努力する大人がいることを子供たちや若い人に知ってもらえたらいいですね。

 

 

 

 

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だいぶ前の話になるが、3/17。

 

この日も梅林へ花見に。

 

 

ホンマに綺麗やな。

 

 

うちのももうすぐ咲きそう。

 

 

前の畑の摘み菜をもうじきトラクターで畑にすき込むというので急いで引っこ抜きに。

 

 

軽トラに満載したのでさすがのチキンも食べきるのに三日かかった。

 

 

何回か軽トラ満載を繰り返したのでチキン達は春を満喫したことだろう。いい夕日だ。

 

 

花がまだ咲いてないツボミのヤツは茹でてポン酢で頂く。

 

 

甘みがあり春の香りが口に広がる。とても美味しい。来年は種を少し分けてもらって作ってみよっと。

 

因みに僕は料理はするけど、茹でる、焼く、煮る、蒸す、など素材そのもののをシンプルに料理するだけ。味付けは基本は塩、しょうゆ、ポン酢を少し。

 

色んな調味料でギトギトに味付けした料理は苦手。薄味が好みなので外食もしない。卵の味が分からなくなってはいけない、ということもあるが。

 

家庭菜園の方はようやくジャガイモの芽が出て来た。

 

 

と、思ったらまたもや氷が。

 

 

この3月の寒さは異常だ。ジャガイモの芽が出るまで一ヶ月もかかるとは。他のも全然芽が出ない。

 

 

さて、建築の方は残された部屋を何とかせねば。

 

 

納戸、いやクローゼット?いや、これを書庫に。

 

 

奥行2m弱あるのでたったこれだけで収まった。いや、実はもう一段分あるけど保管している間に濡れてカビが生えてどうしようか困っている。

 

チキンらが卵を産み始めたので物々交換の輪が広まっている。

 

 

デコポン。

 

 

干し柿。

 

 

立派なジャガイモと玉ねぎ。

 

 

4/7。

 

春の涼しい風が吹いている。とても気持ちが良いので玄関先にウィンドチャイムをぶら下げた。

 

 

玄関横の木はネットで調べたらミズキだった。

 

 

若葉と同時に花芽が出ている。

 

去年整地した時に、この木に巻き付いてたツル植物をバリバリと根っこから折り、ああ、いいことしたなぁと思っていた。しかしそのツル植物こそが私の一番好きな花である藤の木だったのだ。

 

無知とは怖いものだ。

 

さて、3月頭に撒いた種が寒さのためか一向に出てこないので追加で色々撒いてみることに。

 

 

チキンのエサ用にトウモロコシとソルゴーというイネ科の植物を。

 

 

ニャンコは喰えねーぞ。

 

1月にネットで注文しといた果物の苗がやっと届いた。おそ

 

 

頭の中は既にモモやらプラムやらプルーンやらでピンク色である。

 

やたらとニヤニヤしていたからか、猫田部長に現実に戻された。

 

 

ナニナニ・・・実がなるのはきっと10年先だぞ、と。ですよねー

 

4/18。

 

そろそろアレを建てようと予定地に杭を立てる。

 

 

その前に草を刈っておこうと朝から一生懸命草刈りをしていたら僕の周りをマルハナバチが飛び回る。余りにシツコく鬱陶しいのでなんでかな・・・と。

 

 

ああ、Tシャツまっ黄色だな。って、俺は菜の花じゃねーよ。でも頭の中はお花畑☆彡 こらっ

 

 

 

 

つづく

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もう二ヶ月前になるが、3/2の朝。
 
うちの駄犬たちがやたらワンワン言うので急いで玄関、風除室の引き戸を開けると前の畑に4匹、その境目の道路に2匹、どう見ても野良犬と思われるヤツが群れている。
 
ほとんどが雑種のような犬だが中にシェパードが1頭混ざっていた。ドアを開けた音に気付いてゆっくりと隣の菜の花畑を横切り去って行った。
 
人生で初めて野犬の群れを見たので驚き、すぐに狩猟免許を持つ近所のMさんに電話して罠を貸してくれないかとお願い。
 
Mさんの梅林に放置されていた箱罠を借りて来て隣の耕作放棄されたブドウ畑に設置。
 
 
スマイルショップの森さんによればココの南、吉野川には日本一大きい中州、川中島があり、かつては3000人もの人が住んでいたらしいのだが現在は無人のため子犬を捨てにくる無法者が多いとのこと。これが野犬化するという訳だ。
 
