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あまり意味のない日常のこまごましたこと。

もう、15年少し前になるだろうか、震災で原発事故のあったあたりの海岸線を一気に車で走り抜けたことがある。


当時、休みがとれたら車でドライブに数日でかけいた。

全都道府県走破を目標としていたが、結局7割くらいで挫折した。


そんな中で福島県は東北で唯一、旅した県である。


福島は中通り、浜通り、会津とありほぼすべてを走った。

山間部は本当に山の中の田舎で、中部や関東、近畿の田舎とはまた違っていた。


郡山から会津に行き、野口英世記念館や会津の城を見て福島市に宿泊、翌日は相馬市まで行きそこから海岸線に沿って一気に南下。相馬では仙台の放送がラジオから入ってきた。11月だったが、太平洋が見えて、ものすごく晴れていて、雪の東北というイメージとは違い、ほんとうにのびのびとした感じの景色だった。海が青くどこまでもつづいている。こういう一直線の海岸線は珍しい。


そこに将来、地震が来て津波が来るとは思わないし、ましてや原発があることすら意識しなかった。

そんな光景を自分が見たことを思い出したのはつい最近です。

そういや、あそこ行ってるわ。

そう思うと少し気分がウエットになり、他人事ではない気がするこの頃です。



そのまま南下し、茨城から千葉へと移動。


まあ、そんな旅行したということを思い出したこのごろです。

へた絵ですが、写真がないのであしからず。



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週の中日である。

職場に個人用のスケジュールノート、メモノートを置き忘れてきたためすべてが滞る。

というかやる気が起きない。


なにかしら、気分がさえない最近である。


アマゾンの本をコンビニで受け取る。

ヘルタースケルター、町でうわさの天狗の子、現代アート入門、日経ヘルス3月号。


それぞれ探すのが面倒だったり、本屋で買うのがためらわれたりするものである。


ヘルタースケルター、町でうわさの天狗の子はマンガである。

ネット上でストーリーや評判から読むことにする。


現代アート入門はまあタイトルそのものの内容である。

説明になってないか。


日経ヘルスはマッサージ特集であるから購入決定。


まあ、便利である。


週の中日、中途半端に疲れが出ている今である。



2月3日(金)

1週間の勤務も終わる。予定もないし、仕事も不完全燃焼な煮え切らない気分の週末である。

いつからかしらないか、巻きずしを食べる日になったようだ。

風水の本を見るといなりずしも食べる日らしい。

あわせて夕食となる。ついでにまめまきもする。食べるまめも多いのでたいへんである。

そして、ビニール袋に年の数のまめを入れ今後1年枕元に置くことになる。昨年のものと取り換え。

これも地元や家に伝わることでもなく、風水の本で読んでからだからここ5年くらいのならわしである。

21世紀になっても日本社会では迷信がどんどん強化され定着していく。


2月4日(土)

朝からスカパーで古い特撮を見て、カーネーションの録画を見ながら、ネットをして本と新聞を読む。

今読んでいる自己啓発本が非常によくてテンションがあがる。

ネットでチャットみたいな掲示板で特撮について語る。


そのまま家にこもってもよいのだが、それではあまりなので午後から買い物に。

クリーニング店に行き、百均で茶碗など購入。牡蠣の季節があと少しなのでココイチバンへ。

牡蠣フライカレーを食べる。店や日により味がよくない日もあるが本日はおいしかった。

チーズをトッピングするとかきに甘さが出てさらによい。牡蠣フライとチーズは相性がよい。


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さて、牡蠣は食事というより趣味である。午後4時ごろに食べてしまう。夕食を6時にまた食べる。

さすがにきつい。その後、スケジュール作成。メモとスケジュール帳は何年もいろいろためしたがB5のキャンパスノートにいきつく。毎月、新しいノートを作りなおすことにする。移し書きするのがスケジュールのたなおろしのようになりこれが管理的によい。


夜、自治会の動員、要するに桜で福祉施設の方たちの講演会へ。

インフルエンザのことを考えたらマスクをしていけばよかった。

たいへん申し訳ないが面倒に感じる。いい話なのだが。

好きで聞きにきてメモをしてる人もいるというのに。


2月5日(日)

