格安スーパーでみつけたマルちゃんのカレーうどん。
このスープが秀逸である。
これに豚肉と青ネギを添えればちょっとした店のものにもひけをとらない。
別にネットのバイトで宣伝しているわけでありません。
関係ないですが、マルちゃんの即席めんはなぜかメキシコで大人気らしいです。
特にこの甘辛、かなりいけます。
麺のうどんの即席めんにしてはまずまず。
一週間は早い。
とりあえず水曜までがんばろうか思っているともう金曜日。
最近は人件費の関係で残業はできるだけしないように言われるし、サービス残業をすると労働基準法等の関係でよくないらしい。しかし、人減らしで個人の仕事量は増えているような気がする。
まあ、また何らかの関係で世間的に労働時間が増えると、今のような時代をのんびりしていてよかったと言い出すのかもしれない。
一週間のことしか考えないと悩まないでよい。3年後どうなっているかと考えたらノイローゼになっていらないことを考えてくたびれてしまう。しかし、3年後、5年後どうなっているか考えて計画しないと人生はうまくいかないというのが、いろんな本を読んでいて定説のようである。
しかし、根気のない自分がそんなことをしたら、はたしてもちこたえられたか大きな疑問である。
1週間のスパンで考えないで2週間のスパンで計画を考えようと思う。
月間の経過も2か月に伸ばそうかな。
というのは、先のことを考えないほうが心理的に負担にならずうまくいのだが、それだけではやはり全体的な計画というのがよくない、というかいろんな大きな結果はでないような気がしてきた。
まあ、そろそろ長期的な計画に耐えるよう少しづつ自分を変えていかなければならいなのかなと思うこの頃である。
不況とか世相とかいろいろありますが、いつの時代も悲観的観測が中心の日本の世論です。
たまに昔のことをさかのぼって思い出してみる一人遊びを頭の中でします。
お金も手間もかからない遊びです。
去年の今頃何してたかな、と。そして、ほんとうに子供のころまでさかのぼります。
たとえば、祭日があったとして、その日に何してたかなとか。
平日はまあ冬の今頃とか二月ごろとか大雑把に。
こういう反芻のおかげかわりあい昔のことをよく思い出せます。
記憶法の理に叶っているのかな。
昔は楽だった時代とか心地よかった、あるいは楽しかったというころが良いときだったと思えたのですが、最近、年をとったせいかふつーに一生懸命生きていたころがよかったなと思えます。
特別な結果を残さなくても、きっちりきっちりふつーに生活している時代。
それは惰性でがむしゃらにことをこなしていたころ、本当はこんなことやりたくないんだがとりあえずやっつけで終わらせていた時代はよい思い出でにはなっていません。
もっと工夫したり頭を切り替えて楽しんだり、学習とみなしたりしていれば別です。
じっさいはなげやりで逃げていたのだと思います。
別にスーパーマン的に特殊な能力を発揮する必要はなく、適切なペース配分に気をくばって普通の人間として、本当の意味で逃げずにきっちり日々仕事をして生活している時代がよかったと思えます。
そういうのが大事かなと思うこのごろです。そして、若干の根気はいるがそれなら無理なくできるので、そういう時間を一分でも一時間でも増やしたらいいのかなと思うこの頃です。
世相をくらくみなす世論はいつの時代も同じ。
物理的なことに気をくばりつつ、人間は感情が満足すれば納得する生き物。
今日も一日よかったなと思うようにしたほうがよいのかもしれない。
自己啓発本を読んでいたら、自分のために人を全力で許しましょうと書いてあった。
自分に集中するためであるらしい。
まあ、もっともである。
これだけでは何か足りない気はするが、生きていくうえで必要不可欠な要素であるかもしれない。
先日、うれしそうに話している人がいたのでなにげなく見ているとたいへん表情がよい。
まるで別人のようだった。
こういうことはある。
自分は人の顔の認識があまりよくない。
待ち合わせをして本人だと気づかいなことがある。
少し知っているだけの人とすれちがっても気づかないことが日常的にある。
なのに、こういうことには敏感である。
うれしい人の表情に話はもどるが、普通の人が一瞬、あるいは一時期別嬪さんに見えることがある。
結婚してしばらくはきれいになる人はよくいる。
自分はパチンコはしないのだが、パチンコでいうところのフィーバーがかかり続ける確変状態みたいなものなのかもしれない。
まあ、いやなことがあると逆もあるのかもしれない。
選挙速報などを見ていると、当選したとたんに表情が輝き人相がかわる人がいる。
しかめつらをして生きていてはいけない。
かといってリラックスしすぎた生きたかをしていてもダメである。
で、何が言いたいのかというと自分はしょーもない話をしているなと思うということである。
最近、新聞広告などで気になった本。
すべて読んでないので、いつかは手に取り吟味してから買おうかと思う本です。
宣伝でもなんでもなく個人的なメモです。
まだ読んでないのでおすすめというわけでもありません。
食育の本です。食べ合わせについて書いてあるようです。
料理本。本によって自分の口にあうかどうかというのがあるのでブックオフ待ちかな。
対象年代でなくても、自己啓発系は一文でもピンとくるものがあれば買いかなと思う。
ヘッドハンター直伝、成功を収めるための57の法則
・自己評価というのは極めてインフレを起こしがちなもの
・企業とは性善説より性悪説で語るべきもの
・仕事が「できる・できない」の客観的指標はあるか?
