こんにちは。

今月の「まひる野歌人ノート」は都合により休載します。

予定していた記事は来月以降掲載となります。

次回の更新を楽しみにお待ちください。

 

kittymymelodykeroppi

 

マチエール

 

不安しか分け合うものを持たぬのにもう戻り橋を焼いてしまえり            伊藤いずみ

二の腕に吸い付く甥を抱きしめる何にも満ちぬ乳房を持てり              小原和

この手より作りしものはあらずして経を唱えて家族(うから)養う            大谷宥秀

幼な声明るく響くプレイルームに男の子の時に測る血糖値               浅井美也子

昨日まで十六分音符だったのにヘ音記号にひまわり垂れる               荒川梢

友の死の報を受けし日の晩母はなぜかはりきりて梅を漬けたり            加藤陽平

骨というには脆すぎるそれを持ち傘よ何百年そのまんま                北山あさひ

こんなにも大きくなってしまったと哀しみたたむ子のTシャツを             木部海帆

朝焼けも夕焼けも見える四丁目十三の二十四を所有せり               小瀬川喜井

バカボンのパパは男の歌ことば宇田川さん詠み大松さん詠む             後藤由紀恵

過干渉きもちわるいと子がいえばエアコンがふと唸りはじめる             佐藤華保理

みづのとの響きやまざる島原にきみはいかなるきみでありしか             染野太朗

冷房をつけつぱなしで生きてゐます(写真は関係のないゆりです)           田口綾子

この家に「母」は隠れて一日中眠りてたまに砂糖菓子食う                立花開

その妻に断りもなく御主人を家に上げれば胸がゆらぐよ                 田村ふみ乃

あわくかがやく多摩川あれは小鳥の目ときおり跳ねるボールを待ちおり       富田睦子

甘やかし甘やかされる関係になってしまった 閉店のお知らせ             広澤治子

取り込んだシーツの温みしばし抱きそのまま倒れて又汗吸わす            宮田知子

男でも日傘をさすと意気込んで命が惜しいなら早くさせ                 山川藍

 

 

人集・作品Ⅱ

 

銃痕の残る美術館に入り日傘まぶしきモネの絵眺む             門間徹子

乳母車を押すが如くに歩むなり二馬力半のこの耕運機            塚澤正

水無月のみどりは多様に揺らめいて柔軟という色だと思う          菊池理恵子

大き綿毛ひとつフロントガラスの前を横切りてより寂しくなりぬ       秋元夏子

豊後郎・十兵衛といふ江戸の世の名をもつ猫と暮らす娘ら          森暁香

娘との同居中には食べられず早速作るいわしの梅煮            飯田世津子

菜の花の黄の色ほどの明るさを持ちて生きたし短き命           福井詳子

われ一人裸になりて草を引く初夏の日差しを全身に浴びて         木本あきら

寄り添ひて昔話をするやうな夕日のやうな枇杷のふつくら         袖山昌子

のこぎりを引く手を止めるこの枝の先に小さきサクランボ二個       小澤光子

かろがろと旅行するとうバリ島を祖母なるわれは地図に探しぬ       齊藤淑子

庭に出て花をながめて入りしとき別人になると夫が常言ふ         坂田千枝

春の蚊は親より教わることもなく人を刺すこと絶やすことなし       奥田巌

「かわいそう」と妻の声が聞こえしか眼光鋭く振り向く少女        矢澤保

 

 

 

月集・作品Ⅲ

 

わたしいつかすすき野原でさやさやと踊るおばけの一匹となる          佐巻理奈子

ワーキングマザーとくくられ深々と手に食ひ込める買ひ物袋           塚田千束

ばっさりと切ったのよ髪ばっさりよ気づかないのかそっかバカか         藤田美香

夏めきて日を追うごとにほしくなるうどんのプリントされているシャツ      狩峰隆希

落ちるかも知れない保育園の名はめばえたいようはっぴーるーむ       池田郁里

断種されなおも夫婦は睦み合う「野獣の夜」と人は言いけり           八木絹

鳥たちよ自由にこの空翔けめぐれかの戦闘機とばざる日には          片野哲夫

ポケットに見つけた映画の半券をもてあそぶ午後雨の匂いて          立石玲子

銃口をわれに向けしごと満開のリリーフィールド公園の百合          諸見武彦

お前邪魔外してしまえこの入れ歯液状の物のみにて生きる           松宮正子

深夜二時 精霊(すだま)木霊(こだま)の降りてきて葉ずれの音に遊ぶも苦し  仲沢照美

空腹を感じて無理やり起こされるボーっと生きてるわれの細胞          高木啓

飼い主に「おじいわん」と呼ばれいる白く大きな犬と出会えり           杉本聡子

森の匂ひするよと孫のほほ寄する無垢のひのきの学習机             橋野豊子

年下で初対面の男性にちゃん付けされること罪深き                山田ゆき

灰皿にショート・ホープの火を消して ホープと呼ばるる時は短し        久納美輝

そんな腰痛ないですと言う医師がいる病院に払う二一〇〇円         稲葉千咲

亡き人も電子カルテの中に在れば今でも年を取り続けゐえう          浜田真美

薄っぺらな私が透けて見えそうでパンケーキ屋の列を離れる          田崎佳世子

北朝鮮日本で桜が咲く頃にあんずの花が咲くのだという            福田夏子

 