前の菜の花畑のSさんによると最近登下校の無線放送で野犬の注意を呼び掛けるアナウンスが出ていたとのこと。警察や家畜保健所は動かんのかね?野犬なんかに襲われたら家畜だけじゃなく子供たちの命も危険だと思いますが。
 
人に頼ってばかりでは何ともならんので自分でできる対策として3匹の犬の綱を20mとかにして農場をぐるっと見回れるようにした。
 
 
野犬だけでなく折角畝立てした畑に毎晩鹿が現れ縦横無尽に足跡をつけて行くのに困っていた。まだ足跡だけで済むがいずれ作物が実ったら確実に鹿くんたちのエサになってしまう。
 
 
ワンコたちはその鹿対策にもなるだろう。って、ニャンコ!しれっと畑でウ○コすんな(怒)
 
スマイルショップの森さんが巨大化した水菜と大根・カブの葉っぱをチキンに持ってきてくれた。
 
 
3/9。この日は朝からポカポカ。
 
ようやく春らしい絶好の日和に阿波マラソンとやらが開催された。コースは阿波市役所からうちの前の広域農道を東へ向かい8番札所熊谷寺で折り返して市役所へ戻るというもの。
 
9時過ぎに宣伝カーが応援してくれと叫んでおりにぎやかになった頃畑の下を覗いてみると・・・
 
 
ほんとに走ってる。よく分からんが田舎のマラソン大会っぽくていいなぁ。
 
天気いいし、菜の花も綺麗に咲きだした。
 
 
この菜花、摘み菜というらしい。好きなだけ摘んで食べていいよ、とネーさんに言われてる。後で有り難く頂くとしよう。もうそろそろ収穫が終わるから花が咲いた株はチキンに引っこ抜いて与えてくれと。
 
しかし最近冬作の栽培が終わるので色んな所からブロッコリーやらカブやらダイコンやらハクサイやら頂くので暫らくは間に合ってる感じかな。
 
 
Mさんの梅林が満開らしい。折角なので花見に行くことに。
 
 
ホンマや、綺麗に咲いてる。
 
 
さて、春になり虫が動き出したので中途半端に放置していた軒天(屋根の出っ張った部分の下側)をきちんと塞いじゃおう。
 
 
隙間を黒いコーキングで埋めるついでに窓枠の外側もちゃんとコーキングした。
 
 
よし、これで巨大三脚もようやくお役御免だな。
 
 
これ昇り降りするだけでだいぶ鍛えられたぞ。ああ、いい思い出だな。
 
うちの梅ちゃんは・・・もう少しかな。

 

 

そうそう、卵の梱包について散々悩んだ結果こういうことになった。

 

 

ネット販売、のみならず物流ではトンデモない量の資源を浪費している。多くが海外の木を原料とする紙であったり石油由来のプラスチック素材などである。

 

他国の資源を浪費し環境に負荷をかけ続けている。

 

もうそういうことはヤだな、小規模だからこそできるシンプルな包材を・・・と夢の中でも考え続けてコレ。大工が削ったカンナ屑、オガクズのみ。

 

ネット販売のみだからできること。梅原さんからも、エエと思う、とお墨付きをもらえた。ま、こういうことになると梅原さんの出番はなくなるんだけど。

 

 

 

つづく

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梅原さんへデザイン料の奉納を再開したので、久しぶりにアレを。