朝からテレビ、ネット、読書、ノートと快適に過ごす。

こもってばっかりもさみしいので、午後から本屋とブックオフ。隣の市にまた大きなブックオフができている。

自己啓発本を一冊購入。マンガはの新刊はなかなか見かけないのだが、一般書籍、それも自己啓発は発売されたものがどこのブックオフにもすぐ並ぶ。

人が多くて本が探しにくい。

ラーメンを食べ帰宅。

スケジュールの作成、アマゾン発注、ネット、スカパーのチャンネルを適当に回す。


ということで、とりあえずかたづけを早く終わらせないといけないと思うこの頃である。

個人的には2月と5月が1年で一番時間があり、自由な月である。











学習することには根気がいる。

自分の頭の中で学ぶことをなにかしら面白いことに置き換えて学習するとよい。


ところが、なかなかそれでも学習するということはたいへんである。

根気がいるし、あきがくる。


自分で学ぶには「本」。

適切なものを選ぶというのはよく言われることである。

今はネット検索、アマゾンで調べれば読者コメントもあるし参考になる。

人気、キーワードなど並べ替えらる。

とりあえず対象の10冊を買って、それぞれ3回づつくらい読めばよいと思う。

難しいことを考えないでも、それくらいやれば共通のキーポイントは同じだし繰り返し効果で頭の中になにかしらすり込まれるはずである。


記憶に残るはずである。


記憶というのは、眠る前と朝起きた時が良いそうである。


1度目の学習は夕食後、眠る前、起きた直後に3回、同じところを読めばベストかと思う。


2回目以降はチェックしたポイントのみ繰り返せばよい。


自分は1度目は気になったところに線をかたっぱしから引く。

2度目はその中から○印をつける。新たに○を追加することもある。

3回目はさらにその○から抜き書きしてもよいくらいのところにしるしをつける。

ふつうのちょっとよい本はここで完了

かなりよい本はその部分をパソコンにタイプする。

実用性があるならそれを短く要約する。

3日のち、3週間後、3か月後、1年後に読んでくりかえせば完璧。


以上は自分が過去に読んだ記憶法や学習法の本で読んだことをうろ覚えでまとめただけです。


昔から、計画や学習法の研究には燃えるのですが、学習そのものはほとんど頓挫するか手つかずだったりします。道具をそろえたり計画したりするのだけはなんでこんなに楽しいかの。