(む)

 

 

作品Ⅰ

 

酸素ボンベ友の会名誉会長桂歌丸死にましにけり(会長は私・会員なし)        橋本喜典

珈琲の濃きを焦がるる身となりて失はれしや棘あることば                  篠弘

本日の体調よろし寝泳ぎをしながら大きな嚏(くさめ)をとばす                小林峯夫

聞き流すわけにいかねど聞き流す賢さはあり枇杷の花咲く                  大下一真

おほよその二十歳(はたち)の男はみじめにてかの日日(にちにち)の孤独とスバル    島田修三

キャタピラの重機に屑を狩りてゆく男の孤独が浜を清くす                  柳宣宏

井野佐登をいのさのぼると読まれしか男の秘薬の案内届く                 井野佐登

今年また三十人分の遺骨遺品発見さるる沖縄の土                      中根誠

手つなぎ鬼今し断ち切られるごとく友の逝きたりまたけふひとり             柴田典昭

ここに生まれ二十六年二カ月の生涯と言うは後世の人われら              今井恵子

スカートの紺の端切れに糊付けて背表紙とせし夫の讃美歌               松坂かね子

床につく前にもう一度試着する今日購いし春のブラウス                  西本静香

メタセコイヤ・ユリノキの葉を分けてくる風は夏の言葉を運ぶ               箱崎禮子

若き日に桑港(サンフランシスコ)に渡りたり祖父はヘンリー・ソガと名乗りて     曽我玲子

忘れ難き思ひ出詠める歌なるや推し量りつつ読むマチエール             木村茂子

毎月の経費ばかりを説明し使い方言わぬドコモ店員                   岩井寛子

痛むほど関節の名を覚えゆく覚えて治るわけではないが                関本喜代子

あの日よりわれも遺族と呼ばるるやジンベエザメは呼吸を始む             大野景子

健気にも父母は責めずて己責む五歳の結愛(ゆあ)の意志力の燃ゆ         大林明彦

 

 

まひる野集

 

目薬のまなこをそれてゐたるとき逆光のなか夏が狭まる           加藤孝男

フライパンに油のさわぐただ中に烏賊を放ちてぬきさしならず        市川正子

駆けてゆく千の悍馬の脚のみゆ濃尾平野をふるゆふだちに          広坂早苗

夜の駅ののっぺらぼうのどうたいが改札口へ大股にゆく           滝田倫子

ペアなりしグラス一つを眩しみてすかしつつ飲むボルドーの赤        升田隆雄

いち日が夕べのやうにうすあをい藤の葉つぱの奥にをります         麻生由美

梅雨来たりて治療マニュアル完遂し日々健やかなる友を悦ぶ         高橋啓介

握る人だあれもいない吊革が終バスに腕をだらりと伸ばす          岡本弘子

鈴懸の並木の樹皮が剥れ落ち大麻団地も歳をとりたり            吾孫子隆

 

 

(む)

 

 

 

第63回まひる野賞 決定

 

 

 

第63回まひる野賞は、森暁香さん『日々を重ねて』と、伊藤いずみさん『母と手』に決定しました。

選考委員は篠弘、島田修三、柳宣宏、中根誠、柴田典昭、今井恵子、広坂早苗、大下一真。

提出歌50首のうち30首がまひる野8月号に掲載されています。

 

 

昇降口は広く明るい靴箱の靴のかかとの土が乾いて (森暁香『日々を重ねて』より)

ひといきに「翼をください」弾き了へしこの子の未来にわたしは居らぬ

 

でたらめのあやとり歌に吊り橋を少女なんども壊して笑う (伊藤いずみ『母と手』より)

月の無い夜は透明なみずかきを喪くした日の夢見ている母か

 

 

授賞式は8月25日のまひる野全国大会にて行われます。

森さん、伊藤さん、おめでとうございます。

 

そして、

次回の「まひる野歌人ノート」は「まひる野賞を読む!スペシャル」

をお送りします!お楽しみに!