 

~~~~~~~~~~~~

梅原デザイン事務所  梅原 真 様 

 

いつも有り難うございます。
先日は梅原さんがプロデュースする「しまんと分校」開校のお知らせ有り難うございました。実技がセットという所がミソですね。

 

ところでAI時代の教育について議論される機会が多いようですがいずれもAIをうまく利用するだのなんだのとトンチンカンな議論が多いようです。それは議論している人たちが皆上から押し付けられた教育を無難にこなして来たいわゆる高学歴な人たちだからだと思うのです。

 

そもそも教育とは個人の幸せのため、個人の生きる力を育むためのものであるべきです。それでこそ皆が率先して教育を受けたいと思うハズです。しかし現実はどうでしょうか。

 

学校の授業が楽しくて仕方ない、なんて発言は私の経験では聞いたことがない。むしろ授業なんてなるべく出たくない、放課後こそが学校の醍醐味である、とかそんな感じです。また少子化傾向が年々深刻化する一方で不登校の児童は右肩上がりに増加。何でこんなに学校が嫌われるのでしょうか。

 

それは教育が個人の生きる力を育むためのものではないからです。もし教育が将来自分が幸せになることが目的のものであれば多少人間関係が煩わしくても子供は必ず学校に行こうとするでしょう。

 

というか、不登校原因の大きな要素である人間関係について何故初等教育でもっと深く教えないのでしょうか。このように学校教育が現実社会で生きることにあんまり役に立たないことを教えているから嫌われるのです。

 

ではどういう教育が現実に即しているのか。

 

私は自分で家を建てました。それを見て多くの人は、家は自分で建てられるんですねという根本的な感想を持った。何故でしょうか?家は自分で建てられることを教えないからです。これでは情報が与えられないAIと同じではないでしょうか。

 

家を建てるということは非常に多くの学びを必要とします。

 

まずこんな家を建てたいという目標思い描くこと。そして土地に関する法律を調べ、建てられる場所を探し測量し、図面を描き寸法通りに木材を切り、打ち付ける。自分で夢を描き、現実を知り、考え、形にする。だから面白い。自分で見つけた夢を実現するから面白いのです。

 

出された問題に出題者の意図通りの答えを出すなんていう今の教育で育った人間は夢や目標を描くことすらできません。

 

こんな家を建てたい、という創造性はAIには真似できない問題提起です。もちろん「しまんと分校」の授業のように、まず美味いアユの塩焼きが喰いたい、とか、こんなテイストのお茶が飲みたい、とかでも良いのです。

 

欲すること、は今の所AIにはできない人間らしい営みのハズです。それは本来人間が備えて生まれている本能的な部分。与えるのではなく欲することを伸ばすのです。今の教育はそれを抑圧しているいるように思います。

 


 ニワトリノニワ 池田

 

 

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時を遡るよ。
 
2/20。未完の内装工事編ね。
 
暫らく寝室は布団をフローリングに直で敷いて寝てたのだが問題があった。それは結露することである。目覚めるといつも布団の下が湿っており、これではカビが生えるのは時間の問題と思われた。
 
 
そこで急いでベッドを作ることに。それも折り畳みだ。寝室が狭いからね。
 
まずは壁に折り畳み金具を固定するための角材をセット。
 
 
石膏ボードだけでは支えられないため、間柱の位置を探してネジを止める。ま、自分で作ったから壁から何センチに3㎝の間柱が通っているのかは分かっているので簡単だ。
 
折り畳み棚の金具をセット。
 
 
別に組み立てて置いたスノコを金具にネジ止めすれば一応ベッド、というか大きな棚の完成だ。
 
 
ただ、これだけでは60㎏の体重を支えることはできないため、脚をつけてやることに。脚も折り畳みできるよう折り畳みテーブルの脚をセットする金具に固定。
 
 
下から見るとこんな感じ。
 
 
一応玄人っぽく水平とか測ってみちゃったりなんかして。
 
 
布団を置いて完成だ。
 
 
これで今晩から通気性の良い寝心地になるぞ。因みに私は寝相が良いので落下防止の柵とか要らんのだ。しかも窓の高さとピッタリ。月光を見ながらの安眠生活だ、やったゼ。
 
そういや、そろそろ彼女らにもアレが必要になってくるな。
 
ということで鶏舎にアレをセット。
 
 
単管に柱の切れっぱしを取り付けてその上に産卵箱を乗っけてオシマイ。我ながらチョー手抜きだ。
 
 
なんだよチキン。コッココッコと文句言うなって。え?自分のベッドはちゃんと脚つけたのにこっちは手抜きか、って?メンドクセーな。チキンは大人しくコケッと卵産んでろツーの、ったく。
 