あとは講習や教室に通うのがよいようです。

お金かかるし、なによりコミニケーションが苦手なものにとってはハードルが高い。

あと、時間や交通の問題もある。

ようするにふんぎりがなかなかつかない。

この部分が自分の課題である。


いまさらだが、学校に行くというのはほんとうに貴重でありがたことだと思う。

日本の学校のシステム、特に小学校はほんとうに日本社会の財産だとさえ思う。

もう少しいろいろちゃんと学習しておくべきだったとつくづく思う。


それとアウトプット。制作物を作ったり学習したことを生活で利用すること。


そういえば、テレビで受験勉強についてだが家庭教師的な学習には否定的なことを言っていた人がいた。

最初は伸びるが、自分で学習したほうがのちのち伸びていくと。

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世の中、丁寧な人はいるものである。

レコード盤を収集していたころ、ものすごく丁寧に商品を扱う店員さんがいた。

中古店なのだが、一枚一枚吟味して、向きを正して紙ジャケットに戻し、それをジャケット用ビニール袋に丁寧に入れ、包装の袋にそれはそれは丁寧に入れてくれる。

ふつうに入れるのとはわけが違う。

これだけ丁寧に扱ってくれると同じものでもたいへんありがたく、神聖な気持ちにすらなる。


ネットオークションで分冊百科のセット、デアゴスティーニのようなのを買ったら、包装が丁寧で本がきれいであった。あて名書きか包み方までびしっとしている。

別の方から同じく分冊百科を買ったら、ジッパー式ビニール袋にまで入れてあった。


先日もDVDを買ったら店員さんが、時間がかかったが几帳面に商品を包装してくれた。

やりとりからなにからなにまで几帳面であった。


そういう人たち、また出会っていないがそのような人たちが手をかけた仕事を見ると自分のまわりもすべてそうしたいし、そのようになりたいと思う。


ところが自分は人並み以上にがさつである。

すべてが混乱して、恥をかくことすらある。


そして、世の中九割九分の人もそんなに几帳面ではない。


たまに几帳面にしてみるが、結局自分なりに戻ってしまう。

がさつの結果、痛い目にあってすこしづつなおりはしても、やはり本当に几帳面な人にはかなわない。


対象物を好きになることがだいじなのだろうか。


几帳面な人、あるいは仕事をみかけたらじっくり観察してそのコツをつかみたいと思う。



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ときめきかたづけからはじまったこのブログ。

風邪で体調不良でとりあえず気候があたかかくなるまで休憩です。

あと二部屋および外の倉庫のごみ廃棄、その後に物品の配置。

3月くらいからぼちぼちと。

軽いがだらだらしつこく続く風邪に家族と職場の人のほとんどがやられている昨今。

こんな状況で寒い土蔵の中や外の倉庫になんぞにこの季節いつづけられません。


効果としては、とりあえず使うものが新しくなり生活に張りが出て、見栄え心ともいきいきと新鮮になってきました。

スピリチュアル効果というより、適切なものを使用するからだと思います。

部屋の中もかたづき、いろいろ行動が便利に。


あと、家族みんなが遊びによく出るようになりました。特に出不精の年寄が信じられないことに誘われて一泊旅行に。その他のものをなぜか人との縁ができやすくなったり、スケジュールがするするとこなせるように。これはそうじとどういう関係があるのか。ただし、なぜか風邪とそれにまつわる体力の低下に悩まされています。スピリチュアル的な相関関係やいかに。


まあ、以下のように片付いた部屋もあります。

これで配置までしたら何がどうかわるのか。

とりあえず著者に感謝。



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自分が在住しているところは滋賀県なのだが近畿地方に属する。

学生時代は京都に通学していたのだか近畿地方出身の学生が多く、知人も2府4県人間が多かった。人にもよるだろうが、基本的に近畿地方の人と馬が合うようである。10日以上関西弁のない世界にいると気が狂いそうになる。社会人なってもこちらで就職した理由もそのあたりが大きい。ちなみに海外旅行に一人で行ったことがあるが、テレビの日本語チャンネルをホテルでつけっぱなしにしていた。言葉というのが自分には重要である。


こういう地域ネタはほんとうにしょうもないと話だと思うが、近畿地方の各府県の感想を滋賀県的に書いてみる。

あくまでも近畿大好き個人的主観なのであしからず。


滋賀・・よその県から来た人が滋賀県の人は気軽に他府県に出ていきますねと言っていた。これは高速道路や鉄道の交錯する内陸の狭い県ということもあるが、ど真ん中にとんでもなく広い水たまりがあるという特異な地形のため中心地というもがないことが大きい。繁華街というものがないのでなにかの用をたすとなると外に出ていくのである。基本的に京都あるいは大阪で「まちの用事」はすませるという思考が頭の中にある。

兵庫は主に日帰り観光で行くところ。奈良は近いが意外に行くことがない。和歌山は他の地方の都道府県以上に行くことがない。老若男女、性格は幼稚で友人関係もしだいに小学生の友達感覚に近いものを求め、そうならないとコミニケーションのとれない非常識な人とされるように思う。


京都・・・身近で滋賀県からしたら普通に隣の市程度感覚である。しかし、京都にしたら山の向こうの田舎という感覚であろうと思う。しかし、近すぎて、意外に京都から滋賀県にも往来がある。人の面倒見はいいが、神経質で、世間体にかなり気を使う。滋賀県に対する近親憎悪と親近感、大阪に対する都会への憧れと京阪神としての連帯感、意外な奈良への無関心、和歌山はふだん意識の中になく、あまり縁はないが神戸・兵庫に対する尊敬。京都の人のこんな感じを抱いてるいるのかなと思う。


大阪・・・マスコミ的なイメージの人なれした感じは個人的にはしません。人間関係では一定の距離感を保ちつつ様子を見る、いわば人の流れの 多いところの人によくいる感じの人が多い。マスコミが伝える、どろくさいが人情があり卓越したコミニケーション能力のある感じの人が多かったのはせいぜい昭和までかな。

昭和末期でも北摂的なドライな人とと泉州的な人情的のある感じのふたつのタイプの人はいたが、今は前者が主流な感じ。関西に人が次から次へと流れこんでくる時代ではないし、豊かにもなったからかな。京都・兵庫に対して意外に距離感を持っているが、一定の尊敬をしている。和歌山、奈良に対する田舎への上から目線と同一地域という連帯感、滋賀県は同じ近畿だがはるか彼方(意外に近いのだが)、京都のついで。