 

 

 

山川藍『いらっしゃい新聞』2号、3号が完成しました

 

山川藍歌集『いらっしゃい』の宣伝用新聞『いらっしゃい新聞』が、創刊号に引き続き、2号、3号と

刊行されました。これで三部作完結です。

PDFデータでどなたでもご覧いただけます。

くわしくはこちらをクリック!

 

 

 

 

好評発売中

 

田口綾子歌集『かざぐるま』

 

 

 

 

好評連載中

 

『短歌』 島田修三「歌のある生活」、富田睦子「時評」

『短歌研究』 今井恵子「短歌渉猟――和文脈を追いかけて」

『歌壇』 篠弘「戦争と歌人たち」、加藤孝男「鉄幹・晶子とその時代」

『NHK短歌』 富田睦子「短歌の本」評者

『砂子屋書房』ホームページ内 染野太朗 「日々のクオリア

 

 

 

虹

 

 

 

来月の更新スケジュール

9/7 (金)  まひる野歌人ノート・まひる野賞を読む!スペシャル(北山)

  14(金)   山川藍の「まえあし!絵日記帖⑤」

  21(金)  麻生由美の「大分豊後ぶんぶん日記⑤」

  28 (金)  まひる野全国大会2018潜入レポート(佐巻理奈子)

 

来月もぜひお付き合いください~!

 

 

 

 

 

 

 

麻生由美の大分豊後ぶんぶんだより④

ぶんぶん、イナバ化粧品店へゆく

 

 

八月はさまざまに物思わする、いえ、思わねばならない月です。

わたしが思わねばならないことの一つに津山のいとこのことがありました。

いとことそのお母さんのお墓は大分豊後から遠く離れた、岡山県美作(みまさか)の津山市にあります。

 

太平洋戦争が始まろうとするころのことです。

うちのいちばん年長の伯父が広島の地で、津山からやってきた女性と出会い、結婚しました。

うちにはお金がなかったのですが、伯父は大学に進学したかったので、費用を作るために当時の

“満州国”の“新京”に働きに行きました。

そちらのほうが高い収入を得られたのだそうです。

そこで体をこわして結核に感染してしまい、敗戦の前の年に大阪の病院で死去しました。

母は私が物心ついたころから、ずっとそのことを悔やみ続けています。

うちにお金があったら・・・、栄養のあるものを食べさせてあげられたら・・・、

でも、伯父が病気にならなかったら、復学して広島の街にいたわけですから、やっぱり助からなかったかもしれません。

伯父の親友は8月6日の朝、たまたま郊外にいたのですが、お嫁さんと生まれたばかりの赤ちゃんは

家と一緒に燃えてしまいました。

わたしがそのことを母に言いますと、しばらくじーっと考えて、そうじゃね、とみじかく言いました。

戦争がなかったら、おじいさんになるまで生きていてくれたら、我が家の現在も今とはずいぶん違うものになっていたでしょう。

 

母にはもう一つ悔やみごとがあります。

伯父の家族のその後のことです。

伯母は伯父の死後、小さな息子と一緒にしばらくうちの土蔵(を改造した離れ)で暮らしていましたが、

やがて津山の生家に帰っていきました。

まだとても若いし再婚の機会もあるだろう、あちらのお宅の方がうちよりずっと富裕だ、知らぬ土地、

知らぬ人々の中でこれからずっと暮らしていくのは大変だろう、というのがうちの祖父母の考えだったそうです。

うーん・・・そうかもしれない。

でも、見方によってはひどい仕打ちに映るかもしれない。

“紀元節”の記念にご近所みんなで撮った集合写真がありますが、だれもが眼光炯炯として、なんか一触即発、といった感じ。

鷗外の『舞姫』にいう「悪しき相にはあらねど、貧苦の痕を額に印せし面」、余裕のない、見た目のこわーい人たちが並んでいます。

なにより舅姑に当たるわたしの祖父母が、どちらも強烈な気性のとっつきにくい人たちでしたから、わたしがその立場だったらたぶん、こんなところにはいられないと思ったでしょう。

 

看病をしているうちに感染してしまっていたのですね、戦争が終わって数年のうちに、いとこも伯母も病気が重くなって、津山のおうちで亡くなりました。

どこのお宅もそうだったはずですが、戦争でわが家の人びとの運命もたいへんねじ曲がりました。

生き残った者はみんな生きていくのに精いっぱいで、いろいろな困難に対処しなければならなかったので、遠い津山で亡くなった二人のことをしみじみ話し合うことも、お参りに出かけることもなく、何十年も音信が途絶えていました。

 