とか言うてたら段々前が下がって来て後でちゃんと脚をつけるハメになったんだけどな。
 
 
2/22。
 
またしても雪が。
 
 
もういい加減にしてくれや。
 
翌日は良く晴れ暖かくなった。ので畑やっちゃおうよ。まだ1/3も畝立てできてない。もう2月下旬だぞ。
 
 
と、急いで畝立てすることに。ニャンコの監督下で。よっ、猫田部長!
 
 
わざわざ部長が見回りに来なくていいですよ、ちゃんとやってますってば。
てな監督の指導のお陰で2日ほどでほぼ完成。
 
 
よーし、これで春植えの野菜植えられるぞ。
 
内装も大体できたので完成の証をセットしよう。
 
 
東山魁夷の「白馬の森」。もちろんレプリカ。20年ほど前名古屋に居た時に長野県立美術館に行って買って来たやつ。本物はもっと青の色が深くて神秘的な絵なんだけど。
 
玄関にはセンサーライトと監視カメラを、セッツ!
 
 
監視カメラは前に鶏舎の中に取り付けてたヤツ。そういやカメラの前で平気でサボるヤツもいたな・・・あ、ヤなこと思い出した。
 
2/24。
 
朝、またしても凍っている。
 
 
そして昼頃雪に。オイオイ・・・
 
 
翌日は快晴。
 
 
日が出ると暖かい。さすがにもう寒くはならんだろ、と例のヤツを買って来た。
 
 
ハイ、テーブルに乗せて1個を1/3~1/4にカットして行きます。
 
 
カットしたらお鍋に入れてコトコト煮込めば肉じゃがに・・・て、芽出とるやないか。死ぬで。
 
出来立ての畝にテキトーに植えて行く。
 
 
と、予定の半分の面積にしかならなかった。夏の主食はジャガで行こうと思ってんのにちと足りんな。
 
春っぽいことをしようと安売りしてた桜やら生垣用のレッドロビンやら色々買って来た。
 
 
すぐに植える。
 
 
梅はつぼみがたくさんついてる。咲くぞ~
 
やや、猫田部長。何が不備がありましたか?
 
 
はちじゅうおう?じゃないっすよ。前に来てくれた110の王引きずってませんか?
 
四万十でも植えてたレッドロビンは生垣に。
 
 
ツツジが安売りしてたので3種類買って来た。
 
 
そしてジャガイモをお替りだ。
 
 
ピーマンとミニトマトを種まき。
 
 
ネットで1月に注文した桜数種がやっと届いた。おせー
 
 
ジャガイモ早く芽が出ろ、と水ぶっ掛けてやった。
 
 
2月にやることは全部できたな、と。
 
明日から3月。11月に種まいて大きくならなかった白菜が小さいまま花咲いてた。
 

 

早く暖かくならねーかな。

 

 

 

つづく

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先月中旬から卵の販売を始めている。

 

一応、ストアーズでチョロっと作った新しいネットショップ↓

 

 

産卵の方もそろそろピーク。

 

今日のチキンたち

 

羽数が少ないため羽艶がキレイ。

 

そうそう、言ってなかったことがある。

 

今回9月末に入れたのは300羽だった。いつの間にか80羽とか言っているけどおかしくないかい池田君、と。実は12月まで順調に成長していたのだが生後3ヶ月経ったある朝、鶏舎を覗いてみるとチキンの数がどう見ても少ない。

 

鶏舎内には何者かに食われたり連れ去られたような痕跡がある。壁の下に穴が開いており、どうやらそこから獣が侵入したようだ。前から地元の人にはここらは狐やら野犬やらが居るから気をつけろと言われていたのだが。

 

当時私もココに住んでなかったし鶏舎の周りにはフェンスもなく犬も近くに居なかった。一晩かけてこんなたくさん襲うのは恐らく狐だろうか・・・と思っていたのだが実は最近野犬の群れを目撃。

 

そうか野犬だったのか。ひと月前のある朝外に出ると前の畑に4頭、うちの農場との間の道路に2頭、目撃したのは6,7頭の群れ。音を立てたらすぐに去って行ったのだが。

 

初めて野犬を見たのでちょっと驚いた。余りのことに写真も撮ってない。野犬と言えば中学生の頃に読んだ銀牙とかいう野犬が主人公の仁侠もの(?)漫画のイメージが強くてもっとオッカナイものと思っていたのだが。あ、逃げるんだ・・・と。

 

ま、チキンたちを襲ったのは野犬なのか狐なのか定かではないが、残りのチキンを数えてみると90羽も残っていなかったという訳である。

 

しかし、もう僕は抗わない。

 

人生にはどう抗おうが逆らえない流れのようなものがあり、結局は流れの方向を変えることはできないのだ。その流れに従った結果四万十から阿波へと流れついたのである。

 