奈良・・ほんとうにトラブルを起こさない中庸の人が多い感じ。出すぎず引きすぎず、情緒安定。なので、記憶に残りにくい感じ。和歌山に対する親近感、大阪に対する都会への畏敬と憧れ、兵庫・神戸のおしゃれさに対する尊敬、京都に対する少し大きな街への尊敬と距離のわりの縁のなさ、滋賀も同様に距離に近さのわり京都以上の縁のなさ。


和歌山・・元気、からっとした性格、いい意味での賭博師的度胸あり。おとなしい人でもそれがある。都会といえば大阪、奈良への親近感、京都、兵庫はかなり向こうの地域であり滋賀ははるか彼方。個人的な感想ですが陽性の和歌山人と根暗滋賀人は案外、相性がよいことが多いです。


兵庫・・阪神地域・神戸・播州・淡路・丹波丹後・但馬と似て非なるもの。いや、ちがう。これは神戸という港を成立させんがため、税収の関係から無理矢理ひとつの地域としたいわば連邦です。阪神地域と神戸の人ですら個人的に違うものを感じました。神戸はほんとうにごく普通の平凡で情緒の安定したまとも近畿人という感じ。阪神間の人はほんとうに元気で楽しく落ち着きがない感じ。播州の人はライトな(本物でない)任侠気質の人たちとそれを冷やかに見るクールな人の混在。淡路の人はのんびりふつう、兵庫の中では滋賀人からしたら一番違和感ない感じ。丹波丹後・但馬の人はサンプル数が少ないですが、少し神経質かなでもほんとうに普通の全うな生活を好む感じ。ようするに全体的に近畿で一番ふつうが兵庫かなという感じです。大阪に対する親近感、京都に対する近畿の主要な地域としての連帯感、奈良・和歌山は同じ近畿だがはるかかなた、滋賀県に関しては同じ地方という感覚すらない。しかも、近畿とは自覚しているものの、田舎といえば人により四国であったり中国地方であったりして普段意識するのは東の方の近畿より瀬戸内、中四国の西方である。


あくまでも主観です。よその地域から来ても、その地方にいると性格までそうなっていくから不思議です。



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AKBの「上からマリコ 」の感想です。


歌詞を見たら案外、普通のことばばかりでこれだけでは特に個性を感じない。

しかし、メロディーがつくととてもよい感じです。

そのへんは作詞家さんの才能だと思います。


AKBではあまり好きな曲というのは少ないのですが、この曲がだけは特に好きです。

(すいませんおっさんです)

いったん気に入ると飽きるまで繰り返しかけっぱなしにするのですが、そんな一曲となりました。


歌詞なのですが、年上の彼女にからかわれてそれが心地よい年下の男の子という設定。

ありそうであまりないパターンの歌の世界です。

キャンディーズの「年下の男の子 」という曲の歌詞のアンサーソング?という勝手なとり方もできます。

作詞の秋元康さんの年代ではありえそうですが、まあそこまでの深い意図もないと思いますが。


「年上の君なのに僕にはティーンエイジャー」という歌詞があります。

つまり彼女は10代ではなくそれ以上ということです。

特定してませんが、たぶんは20代ということでおおむねよいと思います。

ただし、これが歌詞の世界の面白いところで、別に30代、場合によっては40代、先生と男子高生などといういわくつきのシチュエーションを想像してもおもしろいかもしれません。

別におもしろくないか?


とりあえず楽しいメロディーが心地よい。



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まんが「主に泣いています 」の感想です。

海月姫の東村アキコ のまんがです。

もともとまんが以外の絵もかなり描ける作家さんのようで、絵画張りの画力には圧倒されます。

そしてセリフ、ストーリーの構成もよくできています。

絵・文・ストーリー とそれぞれの才能があってこなすのだか印税もらって当然という感じです。

ネット上の意見ですが、連載が長くなると話がまとまらなくなるきらいはあるようですが、自分はこれと連載中の海月姫しか読んでいないのでなんとも言えません。


ストーリーとしては、あまりに美人すぎる女の人が人目をはかなんで生きていたが画家の愛人になりモデルになり生きていく葛藤を描く・・といえば渡辺淳一の小説のようなものをイメージするかもしれないが全く違います。