それは十五年くらい前の夏のことでした。

母がふと、「あの子と姉さんのお墓はどうなっちょるじゃろうかね。」とつぶやきました。

「兄さんもかわいそうじゃったけど、姉さんも本当に気の毒じゃった。お墓はね、家のそばにあるんと。

それから山の上に物置があるち。そこに兄さんの書いたものが残っちょるかもしれん。」

伯父のノートや原稿は祖父が悲嘆のあまり焼き捨ててしまって、うちには何も残っていないのです。

津山の家の住所がわかる手紙のようなものもないので、それも焼かれてしまったのかと思います。

神戸で暮らしている伯母が何十年も前に行ったことがあるというので、その記憶を頼りにお参りに行ってみることにしました。

 

さて、津山に行くには休暇を取って、職場の皆さんに留守中よろしくとお願いしておかなければなりません。

アキさん(仮名)というきびきびした人がいました。結婚しています。

「つらいですねえ、もう、ヨメに行って辞めよう・・・」

(つま)も子もないわたしが情けない冗談を言ってみたりすると、

「ヨメなんかに行ったって辞められませんよっ!」

と、厳しくたしなめられたものです。

「お盆過ぎにお休みをとって津山に行くんで、そのあいだお願いします。」

と周りの人に頼んでいたら、向こうの方で何か仕事をしていたはずのアキさんが、瞬間移動でもしたようにいきなりそばに立っていました。

「麻生さん、つ、津山に行くんですか!」

「え、あ、はい、行きますけど。」

「お願いがあるんですっ!」

「はい。」

「津山にビーズのイナバさんの実家があるんです!」

「はあ。」

ビーズってなんだ?

「イナバコ-シさんのお母さんが津山で化粧品店をやってるんで、そこに行って何でもいいから化粧品を買ってください。買うとメンバーズカードがもらえるんです。イナバさんの顔がついてるんです。お金はあとで払います。」

「はあ。」

「あと、写真もいっぱいとってきてください。それから、イナバさんのお兄さんがお菓子屋さんをしてるんで、お菓子も買ってください。」

ちょっとこわいアキさんから、両手の指を組んだお祈りポーズで頼まれて悪い気はしません。

はいはいと引き受けました。

後で検索すると、BコンマちいさいZと書くユニットで、しゅっとした精悍な男の人がボーカルをやっていました。

この人が稲葉さんだな。浩志でコーシって読むのか。ふーん。

 

姫新線の東津山駅で降りて、化粧品店まで歩いていきました。

女優の富士真奈美さんみたいな感じのお母さんがにこにこしながら出て来て、これがいいでしょうと化粧水を選んでくれて、メンバーズカードをくださいました。

なるほど、少女漫画のタッチで描かれた稲葉浩志さんの顔があります。

お母さんがとてもうれしそうににこにこしているので、わたしもうれしそうににこにこします。

店の一角にはポスターや写真や、色紙、わたしにはなんだかよくわからないきらびやかな小物でいっぱいのコーナーがありましたので、ここが稲葉さんファンの聖地であることがわかります。

写真を撮らせて欲しいというと、一緒に写りましょうとおっしゃるので並んでぎゅっとくっついて撮りました。

横に写っているのがわたしなんですが、こんなのでアキさんはうれしいのかなあと思いながら。

「どこからおいでになったの?」

「大分です。」

「あら、この前大分でライブがあったでしょう。行かれました?」

えっ、そうなの?

自分は頼まれて来ただけで、実はこの前まで息子さんのお顔すら認識していなかったとは言いだせず、口の中でもごもごと「はあ、ちょっと忙しくて行けなくて、残念でした。」というようなことを言ってその場をしのぎました。

 

「ミッション完了。例のものゲットしました。」

写真を添付してアキさんに送信すると、すぐに返事が返ってきました。

「ありがとうございます‼ \(^_^)/一生の宝ものにします‼」

 

途中でお花を買ってバスに乗り、津山盆地をさらに東へ行きます。

このへん、ときいたバス停で降りて、地図をたよりに田んぼの道を歩きました。

向こうから地域の人と思しき年配の女性がやってきたので、△▲さんのお宅をご存知ですかと尋ねました。

「あそこの小さい山のふもとにお家が見えますでしょう。△▲さんのお宅はねえ、ご主人が雷に当たって亡くなられて、お気の毒なこと。」

ご主人というのは伯母の弟さんのことのようです。そんなことになっていたんだ。音信不通だったからわからなかった・・・。

 