実を言うと、そもそもこちらでは300羽も鶏を飼う予定ではなかったのだ。養鶏止めようかとも思ったくらいだし。しかしそごう西武百貨店との契約があり最低限彼らに出荷するための300羽だったのである。

 

だが、とヒヨコを注文してから考えてしまった。たくさん飼うの嫌だな。折角お金のない生活をしようと思っているのに。

 

思えばもうそごう西武には未練がない。未来に残したい食べ物、というコンセプトで13年前に放し飼いの卵を史上初めてデパートに並べてくれた当時食品統括部長だった、プロフェッショナル~魂のデパ地下情熱の売り場~の内山さんも既に居ない。

 

そごう西武と言えば2年前に外資系投資会社フォートレスに売り飛ばされ役員が送り込まれ社内が汲々としている。つまり社員が新しい上司の顔色ばかり窺って本来デパートの命題である良い物をお客様に届ける事に心あらずのようである。

 

こういう変革の時には優秀な人材はあっという間に居なくなる。残っているバイヤーは・・・今私の卵に代わって採用されたのは銀座の小さい化粧品会社が何故か京都で生産している値段が高いばかりの平飼い卵。

 

平飼いのべちゃっとした卵なのにうちの卵より高い。どうやらこの会社は本来卵の殻で化粧品を作るために鶏を飼い始めた、というのが本当のところらしい。割ってみれば品質は明らか。

 

と、お客さんに聞いた。バイヤーも売れないとボヤく。そりゃそうだろ。もう少しいい卵なら対抗心も生まれたかも知れないけど、なんともお粗末な。

 

良い食材を未来に残したい、という情熱がなければ未来の卵はタダのタンパク源になり下がるかも知れない。

 
商品に惚れ込まないような販売先と取り引きするのはヤだな。13年前必死に取引先を探していた私が聞いたら怒るかも知れない。でもデパートなんてブランドはもういいや。
 
是非うちで扱わせて下さい、とプロフェッショナルを見てわざわざ電話してきてくれた内山さんの声がもう思い出せなくなってしまった・・・
 
 
そんな訳で3月半ばからかつてのホームページのお客さんを中心にメールや電話で再開のお知らせを始めた。するとすぐに定期購入者が30名以上戻ってきてくれた。
 
ま、目標の6割くらいだけどこれくらいでも、いいか。ここの生活は光熱食費込で月に3万円もあれば不自由なく暮らせる。
 
私の取り組みをちゃんと分かってくれる人が居る。このブログを見て秘かに応援してくれている。そのことをいつも大切にしながら芯を曲げずにやって行こう。
 

私の人生は、ラッキーなことにお金にあんまり縁がない。皮肉ではない。お陰で僕は周りの人から野菜やら果物やら肉やら赤飯やら餅やら色んなモノをおすそ分けしてもらえる。

 

考えてみて欲しい。例えば金持ちなら・・・例の大金持ちzozoの前澤友作氏が一ヶ月僕と入れ替わったとしたら、人ってこんなに優しいんだと驚くんじゃないか。

 

お金持ってる人には誰も野菜のおすそ分けなんてしないものな。お金持つということは人の優しさに触れる機会が少ないという意味では幸せとは言えないんだと思う。

 

そんなことをちゃんと理解できたこの人生は素晴らしいと思う。

 

 

 

つづく

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桜満開かよ。

 

今年は2月がずっと寒かったから梅や桃の開花がいつもの2週間遅い、なんて3月初めに隣の畑のおっちゃんが話してたんだがそれからグンと暖かくなり先週開花したと思ったら数日で一気に満開になった。

 

それも色んな桜がいっぺんに。まるで北国みたいだ。

 
とは言え、私は全く出歩かない生活になっている。この間いつ買い物に行ったっけな、と考えたら10日くらい全く出歩いていないことがザラである。
 
従って近所がどうなっているのか良く分からんのだが先週28日、たまたま郵便局に用があって出かけた。二週間ぶりに。すると下の工業団地の道路がぐるっと桜に覆われているではないか。天気はイマイチだが。
 
 
なんや、桜だらけやな。あっちもこっちも桜ばかり。近所の四国霊場熊谷寺も桜満開。おまけに山にも山桜が点々と。

 

 

普段普通の木みたいな顔して突っ立ってやがるクセに。この辺り、野も山も里も桜だらけで桜の名所だったのだ。そこで思わず僕は呟いた。

 

「お前ら全部サクラだったのか!」

 

呟いてから、まるで劇場型詐欺の被害にあった男の断末魔のようだな、と思い一人でニヤニヤしていた。春やな。

 

 

 

つづく

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つづきから

 

2/13。

 

セルフビルドの方は内装もまだ終えていないが同時に進めねばならないのが外構である。外構とは駐車場とか庭木とか生垣とか。

 

