作品Ⅰ

あなおもしろ あなさやけ おけ 天地(あめつち)の真只中に老い痴れてあれ    橋本喜典

突風にボルサリーノを飛ばされつ手に拾ふまで走れるを知る                篠弘

朝日射す庭につらつら咲く椿 空手(むなで)に待つや訃の届く日を            小林峯夫

地に落つるまでの金色ゆるゆると散るなり竹林秋の夕暮                   大下一真

どことなく良心の匂ふたたずまひ野中広務を惜しみていはば                島田修三

山間(やまあひ)は夕かたまけて楽茶碗黒き底ゐに湯を浴むごとし            柳宣宏

原稿を受け取りたらば一行の挨拶寄越せと叱られし日あり(「犬養道子先生」)   横山三樹

花の勢ひそして青葉の勢ひにひるむは老いか伐らむと思ふ                中根誠
 
車海老、鰻、浅蜊も消え失せて湖(うみ)はも平成、そして末年                柴田典昭

えんぴつの先の尖りを思わせて水流はあり花を運びて                    今井恵子

人間を生きて老いたるわが体太陽に干し月光に干す                     篠原律子

六甲のみどりの風にも攫わるる女童なれば双手にかかう                 曽我玲子

木の香りほのかに残し鉛筆は久々ナイフで削られて行く                   今井政子

若きときは平均まではと思(も)いおれどその時くれば少し欲出る            すずきいさむ

さうだつた孤立無援と言ふことは突然たなびく「くじ売り場」の旗             大野景子

眼を瞑り振ればホームランになりしてふ九番打者の美しき嘘              大林明彦



まひる野集


うす紅のアンパンマンの風邪薬父の書棚の奥より出でく                 加藤孝男

上賀茂に神籤をひけば式子内親王の歌の出できて小吉               広坂早苗

壁に貼るバイキンマンの目と口がガバと開きてわれを励ます             市川正子

娘の肝臓三分割され膿盆に載るをうからが囲みて見入る               齊藤貴美子

津の国の人が雨中を登りゆく木綿山(ゆふやま)すぎてわれは帰らな         麻生由美


マチエール


特別な人になりたい こだわった髪の毛先がきしんではねる            広澤治子

祖父の部屋整えに行くわれわれの孫というには巨大な体              山川藍

元号が変わるってのはどんな感じ 乾杯をしていいことかしら           荒川梢

雪男を信じ月面着陸を疑う奴等と働いている                       伊藤いずみ

飯を食うだけの娘に白ワイン用意しており父という人                  小原和

地図のなか線路はたいてい斜めなり根元がどこかわからぬように        加藤陽平

ここからは平成最期の夏、だから何だよカップ麺に熱き水             北山あさひ

子を連れてふるさとへゆく同僚のときおり見せる父の横顔             後藤由紀恵

アレルギーの有り無し訊かれさくらんぼとりんごと答えて恥づかしかつた      染野太朗

昼食の薬味のお陰で気づきたり 嗅覚の〔ほぼ〕働かざるを             田口綾子
  ※ 原作の(ほぼ)はまるかっこですが、この記事ではルビに使用しているため〔  〕にしました。 

 

(む)