伯母といとこのお墓は家の裏手の小山の中腹にありました。

△▲家の人に導かれて坂道を登っていくと、あれ?この地形は・・・。

草木が茂り、輪郭もおぼろですけれど、ここは小さな山城の跡のようです。

てっぺんの「物置」が建っているのが本曲(ほんぐる)()、そのほかの曲輪の平らな地面が墓地や畑になっているのです。             

中国山地の花崗岩が風化した細かな土が、歩くにつれてさらさらとこぼれ、そのためか古い墓石たちは少しずつ前のめりに傾いでいました。

墓地の一角に伯母といとこの小さなお墓が、陽を浴びてひっそりと並んでいました。

享年五歳の童子の墓石にはお地蔵さんが浮彫りになっています。

お花を供えて、やっと来ました、ずいぶん遅くなりましたとお参りしました。

降りがけの道の傍らの石塔に近づいてみますと、それはこの家にいた牛や馬たちの墓なのでした。

そのときわたしはこの人たちがこの小山に暮らしてきた歳月に触れたような気がしました。

お母さんのうちの人たちに看取られて、お母さんと一緒に、おじいさんやおばあさん、もっと遠い世の人びとと同じ土に眠る。

いとこのお墓はここでよかったのだと思います。

 

うちに帰ってこのようでしたと母に報告しましたら、「あんたはうちの戦後処理をしてくれるね。」

と言われました。

 

職場に戻って化粧水とメンバーズカードとお菓子を取り出しますと、アキさんがまた瞬間移動して、

かがやく笑顔でそばに立ちましたので、ねんごろに手渡しました。

それから十年たったころ、アキさんは病にたおれ、お子さんたちを残して亡くなりました。

「一生の宝ものにします‼」

B'zあるいは稲葉さんと聞くたびに、返信メールのキラキラのデコレーションを思い出します。

 

 

軽々と担架に運びゆくみれば人死ぬことのなんぞたやすき

床の辺に妻が生けたる菜の花のにほへる見れば家しこひしも

                               古後菊徳『野火』

 

 

 

 

麻生由美

大分県出身 1978年まひる野入会

歌集『水神』(2016年/砂子屋書房)

 

 

 

 

花火

 

 

 

次週予告

8/24(金) 12:00更新  まひる野インフォメーション

お楽しみに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浮き輪 スイカ風鈴

 

 

 

 

次週予告

8/17(金) 12:00更新 麻生由美の大分豊後ぶんぶんだより④

 

お楽しみに!

 

 

 

 

 


作品Ⅱ


ゆつさゆさ満ちたる重さにあしたより白木蓮は花捨てゆくや            森暁香

わが村は梅に桜にすみれ花一気呵成に春となりたり                伊藤宗弘

ポケットに差せばスマホは重たくて薄地のエプロン片方ずれる           松山久恵

近づけばこはれてしまふ夢に似て遠く穏しく漁港しづもる             秋元夏子

夫も逝き子供も去りて独り生き耕す畑は菜の花ざかり               福井詳子

方言を学びし動機は短歌とか不明の語義を古語に辿れる(「簑島良二さん」)     奥野耕平

外敵を躱しながらの餌やりを見つつ在京の子らを思えり              苔野一郎

春風に樹々はゆれいん青空のかなたに山はわれの古里               木本あきら




作品Ⅲ

「人脈はあるか」と聞かれ友の名の思い浮かぶもただ躊躇いぬ           深串方彦

小さき頃迷子になりしトラウマか夢に出で来る見知らぬバス停           山家節

レンタルのベビーベッドを組み立ててきみを待ちたる暮らしがあった        池田郁里

きのうまで娘のおなかにいたくせにひとえまぶたの大きな瞳            高木啓

一羽のみ残れる鴨か水際に立ちてしきりに羽を繕う                横山利子

山霧を吸えば肺から逃げていく両耳の熱のみを残して               佐巻理奈子

東京は二次元だからアジサイの祭りの知らせが駅の柱に              狩峰隆希

ほんとうにここにいるのとささやけばふるりと尾びれ翻す音            塚田千束

「ママはね」と膝に抱きたる仔うさぎに声かけてみる一人の午後に         杉本聡子

茗荷をもハーブと聞けばわが庭も見やうによれば宝庫と変る            田辺百合香

コンビニのファミチキ食べる こんぐらい手軽な信仰僕に下さい          久納美輝

咲く花のひとつひとつが笑い顔寄りてよく見よ百日紅の花             福田夏子

あっけなく人は壊れるハイチュウを食べたくらいで銀歯が取れる          藤田美香

夜をとおし渡りて来くるつばくらめ十八グラムの体力おもふ            浜田真実
    ※ 「とおし」は「とほし」の誤植です。申し訳ありません。

白蓮の花びらはらり落ちてゆく遠き記憶の剥離のごとし              樋口千代子

 

(む)