実家が樹木に囲まれて育ったためか木が植わっていないとなんとなく落ち着かない性分である。たまたまコメリで庭木の半額セールをやっていたのでキンモクセイと、

 

 

紅サザンカとやらを購入し車と水無川の間に植えてみた。

 

 

ここは生垣になるようもう少し樹木を植えよう。

 

そんなことより、玄関である。正確に言えば玄関を本格的に作る様々な余裕がないので風除室である。

 

まずは先月ならした砂利を少し整える。

 

 

広さの確認のため基礎となるブロックを置いてみる。

 

 

更に砂利をならしながらブロックを水平に置いていく。

 

 

水平を確認するため木材を置いて確認。

 

 

ま、風除室なんてそんなに神経質になることはないんだが水平であるに越したことはない。

 

大引を載せるブロックも置いて更にブロックを砂利で少し埋める。

 

 

2/16。

 

朝いつものようにチキンにエサをあげている。

 

 

すると鶏舎の片隅に・・・発見!

 

 

再び養鶏農家に戻ったんだな。

 

さて、玄関。

 

置いたブロックを固定するため余ってた鉄筋をテキトーに切断し

 

 

ブロックの穴にぶっ挿す。

 

 

お次はモルタルづくり。

 

 

今更説明しとくけどセメントはセメントの粉と水、モルタルはそれに砂を加え、コンクリートは更に砂利を加えたもの。

 

今回はブロックの固定だけの目的なのでコンクリまでは不要という判断である。こんな感じ。

 

 

固まったら土台となる木材に鉄筋を通す穴を開けてブロックの上に置いて行く。

 

 

端材だけで作ると決めたので家に使った梁や母屋などの余りでツギハギだらけ。

 

 

ま、どーせ目立たなくなるから良いのだ。

 

その上に残ってた合板を打ち付けて床の完成。

 

 

お次は壁を飛ばして屋根だ。

 

家側の屋根をくっつける場所のサイディングをグラインダーでカーッと!

 

 

この隙間に防水シートを差し込み下から木材で押える。

 

 

では柱。

 

 

柱と間柱が一本余ってたのでこれを柱に使用。太さがアンバランスだがどーせ波板で目立たなくなるから良いのだ。

 

次、家から垂木を出して柱に固定。更に母屋となる横の棒を。

 

 

本来垂木が上で母屋が↓なので順番が逆だが波板を傾斜に合わせて縦に貼るので横の木で支えた方が良いからだ。

 

 

ま、縦だか横だか訳分からんだろーが自分でやってみれば分かる。後は波板を貼るだけ。

 

家と屋根の接点は防水シートが上になるよう波板の上に傘釘で固定。

 

 

これで継ぎ目から雨漏りもしにくくなるという訳だ。あ、自分で考えたぞ。

 

これで屋根完成。

 

 

次壁。

 

 

 

 

後は扉だけ。端材だけで作ったので木材の太さが心細い。しかしここらの台風ごときではビクともせんやろ。何しろ柱はちゃんと構造用金物で固定してあるのだから。

 

戸も同様に作成。

 

 

どう考えても引き戸にしたかったのでこれも昔買ってあった戸車を、

 

 

テキトーに木材に埋め込んだ。

 

 

つーことで玄関完成。

 

中から。

 

 

囲っただけなのに暖かい。玄関っていいなぁ。ま、玄関じゃねーけど。本当は外壁と合わせてブラウンの波板にしたかったんだがこの良く分からん色が半額だったのでやむを得ず。

 

玄関のお陰で部屋の中も更に暖かくなった。夏は内側から合板かなんかで囲わないと温室になるな。あ、簡易サウナってことにするか。

 

「来客の方はまずサウナで汗を流してからお入り下さい」

 

な、感じか?オモテナシか?タチの悪い冗談か?

 

 

近所のMさんから鳴門の新ワカメのおすそ分け。

 

 

わざわざ船で採りに行ってきたらしい。

 

生ワカメ食べるの初めてだ。1分位さっと茹でて鰹節かけてポン酢で。

 

 

シャキシャキして甘みもありとても美味しかった。また採りに行かないかなぁ。

 

さて、初玉。まだ一日一個とかしか産まない(この頃は)けど阿波で初めてのはつたまを食べてみることに。

 

 

割ってみる。

 

 

相変わらずプリプリでこんもりした良い卵だ。味は・・・濃厚でねっとりしたコクがあり美味しい。久々に卵食べた。一回だけスーパーで卵買ってみたけど生臭くて生で食べる気にはならなかった。と、一応宣伝しとこう。

 

 

来週早々にも新しいネットショップで販売開始できるかな、と。

 

 

 

つづく

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