まったなくナンセンスギャグまんがです。初期の亀有公園前、すすめパイレーツ、その他1970年代末期にたくさんあった、いい意味でのわるふざけの連発で、たぶん、作者もそのまんがの一つの典型をやってみたかったのだと思います。それと、美人過ぎて不自由な主人公というあたためたネタを一つの作品で合わせてみたという感じではないかと思います。

突然、登場人物が別人になって寸劇してしまいまるで舞台劇のようでもあります。

下町の濃い人間関係というのはめぞん一刻を彷彿とさせます。


自分の場合、こういうギャグ漫画が好きなので受け入れられましたが、ナンセンスギャグがダメな人が純情系恋愛ドラマと思い買うと落胆しかしないと思います。

そのためアマゾン でも賛否両論あります。

よい設定なのでだれかしらこのシチュエーションでストレートなドラマを作れば受けるかもしれませんが。


主人公の絶世の美人の泉さんは天然のきまじめな不思議ちゃんだし、画家の仁先生にしてもまだ若作りの30代で死ぬほどタフで脳天気、その他の人物にしてもほぼ楽天的。これはこういうパターンのまんがの特徴です。


つねちゃんというの泉さんのおもり役のハードボイルドな女子中学生の絵がものすごくきれいでかっこいいです。

この作品のこだわりのひとつかもしれません。

作中の中で唯一、鬱系よりのキャラクターか。


スカイツリーが象徴的に出てまきすが、これを描くということもこの作品の特徴です。


赤松という美大生が出てきますが、仁先生にぼろカスに言われるもそれなりに才能を見抜いたから留守中の絵画教室を任せたのかなと思う。


美人さんというのはたまにいるものですが、ふつにう生活感があったりいい意味で下品だったりすると一気にふつうの人に見えてくるものです。あたりまえですが生身の人間です。しかし、こういうフィクションの登場人物では最後まで不思議な感じにしておけます。よって、そのへんは現実にはないもう一つの現実が仮想体験できるというドラマを読む楽しさが感じられます。


とりあえず続きが楽しみで繰り返し読みできそうです。


寝る前に読むのにかぎります。いらないことをみんな忘れてぐっすりと眠れます。


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土日、用がなかったしかぜもなんとかもちなおした。

アマゾンとそのマーケットプレイス(中古本店)から届く本などを読んで過ごす。

「語源で楽しむ英単語」「主に泣いています③~⑤」などである。

その他のマンガ、現代美術の本はゆうぱっくになるためかまだ届かない。

ネットをだらだらしたりとりだめた録画を見たりして快適に過ごす。


マーケットプレイスの本というのは手数料が一冊につき260円かかる。店によるのだろうか。

届いた本のことを調べていたら、つぎからづきへとまた本がほしくなるし、曲もほしい。


ブックオフ、つたや、ネット、録画、スカパー、おまけにUSENもあるのでいくらへやにこもっても時間がたりない。

便利な時代になったものである。


昨日はまんが「主に泣いています」の③~④巻を読みながら、ほぼ半年ぶりにアルコールを飲んでみる。

そのまま爆睡。


9時ころ起床、NHKの「カーネーション」「ビーバップハイヒール」「あめとーく」などの録画をみながら少し体を動かす。

しばらくさぼりがちだったガーデニングの作業、寒肥をホームセンターに買いに行き撒く。


午後から大阪へ車で移動。

道を少しまちがえたらカーナビに住宅街をうろうろさせられる。

風水的には南西の方角はいまいちなのか。などとイライラしする。

買い物をして、サービスエリアでカキフライを食べ帰宅。

車の中でFм cocoloを聞いたのだが、802の資本傘下に入ったらしいが内容がマニアックでなくなっていて少し残念な感じがした。車の中では河合その子のライブビデオを見たりや90年代のダンスヒットを聞く。


少し体力をつかったのかほんの少しかぜの症状が出てきたので、風呂に入らずねることにする。

久しぶりにUSENで名古屋のZIP-FMのdance hit 20を聞いている。

写真は特に意味ないものです。新大阪駅です。


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ブログネタ、マンガの感想「主に泣いています」「のだめカンタービレ」、曲の感想「上からマリコ」、自己啓発的に気づいてこと「ものを丁寧にあつかうこと」、気になった本について、地域について「大阪」「福島」「滋賀県」、風水と方角について、このごろの風邪について、ブログについて・・・などを書こうとしているが疲れたので寝ます。