作品Ⅰ

あなおもしろ あなさやけ おけ 天地(あめつち)の真只中に老い痴れてあれ    橋本喜典

突風にボルサリーノを飛ばされつ手に拾ふまで走れるを知る                篠弘

朝日射す庭につらつら咲く椿 空手(むなで)に待つや訃の届く日を            小林峯夫

地に落つるまでの金色ゆるゆると散るなり竹林秋の夕暮                   大下一真

どことなく良心の匂ふたたずまひ野中広務を惜しみていはば                島田修三

山間(やまあひ)は夕かたまけて楽茶碗黒き底ゐに湯を浴むごとし            柳宣宏

原稿を受け取りたらば一行の挨拶寄越せと叱られし日あり(「犬養道子先生」)   横山三樹

花の勢ひそして青葉の勢ひにひるむは老いか伐らむと思ふ                中根誠
 
車海老、鰻、浅蜊も消え失せて湖(うみ)はも平成、そして末年                柴田典昭

えんぴつの先の尖りを思わせて水流はあり花を運びて                    今井恵子

人間を生きて老いたるわが体太陽に干し月光に干す                     篠原律子

六甲のみどりの風にも攫わるる女童なれば双手にかかう                 曽我玲子

木の香りほのかに残し鉛筆は久々ナイフで削られて行く                   今井政子

若きときは平均まではと思(も)いおれどその時くれば少し欲出る            すずきいさむ

さうだつた孤立無援と言ふことは突然たなびく「くじ売り場」の旗             大野景子

眼を瞑り振ればホームランになりしてふ九番打者の美しき嘘              大林明彦



まひる野集


うす紅のアンパンマンの風邪薬父の書棚の奥より出でく                 加藤孝男

上賀茂に神籤をひけば式子内親王の歌の出できて小吉               広坂早苗

壁に貼るバイキンマンの目と口がガバと開きてわれを励ます             市川正子

娘の肝臓三分割され膿盆に載るをうからが囲みて見入る               齊藤貴美子

津の国の人が雨中を登りゆく木綿山(ゆふやま)すぎてわれは帰らな         麻生由美


マチエール


特別な人になりたい こだわった髪の毛先がきしんではねる            広澤治子

祖父の部屋整えに行くわれわれの孫というには巨大な体              山川藍

元号が変わるってのはどんな感じ 乾杯をしていいことかしら           荒川梢

雪男を信じ月面着陸を疑う奴等と働いている                       伊藤いずみ

飯を食うだけの娘に白ワイン用意しており父という人                  小原和

地図のなか線路はたいてい斜めなり根元がどこかわからぬように        加藤陽平

ここからは平成最期の夏、だから何だよカップ麺に熱き水             北山あさひ

子を連れてふるさとへゆく同僚のときおり見せる父の横顔             後藤由紀恵

アレルギーの有り無し訊かれさくらんぼとりんごと答えて恥づかしかつた      染野太朗

昼食の薬味のお陰で気づきたり 嗅覚の〔ほぼ〕働かざるを             田口綾子
  ※ 原作の(ほぼ)はまるかっこですが、この記事ではルビに使用しているため〔  〕にしました。 

 

(む)

 

今回の「まひる野歌人ノート」は特別編ということで、

先日、『かざぐるま』を上梓された田口綾子さんに、短歌に関する31の質問にお答えいただきました!

 

 

『かざぐるま』刊行記念  田口綾子さんに31の質問

 

 

 

1.      短歌を始めたきっかけ

 

中学3年生のとき、問題集に載っていた俵万智さんの

「今日までに私がついた嘘なんてどうでもいいよというような海」という歌に興味を持ったのが

きっかけだったかと思います。

ちょうど誕生日が近かったので、プレゼントをくれるという友人たちに「俵万智さんの本がほしい!」と

リクエストしまくりました。

そうして手に入れた俵さんの歌集やエッセイ集などを何度も読み返しているうちに、

自分でも作りたくなってしまったのが確か高校1年生の冬でした。

 

 

2.      好きな歌人

 

齋藤史、永井陽子、永田紅(順不同敬称略)……などなど。

 

 

3.      初めて買った歌集

 

「1.」の質問でも触れたように、最初にほしいと思った俵万智さんの歌集は誕生日プレゼントとして

もらってしまったんですよね……。自分で初めて買ったのは、枡野浩一さんの

『57577―Go city,go city,city!』だったか、あるいは『かんたん短歌の作り方』を通して知った

加藤千恵さんの『ハッピーアイスクリーム』だったか……はっきりとは覚えていません。

 

 

4.      自分にもっとも影響を与えた一首

 

僕もあなたもそこにはいない海沿いの町にやわらかな雪が降る(堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』)

 

 

5.      自分の「バイブル」といえる一冊は(歌集でもそれ以外でもOK)

 

俵万智さんの『あなたと読む恋の歌百首』でしょうか。

 

 

