作品Ⅰ
酸素ボンベ友の会名誉会長桂歌丸死にましにけり(会長は私・会員なし) 橋本喜典
珈琲の濃きを焦がるる身となりて失はれしや棘あることば 篠弘
本日の体調よろし寝泳ぎをしながら大きな嚏(くさめ)をとばす 小林峯夫
聞き流すわけにいかねど聞き流す賢さはあり枇杷の花咲く 大下一真
おほよその二十歳(はたち)の男はみじめにてかの日日(にちにち)の孤独とスバル 島田修三
キャタピラの重機に屑を狩りてゆく男の孤独が浜を清くす 柳宣宏
井野佐登をいのさのぼると読まれしか男の秘薬の案内届く 井野佐登
今年また三十人分の遺骨遺品発見さるる沖縄の土 中根誠
手つなぎ鬼今し断ち切られるごとく友の逝きたりまたけふひとり 柴田典昭
ここに生まれ二十六年二カ月の生涯と言うは後世の人われら 今井恵子
スカートの紺の端切れに糊付けて背表紙とせし夫の讃美歌 松坂かね子
床につく前にもう一度試着する今日購いし春のブラウス 西本静香
メタセコイヤ・ユリノキの葉を分けてくる風は夏の言葉を運ぶ 箱崎禮子
若き日に桑港(サンフランシスコ)に渡りたり祖父はヘンリー・ソガと名乗りて 曽我玲子
忘れ難き思ひ出詠める歌なるや推し量りつつ読むマチエール 木村茂子
毎月の経費ばかりを説明し使い方言わぬドコモ店員 岩井寛子
痛むほど関節の名を覚えゆく覚えて治るわけではないが 関本喜代子
あの日よりわれも遺族と呼ばるるやジンベエザメは呼吸を始む 大野景子
健気にも父母は責めずて己責む五歳の結愛(ゆあ)の意志力の燃ゆ 大林明彦
まひる野集
目薬のまなこをそれてゐたるとき逆光のなか夏が狭まる 加藤孝男
フライパンに油のさわぐただ中に烏賊を放ちてぬきさしならず 市川正子
駆けてゆく千の悍馬の脚のみゆ濃尾平野をふるゆふだちに 広坂早苗
夜の駅ののっぺらぼうのどうたいが改札口へ大股にゆく 滝田倫子
ペアなりしグラス一つを眩しみてすかしつつ飲むボルドーの赤 升田隆雄
いち日が夕べのやうにうすあをい藤の葉つぱの奥にをります 麻生由美
梅雨来たりて治療マニュアル完遂し日々健やかなる友を悦ぶ 高橋啓介
握る人だあれもいない吊革が終バスに腕をだらりと伸ばす 岡本弘子
鈴懸の並木の樹皮が剥れ落ち大麻団地も歳をとりたり 吾孫子隆
(む)