ここらあたりが気になります。
胃腸関係に自信がない場合は気になる本です。
・自分の考えと矛盾する事実があったら、それを受け入れられる
・ 突飛な組み合わせを思いつける
・数多くのアイデアを出してから、それを絞り込む作業をしている
・ペア式順位法など、厳密な判断のためのツールを使っている
・教えたり、説明したりするために、物語が使える
・重要度の低いことは誰かに任せたり、切り捨てたりできる
こういった考えが気になります。
クールな悪女系サスペンス小説。時代背景が昭和末期。もし主人公が生きていたら40代女性なので、それくらいの年の人が読むとより面白いかもしれません。
本屋で立ち読みして買わずに帰ってきて気になった本。
ネコの習性について書かかれています。
アマゾン検索中に見つけました。美容皮膚科系の話に興味ある人にはよいかと。
コミニケーションのわかりやす本。
見てすぐできる!「結び方・しばり方」の早引き便利帳
ひものむすびが苦手なので便利そうな本。しかし、学習せず積読になりそう。
おしゃれの練習帖 理論派スタイリストが伝授
被服関係の一冊です。
呼吸法の本。自律神経に難ありと思っていれば一読の価値あり。
音楽をかける立場の人をDJと呼ぶ。
ターンテーブルを使って曲を切れ目なくかける人を最近は主にそう呼ぶ。
しかし、昔はDJといえばおおまかに言ってラジオの番組の司会者のことであった。
さらにその昔は、ラジオでレコードをかける人、つまりディスクのジョッキー(乗りこなす人)だったそうだ。
まあ、ある意味、本来の意味にゆりもどされたとも言える。
今ではラジオの司会進行役はナビゲーターとかパーソナリティーと呼ばれる。音響機材の操作中心のDJと混同されないようにそう言われる。МC=マスターオブセレモニーともいわれる。式典の統括者とでも言うことだろうか。
しかし、スポーツイベント会場のアナウンスパフォーマンスはスタジアムDJと言われる。
パフォーマンス的要素のある声芸があるからだろうか。
しかし、クラブDJではそういう人はあまり少ないように思う。
その昔、クラブがディスコと呼ばれていた時代それができて当たり前だったらしい。
今は逆にそういうことをするとクールでないとみなされるのかもしれない。
DJという言葉は流動的なものであるようだ。
さて、人前に出るのはきらいだし、歌も世界でトップクラスに音痴の自分なのだが、声はそこそこ鍛えればいいものが出るのではないかという気がする。根拠はないのだが。
ネットで調べてみると、歌ではない単なる本当に発声のみのボイストレーニングという個人レッスンがあった。
世の中にはいろいろな教室があるものである。
イラストはすいません、へた絵です。笑え笑え。
マイクのつもりで書きましたが見えませんか、下ネタのつもりはまるでありませんのであしからず。
「カーネーション」はNHKの朝の連続ドラマです。
老人2名がいるため、毎朝、お決まりの視聴となります。
自分はその頃、出勤のため関係ないのですが、まあ、たまには目に入ってきます。
少し前のゲゲゲの女房は水木しげるさんの個人史がベースになっており、漫画界の歴史を見るようでたいへんおもしろく、ほんとうに小学生以来、久方ぶりに連続テレビ小説をちゃんと見た作品となりました。
子供のころは祖母が見ていたので、幼児の自分も一緒に視聴したわけで、そういう意味で家に年寄がいるとこういう情報に敏感になります。
このドラマも被服デザイナーの越野親子の実話がもととなっており、たいへん面白い。
ここ数年、被服関係の本を読んでいるのでさらに興味深い。
と言っても、はじめの3か月は見てないわけだが。
婦人洋装の黎明期に苦労をして、自分なりの境地を開拓していく過程が描かれているという点では、職人の成功譚に属する話になるのだが、そこに昭和の庶民の歴史や、女性のドラマ、家族の絆などいくつもの要素が詰め込まれている。
特に、主人公がこの時代(昭和20年代)、女でありながら別れ際、男性にすぱっと思いを告げるというシーンは圧巻であった。ありそうでないシーンである。だいたい流れからしてどうなるか読めたが、言い出す時には見ているほうが、まるで野球の大一番最後の一球を待つような緊迫感さえ感じさえした。
基本的にべだべたしたドラマが好きでない自分でも感動したし、さわやかな感じさえした。
まあ、状況は決してさわやかでないわけではあるが。
一つのシーンの間合いが長く、いらいらする感が個人的にあるが、それがこのシーンではものすごい力を発揮していた。
あと、やはり被服関係の理にかなった描写は見ていて気持ちが良い。