6.      『かざぐるま』に収録されている「闇鍋記」とても面白かったです。

早稲田短歌会在籍時の思い出で他に印象深いものはありますか。

 

良くも悪くも(?)たくさんあるのですが……。

生まれて初めてスキーに行ったのも、わせたんのメンバーとでした。色んな意味でどえらい目に遭った。

 

 

7.      歌会や批評会の場で聞いて印象に残っている言葉

 

「誰もお前のことになんて興味ねーんだよ」

もしかしたら、歌会の後の飲み会で聞いたお言葉かもしれませんが(苦笑)

 

 

8.      作歌するうえで注意していること、こだわっていることは

 

「ひとりよがりにならない」ことでしょうか。

どこかに発表する以上は、必ず読者が発生するわけですので。

 

 

9.      文語・旧仮名を選択している理由は。また文語旧仮名のどういうところに魅力を感じますか。

 

最初は完全に口語・新仮名で作っていたのですが(受賞作の「冬の火」はそうです)、

そこに文語の助動詞が混ざってきたときにどうも違和感が拭えなくて(「闇鍋記」のあたりからです)。

それならいっそ文語・旧仮名にしてしまえ!という短絡的な理由でした。

今は、文語・旧仮名の空気の含有量の多さが魅力だと思っています。ホイップクリーム的な。

 

 

10.   「短歌」の面白いところはどういうところだと思いますか

 

作るときにせよ読むときにせよ、飴玉のようにずっと口の中で転がしておけるところかと思っています。

 

 

11.   連作の歌数は何首くらいが作りやすいですか

 

7首でのご依頼を頂くことが多いので、それに慣れているというのはあるかもしれません。

 

 

12.   歌をつくるときはどのように作っていますか(スマホのメモで作る、ノートに手書きで書く、など)

 

携帯電話のメモを利用する、パソコンのWord機能を使う、紙に手書き、そのときの状況と気分によって色々です。

ここ最近、7年物のガラケーの調子が危うくなってきてしまったので、スマホの利用が増えてきたかもしれません。まだ慣れないのですが。

 

 

13.   つい何度も使ってしまうお気に入りの言葉やモチーフはありますか

 

言葉:連用形+な+む

モチーフ:水に関係するもの(歌集を編集して痛感しました)

 

 

14.   詩や俳句、川柳は読みますか(YESの場合、好きな作家やおすすめの本などもぜひ教えてください)

 

読みたい・読まねばとずっと思いつつも、お恥ずかしながらあまり手を出せておりません。

前々から気になっているのは、久保田万太郎(俳句)・時実新子(川柳)です。

 

 

15.   「まひる野」に入会した理由は

 

①“先輩”がほしかったから

長く学生短歌会にいたのですが、先輩方がどんどん卒業していなくなってしまうのが寂しくてなりませんでした。自分よりちょっと上の世代の方が「マチエール」欄にたくさんいらっしゃるという点で、「まひる野」は魅力的でした。

 

②今井恵子さんのお言葉に励まされたから

 たとえば歌一首を読む時、なぜ評価を鑑賞に優先させるのか。まずは、心の奥底に感動を刻むことが重大事だろう。真の感動は、読者を沈黙させる。評価はその後のことだ。文藝作品は評価を下すために読むのではない。閻魔帳を持って歩き回る読者が多すぎる。

(今井恵子氏のTwitter(@kassuiki)、2011年12月26日より)

 ベタな言い方をすれば、「この人についていこう」と思ったのでした。

 

 

16.   「まひる野」を動物に喩えるなら

トカゲ……?

 

 

17.   「まひる野」に入会して衝撃的だったことは

マチエール欄が……いや、これ以上は控えさせてください(汗)

 

 

18.   「まひる野」でイチオシの歌人

前に先輩方に教えて頂いた方なのですが、作品Ⅰの篠原律子さん。

  わが一生手紙に書きて門の戸に貼りて盗人来なくなりたり  (『まひる野』2014年4月号より)

 

 

19.   第一歌集『かざぐるま』を上梓されましたが、どんな歌集にしたいか、

最初から具体的なイメージはあったのでしょうか

 

全く、と言っていいほどありませんでした。

というか、「自分の歌が1冊の歌集になる」というビジョンが全く得られないまま、一連の作業を終えてしまいました。なので、装幀もぼんやりとしたリクエストしかできず……。

見本を送って頂いてようやく、「ああ、これが“私の歌集”なのかあ」としみじみしました。

 

 

20.   新人賞を受賞されてから10年ということですが、10年前と今とで、短歌観や歌の作り方で

変わった部分・変わらなかった部分があれば教えてください。

 

