学ぶということ | allaのブログ

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あまり意味のない日常のこまごましたこと。

学習することには根気がいる。

自分の頭の中で学ぶことをなにかしら面白いことに置き換えて学習するとよい。


ところが、なかなかそれでも学習するということはたいへんである。

根気がいるし、あきがくる。


自分で学ぶには「本」。

適切なものを選ぶというのはよく言われることである。

今はネット検索、アマゾンで調べれば読者コメントもあるし参考になる。

人気、キーワードなど並べ替えらる。

とりあえず対象の10冊を買って、それぞれ3回づつくらい読めばよいと思う。

難しいことを考えないでも、それくらいやれば共通のキーポイントは同じだし繰り返し効果で頭の中になにかしらすり込まれるはずである。


記憶に残るはずである。


記憶というのは、眠る前と朝起きた時が良いそうである。


1度目の学習は夕食後、眠る前、起きた直後に3回、同じところを読めばベストかと思う。


2回目以降はチェックしたポイントのみ繰り返せばよい。


自分は1度目は気になったところに線をかたっぱしから引く。

2度目はその中から○印をつける。新たに○を追加することもある。

3回目はさらにその○から抜き書きしてもよいくらいのところにしるしをつける。

ふつうのちょっとよい本はここで完了

かなりよい本はその部分をパソコンにタイプする。

実用性があるならそれを短く要約する。

3日のち、3週間後、3か月後、1年後に読んでくりかえせば完璧。


以上は自分が過去に読んだ記憶法や学習法の本で読んだことをうろ覚えでまとめただけです。


昔から、計画や学習法の研究には燃えるのですが、学習そのものはほとんど頓挫するか手つかずだったりします。道具をそろえたり計画したりするのだけはなんでこんなに楽しいかの。


あとは講習や教室に通うのがよいようです。

お金かかるし、なによりコミニケーションが苦手なものにとってはハードルが高い。

あと、時間や交通の問題もある。

ようするにふんぎりがなかなかつかない。

この部分が自分の課題である。


いまさらだが、学校に行くというのはほんとうに貴重でありがたことだと思う。

日本の学校のシステム、特に小学校はほんとうに日本社会の財産だとさえ思う。

もう少しいろいろちゃんと学習しておくべきだったとつくづく思う。


それとアウトプット。制作物を作ったり学習したことを生活で利用すること。


そういえば、テレビで受験勉強についてだが家庭教師的な学習には否定的なことを言っていた人がいた。

最初は伸びるが、自分で学習したほうがのちのち伸びていくと。

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