10年前はまだ学生短歌会にいた頃だったので、週1回の定例歌会に合わせて歌を作る→たまった歌を並べて・何首か作り足して連作にするというパターンがほとんどでした。作っていた歌も、「互選の歌会に出す」ということをかなり強く意識したものだったと思います。

今はわりと、連作単位でまとめて作ることが多いですね。ですが、昔のようにもっと1首ずつ腰を据えて作らねば、という意識はいつもあります。歌会にももっと積極的に出るようにしたいです。

 

 

21.   歌集の後半にいくにつれて生活感が濃厚になっていきますが、意識してのことなのでしょうか。

「生活感を出そう」と思ったことは一度もないです。人生(?)における“生活”の割合が否応にも増してきてしまい、それに抗いきる力もなかったのでやむを得ず……ということだと思っています。

 

 

22.   田口さんの歌はいつも嘘がなくて体当たりという印象ですが、それは田口さんのモットーだったりするのでしょうか。

 

「いつも噓がなくて体当たり」というように見て頂けているのはとても嬉しいのですが、実際はいつも嘘(?)まみれでおっかなびっくりです。もっと正面からぶつかっていくパワーがほしいです……。

 

 

23.   男子校での授業のようすや、古文の文法などを取り入れた仕事の歌がユニークで読んでいてとても楽しいのですが、仕事詠をつくるのは好きですか。

 

「古文の文法などを取り入れた」歌を作るのは、かなり好きです。ですが、いわゆる「職場詠」をしようとすると、色々なものが乱れてしまって……。歌集に入れたものはまだ「歌」の形を保っているほうだと思うのですが、ひどいものは「歌」と呼ぶのが憚られるようなクオリティなので、何とかせねばと思っています……。

 

 

24.   『かざぐるま』の中でいちばん気に入っている(思い入れのある)連作は

「闇鍋記」を除けば(笑)、「雪降ること」でしょうか。

 

 

25.   歌集制作でいちばん大変だったことは

「歌を落とす」ことだったと思います。歌集に入れることを泣く泣く諦めた歌が、初期(受賞前後の口語新仮名だった時期)のものを中心にかなりたくさんあります。いつか何らかの形で供養したいとは思っています……。

 

 

26.   『かざぐるま』をどんな人に読んでほしいですか

 

もちろん全人類にお読み頂きたいのですが、日本語だし文語だし旧仮名だし、現実的ではないですよね。

刊行から約1ヶ月が経って感じているのは、「同じような年代の国語の先生」が特に楽しんで読んでくださっているということです。そういった方々が、文語や旧仮名に対するハードルをさほど高く感じていないというのが理由だと思いますが。このハードルをどう下げていってどう広く読んで頂けるかが、当面の課題です。

 

 

27.   これからの目標は

 

*月詠をきちんと出せるようになること

*締め切りを守れるようになること

*韻律について(歌の「意味」に寄りすぎることなく)なるべくクリアに語れるようになること

*歌にする「素材」を広げていくこと

*和歌や近代短歌・評論等をもっと読むこと

*自信を持つこと

 

最初のふたつが切実です……。

 

 

28.   10年前の自分に一言

 

とりあえず、短歌やめるな。大学図書館で、もっと歌集とか評論とか読んどけ。

あと、学生としてやるべきことをちゃんとやっとけ。

 

 

29.   今いちばん気になっている歌人(若手でもベテランでも故人でも)

 

稲葉京子さん。歌集がなかなか手に入らなくて部分的にしか読めていないのですが、これまでに読んだ歌はとてもとても好きです。近々全歌集が出るとのことなので、心待ちにしています。

 

 

30.   あなたにとって「きゅうり」とは(きゅうりについては『かざぐるま』をお読みください)

 

えっ……何も面白いことを言えなくて恐縮なのですが……“災厄”……?

 

 

31.   『かざぐるま』のPRをどうぞ!

 

 相聞歌(恋の歌)・挽歌(死者を悼む歌)・職場詠・家族詠・旅行詠・二次創作短歌(?)などなど、

バラエティに富んだ歌を収録しています。文語・旧仮名で書かれている短歌は一見とっつきにくくお思いになるかもしれませんが、きっとどこかでお気に入りの一首を見つけて頂けるはずです。

また、堀江敏幸先生による帯文、岡孝治さん・鈴木美緒さんによる装幀もたいへん美しい1冊です。

お手に取って頂ける機会があれば幸いです。

 

 

 

田口さん、ありがとうございました。

(質問者 北山あさひ)

 

 

田口綾子歌集『かざぐるま』は短歌研究社より絶賛発売中です。ぜひお読みください!

 

 

 

 

 

 

 

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次週予告

8/10(金) 12:00更新 山川藍の「まえあし!絵日記帖」④

 

お楽しみに!